富田 翔×荒牧慶彦『炎の蜃気楼昭和編』シリーズ 濃厚ラブシーンができるまで
不思議な静寂の中、視線を一身に浴びながら、富田 翔と荒牧慶彦は舞台上で、互いを求め合い、傷つけ合う。それは『炎の蜃気楼(ミラージュ)昭和編』のファン、そして富田と荒牧にとって、単なるお決まりやお楽しみを超えた、ステージと客席を結びつける特別なもの、ある種の儀式でさえある。「ほかの舞台では経験したことのなかった衝撃」(富田)、「本番で初めてお客さんと一緒に完成させた」(荒牧)と語る特別なシーンはどのように生まれたのか? シリーズ第3弾となる『炎の蜃気楼昭和編 夜叉衆ブギウギ』を前に、ふたりにたっぷりと語ってもらった。

撮影/川野結李歌 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc.



理解できない…役と向き合い試行錯誤する日々



――『炎の蜃気楼昭和編』は桑原水菜氏の1990年から刊行されてきた人気長編小説シリーズの一編ですね。戦国武将で戦いに敗れて怨霊化した上杉景虎(富田)と、景虎に対し、複雑にねじれた愛と憎しみを抱く直江信綱(荒牧)が昭和30年代に蘇り、現世に生きる加瀬賢三と笠原尚紀の肉体を借りて、また愛憎のドラマを繰り広げます。今回が第3弾ですね。

富田 2014年の秋に第1弾『夜啼鳥ブルース』があって、去年の秋に第2弾『瑠璃燕ブルース』。今年で第3弾! 毎年同じ時期に、しかも変わらぬメンバーで…。
荒牧 そこがまず、すごいことですよね。もう3作目か! って感じです。最初は正直、不安もあったけど、そこを乗り越えて3年目…。個人的に、すごく思い入れの強いシリーズになりました。

――ぜひ、最初の『夜啼鳥ブルース』から振り返っていただきたいと思います。大人気の原作でしたが、最初の印象は? シリーズ化される予感はありましたか?

富田 「やるからにはシリーズに!」という思いがなかったわけじゃないけど、最初はそんな自信はありませんよ。まずはこの第1作目が、原作のファンに認めていただけるかどうかというところから始まりました。
荒牧 原作シリーズ自体、90年代からですからね。ファンの声がすごく熱いんですよ。やる前は「いまさら舞台に?」「なんで『昭和編』?」なんて声も聞こえてきました(苦笑)。でもやってみて、反応を感じてみなさんに認めていただけたんだなと嬉しかったです。


▲富田 翔


▲荒牧慶彦


――改めて、このシリーズが舞台として、これだけファンに愛される秘密、魅力はどこにあると思いますか?

荒牧 まず、舞台として圧倒的に質が高いと思います。構成がしっかりしていて、盛り上がる部分、葛藤、せめぎ合い、笑いがきちんと詰め込まれているので、純粋に物語を楽しめるんですよね。
富田 景虎と直江の関係しかり、それぞれの人間関係や個々に背負っているものが深いんですよね。400年の歴史を背負った上で、この昭和30年代を舞台に戦い、せめぎ合う――そこは見どころだと思います。

――歴史ブームと言われ、“歴女”の存在も話題ですが、景虎も信綱も、決してメインストリームの歴史上の人物ではないんですよね。

富田 僕も実際、この作品をやるまで景虎を知りませんでした。ただ、僕が演じるのは、あくまでも昭和を生きる加瀬の肉体を借りた景虎。それは、どんなに歴史を勉強してもわからない、誰も経験したことのない感覚です。それは桑原先生にも想像はできても感じられない部分であり、それができるのは、この役を任された僕だけという自信を持ってます。



――ここで描かれる景虎が、かなりめんどくさい男ですね(笑)。彼の持つ強さ、弱さをどんなふうにとらえてますか?

富田 僕ね、この作品の期間中、一度は体調を崩すんですよ(苦笑)。これまでいくつも舞台をやってきたけど、やはりどこか特殊な役なんですよね。「富田 翔というフィルタを通したらこうは言わないよな」という部分を口に出さないといけないのがこの世界。もちろん、それはどの作品も同じですが、彼の弱さ、意地っ張りなところに入り込むほどに侵食されていくんですよね…。

――荒牧さんは、直江に関してはいかがですか?

荒牧 僕は第1作目のとき「大嫌い」から入ったんですよ。直江が全然つかめなくて、感情も行動もまったくわからなくて…(苦笑)。彼自身もわかってないんでしょうから、僕にわかるはずもなく、試行錯誤しつつも「違う!」「違う!」の繰り返しでどんどん嫌いになっていきました。

――「直江のこういう性格が嫌い」というよりも…。

荒牧 理解できないから嫌いでしたね。「こんなにわかんない男がいるのか!」って。自分の役を嫌いになるって初めての経験で、それでもなんとか落とし込んで、ようやく去年の2作目で、周りからも「直江になったね」と言われたくらいで…。僕自身も、少し変化を感じてます。ようやく役が入ったのかなと思います。



――ふたりの愛憎に満ちた関係性もポイントです。それぞれの性格があって、この関係性なのか? それともこのふたりの関係性があるからこそ、こういう性格になったのか…?

荒牧 実際、直江を演じているときは、景虎の態度や言動がムカつきますよ! 一方で、直江も直江で言ってることとやってることが違うから、整理がつかないんですよ(苦笑)。
富田 小説や脚本を読むと正直「なんでこいつら、こんなことやってんだ?」と思うけど(笑)、演じてると自然なんですよ。景虎は自らの信念を貫き通す強さがあるけど、一方で直江に対しては理由をつけられない行動が多すぎる(笑)。まさにマッキーが言ってたように、自分でもわかってないんだろうから、僕らにわかるはずがない!



“沈黙”が支配する、ふたりきりのシーン 舞台裏では…



――その最たる部分が、濃密なおふたりだけのシーンだと思います。ファンがそこに熱狂する気持ちはわかりますか?

富田 正直、わかんない(笑)。僕らは男だしね。小説にもあるシーンなので、原作ファンが「あのシーンだね」って小説の描写を疑似体験する気持ちで興奮するのはわかるんですけど、それ以上のレスポンスなんですよ。

――反応が熱い?

富田 単純に、俺とマッキーがくっついて「キャーッ!」ってのとは違うんです。もっと深いところで洞察し、考察し、熱狂してる感じ。実際、そのシーンのとき、劇場は静寂に包まれてますからね。
荒牧 そうそう! 「シーン」って音が聞こえてきそうな感じで、もはや静寂がBGM(笑)。
富田 1作目のときは、恐怖すら覚えましたよ。あのシーンが始まると、お客さんが誰ひとり動かないんだもん(苦笑)。
荒牧 始まる瞬間に、背筋がスッと伸びるの!(笑)
富田 忘れられないですねぇ。一斉にスッと背筋が伸びて、それから微動だにしないでこちらを見てる。衝撃的でした。




――ふたりがくっつく様子に「キャッ!」と悲鳴のような歓声が上がったり、ざわついたりするのではなく…。

荒牧 静寂。「だれも邪魔しないでくれよ」的な(笑)。脚本で読んだ段階では、「密着シーンだな」くらいに考えていたんですよ。本番でやってみて、お客さんと一緒に初めて完成させたんだなって。「こういうシーンだったのか!」と教えてもらいました。
富田 稽古場でそこまで想像して作れてはなかったね。決して表面的な芝居をしていたわけでもないし、僕らが思う景虎と直江のぶつかり合いがあって、普通ならそれで及第点なんですよ。でも、本番でそれ以上のものが生まれた。

――お客さんがさらに深く掘り下げてくれた。

富田 まさに! 成長させてもらいました。

――前回の第2弾、そして今回の第3弾もそうしたシーンはありますが、かといって「激しいのを見せてやる!」という意識ともまた違うんでしょうね。

富田 そうなるとまた違ってきちゃいますよね。そこもすごく難しいせめぎあいがあるんですよ。

――前作では、ふたりが氷を使って…。

荒牧 氷を互いにくっつけ合いつつ「なんでこんなことになってんだ…?」と思ってましたが…(苦笑)。
富田 思ったね(笑)。




富田 実際、舞台でどう見せるかってのも問題で。冷静に考えて、ふたりがずっと寝っ転がってくっついたままってタブーでしょ? お客さんから見えない時間が多いわけで。でも“見世物”として「こうだろ!」と見せるのも違う。毎回、冒険ですよ。マッキーも本番中に、どんどん変えてくるし。
荒牧 「変えてやろう!」って考えてるわけじゃないんですけどね。掛け合いの中で、そこに素直に反応することで変わってくるんです。

――今回の作品は第1弾、第2弾を受けての第3弾ですね。

荒牧 決して続編という位置づけではないので、これまでこのシリーズを見たことのない人も入ってきやすいと思います。
富田 しかも、これまでにある原作を元にしたお話だけではなく、桑原先生が僕らの舞台をご覧になった上で書き下ろしてくださったオリジナル脚本もあるので、原作ファンはもちろん、僕らもどんな物語になるのかまだ知らない(この時点では脚本が未完成)。

――お客さん、特に原作ファンにとって、過去の2作とはまったく違う感覚で劇場に足を運ぶことになりそうですね。

富田 第1弾のときと同じ緊張感を持ちつつ、まったく知らない世界を見せられるって、面白いことだし幸せですね。