監督だってミスをする。

 甲子園出場をかけて敗れた試合後、選手たちに謝った、という話をしてくれたのは広陵(広島)の中井哲之監督だった。

 2021年夏の広島大会4回戦でのこと。

 5対6の1点ビハインドで迎えた延長10回裏。ノーアウト一、二塁で、1年生だった3番・真鍋慧に打席が回った。バントのサインを出したが、失敗。ヒッティングに切り替えたものの、センターライナーでワンアウト。次の内海優太(現明治大)もセンターライナー、五番打者も打ち取られて敗れた。

 中井監督が後悔したのは自身の采配だった。

「僕は、失敗したあとに続けてバントのサインを出すことができなかったんです。そのままバントをさせておけば、1アウト二、三塁になってチャンスが広がっとったでしょう。それか、三番を任せたんなら、真鍋を信頼して初球からフルスイングをさせればよかった」

 しかし、中井監督が選択したのはどちらでもなかった。

「バントに失敗したあとに『打て!』のサインを出した。そのことに後悔が残りました。僕は試合後に泣きながら、選手たち、特に3年生に謝りました」

 勝てば監督の手柄、負ければミスの責任を選手に負わせるという指導者も中にはいるが、中井監督は違った。バントでランナーを送れなかった選手も、四番の働きができなかった選手も責めることはない。

 翌日、練習開始前に3年生も含めた選手全員を集め、あらためて頭を下げた。新チームがスタートする前に、もう1回謝らないといけないと思ったからだ。

「昨日の試合は俺の采配ミスなんじゃ。俺が監督じゃなかったら、勝っとる。俺の采配ミスで負けたんじゃけ、おまえらは堂々としとけよ。負けた原因は中井じゃけ」

 そんな中井監督の言葉のように、失敗した時に監督としての度量がわかる。

 今年の春のセンバツ7日目。第2試合で東邦(愛知)と高松商業(香川)との名門対決が実現した。

 先にチャンスを作ったのは東邦だった。2回表、二塁打を放った四番・石川瑛貴をバントで送って1アウト三塁。ここで東邦の山田祐輔監督が選択したのはスクイズだった。しかし、高松商業バッテリーに外されてランナーがタッチアウト。その後、バッターも三振に倒れた。

 先取点のチャンスを逃した場面を、山田監督はこう振り返る。

「ごめん! とベンチで謝りました。『俺のせいだ』と言うと、みんなから笑いが起こりました」

 その裏、1点を奪われた東邦だが、ベンチのムードは悪くない。先発した背番号10の山北一颯は相手バッターを打たせて取るピッチングを続けた。すると4回表に3連打で2対1と逆転し、5回にも1点を加えた。

 4対1となった7回裏にピンチが訪れた。フォアボールとヒット、送りバントで1アウト二、三塁。続くバッターは三振で打ち取ったものの、九番・佐藤瑞祇の強烈な打球がショートの大島善也を襲う。二塁ランナーの背後で打球を捕った大島だが、送球が乱れて2点を奪われてしまった。

 4対3。東邦は8回表、四番・石川瑛貴、五番・岡本昇磨の連打で1点を取り返す。しかし、昨夏の甲子園でベスト8に入った高松商業も負けてはいない。その裏に2アウト、二、三塁と一打同点の場面を作り、六番・山本侑弥の打球は三遊間へ――。その打球を、7回にタイムリーエラーをした大島がスライディングしながら逆シングルで捕り、一塁まで大遠投。絶体絶命のピンチを救った。

 2年生ながら名門・東邦のショートを任される大島は、もともとサードを守っていた。コンバートされたばかりということもあって、秋季大会15試合で11個ものエラーを記録している。しかし、「エラーをしたあとは自分でしっかり練習します。何とかしようという気持ちが大島にはある」と山田監督の評価は高い。

 この場面を大島はこう振り返る。

「7回のエラーは二塁ランナーと打球が重なって、ボールを見ずに止まって捕ったので、足を使えずに上体で投げてしまって......ベンチに戻ってから、みんなに『気にするな』『まだ勝ってるから』と励まされました。消極的になってはいけないと思って、自分から声を出すようにしていました」

 まさか、次の回に同じような場面で打球が飛んでくるとは思っていなかっただろう。だが、大島は冷静だった。

「逆シングルで捕って、ステップしたら間に合わないと思ったんで、ファーストも見ないで投げました。適当に投げたらあそこにいってくれたという感じです(笑)。練習ではできないプレーですね。気づいたら、アウトになっていました」

 このプレーで流れは東邦に傾いた。9回表に1点を追加し、山田監督に2勝目をプレゼントした。大島は言う。

「7回にエラーして、ちょっと気持ちがダウンしてたんですけど、あのプレーで乗れました。先輩たちがベンチで『よくやってくれた』ってめちゃくちゃほめてくれたんで、幸せだなと感じました。監督には『あのプレーは3点分の価値があるぞ』って言われてうれしかったです」

 1回戦の鳥取城北戦(鳥取)では、緊張をほぐすために「エラー3つまでOK」と言った東邦の山田監督だが、この日は、「エラーは3つまでOKだけど、(背番号10の)山北が先発なんで、『ふたつまでにしようか?』と言いました」と笑った。

「大島は、本当によく守ってくれました。7回にいい送球ができなかったのでどうなるかなと思ったんですが、ミスを引きずることなく、いいプレーをしてくれました。ああいう局面であのプレーを出せるっていうのは、心が強くなったという証拠だなと思います」

 2試合続けて接戦をモノにした東邦は3月28日、3回戦で報徳学園(兵庫)と対戦する。「まだ強いのか弱いのかわかりません」と山田監督は言うが、この大会の台風の目になりそうな予感がする。