多品種少量生産は本当に日本企業の強みなのだろうか(写真=iStock.com/elenabs)

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スーパーやコンビニには数多くのポテトチップスが棚に並んでいる。製品の種類を増やすほど、顧客のニーズに応えられ、ビジネスはうまくいくように思える。だが、同志社大学の加登豊教授は「日本企業では営業の業績評価が『利益』より『売上』で行われている。このため『数打てば、当たるかもしれない』と考えてしまい、利益に貢献しない製品が増えつづけている」と指摘する――。(前編、全2回)

■なぜ利益に貢献しない製品が大量にあるのか

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今回の一穴=多品種化は顧客対応のために不可欠だと考えている

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いつのまにか、日本では多品種少量生産を行う企業が大多数を占めるようになった。私たちは、このことについて特に違和感を持たないが、一度海外に出向いてジャンル別の製品数の数をカウントしてみれば、日本の異常さに気づくだろう。

スマートフォンやポテトチップスがその典型である。スマートフォンについては、通信キャリア1社が取り扱うスマートフォンの数をカウントしてみる。ポテトチップスについても各社の製品種類を数えてみれば良い。明らかに、日本では製品種類が圧倒的に多く、新製品が投入される頻度は高く、製品寿命は短い。

ウェブリッジの調査によると、わが国のスマートフォン市場におけるアップル「iPhone」の市場専有率は65.74%。一方、ソニーは7機種合わせて6.06%、ソニー以外のメーカーの機種は上位10位に入っていない (2018年12月現在)。上位10位に入っているのは、iPhoneとサムスンとソニーの製品だけで、他の日本メーカーは見る影もない。開発費や販売促進費を考えれば、ほとんどのスマートフォンは赤字のはずである。

ポテトチップスも、同様である。製品種類を増やすといっても、フレーバーを変えるだけならコストは上がらないと考えるかもしれない。だが、それは製造原価のみに注目した過ちを犯している。

フレーバーを変えた新製品を出すということは、フレーバーの開発、パッケージデザイン、梱包用ケース、広告宣伝など、さまざまなコストが増えることになる。このため製品種類が増えるにつれ、赤字比率は高まることになる。利益に貢献しない大量の製品が開発・販売されている日本の現状は極めて異様である。

■日本で多品種少量生産が当たり前になった理由

多品種少量生産がわが国で進行した理由は多数存在するが、ここでは、以下の4つを取り上げてみる。この4つの要因が相互に絡み合って、多品種化が加速したと考えて良いだろう。

・顧客ニーズの多様化
・マーケットインの誤解と需要喚起のための多様な製品の市場投入
・多品種少量生産としてもコスト増大とならない生産イノベーション
・少量生産品の収益性を良好に見せる原価計算結果(配賦)

高度経済成長期には、人がうらやむような製品(代表的には、3Cと当時呼ばれた車、クーラー、カラーテレビ)を所有することが高い生活水準を示すバロメーターであった。ブランドやメーカーにはこだわらない、そのものが家庭にあることが満足感を引き出していた(私が住んでいた町で、最初にカラーテレビを購入した家では、玄関口にテレビを置き、町内の人々は、それを見ることを楽しんだ)。メーカーは、数少ない品種を製造・販売することで、規模の経済の利益を享受することができた。

しかし、さらに生活水準が上がると、私たちはブランドにこだわるようになる。バブル経済の崩壊後も、消費者は、自らのライフスタイルにマッチした個性化消費を行うことになった。顧客の多様なニーズに対応することは、必然的に少量生産に結びつく。顧客の嗜好に合わせて製品セグメントを細分化することになるからである。

このことは、2つの意味で正当なものとみなされた。1つは、多数の製品を市場に投入することで、開発に携わったほとんどすべての開発者・技術者が満足感を得ることができたのである。担当業務が製品という形で結実することは、開発者・技術者冥利につきるからである。

第2は、製品を少量しか製造しないことは、在庫リスクの軽減につながるからである。自信を持って市場に投入した製品が、予想外の販売不振となることは決して珍しいことでない。このような事態に遭遇した時、大量生産をしていれば企業は大きな打撃を受けることになるが、少量生産なら、痛手は軽減されるからである。また、同時に製品ライフサイクルも短命化するので、さらなる、製品開発が必要になるという多品種化の加速化も進んだのである。

■営業の業績評価は「利益」でなく「売上」に基づく

「顧客の声を聞く」はとても大切なことである。しかし、利益を犠牲にしてまでの対応には問題がある。多様な顧客の声のすべてに反応していれば、利益の獲得はおぼつかない。「顧客の声は神の声」でないことに気づく必要があるだろう。なぜなら、顧客のニーズはうつろいやすいからであり、欲しいと言っていた顧客に、ニーズを満たした製品を提供しても、必ず購入するという保証はないからである。

それにもかかわらず、「神の声」に対応しようとすれば、多品種化は必然となる。営業は、顧客ニーズの御用聞きではないはずだが、給与を支給してくれている自社よりも、顧客の声を重視するようになる。これを後押ししているのは、営業の業績評価が「利益」でなく、「売上」に基づいて行われるという現状である。

バブル経済崩壊後、業績の低迷を克服する手段として企業が選択したのは、需要を喚起するために多種多様な製品を市場に供給することだった。「数打てば、当たるかもしれない」という対応である。同業他社の動向に注目する企業は、他社の品ぞろえに追随する横並び的な製品開発を行った。その結果、熾烈な製品開発競争を繰り広げた。

顧客の多様なニーズに対応することは、必然的に少量生産に結びつく。顧客嗜好に合わせて製品セグメントを細分化することになるからである。

■「生産イノベーション」がさらなる多品種化を招いた

多品種化は、必然的にコスト増と収益性の低下につながる。そのことは、多品種化が趨勢となり始めた初期には、ちゃんと認識されていた。多品種化が進んでも、コスト高につながらないような創意工夫、特に生産に関するイノベーションに多くの企業が取り組んだのである。

製品種類を減少させるVRP(Variety Reduction Program)やマスカスタマイゼーション(顧客から見れば多様な製品であるが、生産では大量生産のメリットを享受するアプローチ)は、多品種化が進展するプロセスで、考案された洗練された考え方なのである。その他にも、以下に列挙するように、創意工夫から数多くの生産イノベーションが実現した。

・段取り替え(製造する製品の製造ラインにおける切り替え)に要する時間の短縮、特に外段取りの高度化
・部品の共通化・共用化による材料費の削減や製造工程の統一化
・FMS(Flexible Manufacturing System:多品種対応ができる製造設備)とロボットの活用
・CAD/CAM(Computer Aided Design/Computer Aided Manufacturing)を活用した設計工数の削減と、設計と製造のシームレス化
・自動化倉庫活用による庫入れ・庫出し業務の効率化
・作業者の習熟・多能工化による労務費の削減
・プラットホーム設計(車で言えば、セダン、SUV、クーペなど車形が異なっても、共通シャーシを活用することを前提とした設計)やモジュール設計(部品個々の設計ではなく、それらの集合体としてのモジュールを構想し、その設計を行うこと)を通じての原価の削減や取引費用の削減
・ポカよけメカニズムの導入
・小口多頻度配送

多品種生産は間違いなくコスト高につながるが、上記のような血のにじむような努力により、多品種化しても、現実にはコストが大幅に跳ね上がることはなかったのである。さまざまな技術革新をおこない、大量生産と変わらないコストやリードタイム、品質、生産性を実現し、多品種少量生産は日本企業の得意技となった。これは、称賛すべき成果ではあったが、皮肉なことに、このような成功によって、多品種化に歯止めがかかることはなく、さらなる多品種が進んだのである。

■上位5車種が台数の6〜7割を占めている

多品種少量化を促した要因の中でも、看過してはならない大きな理由がある。それは、原価計算である。多品種少量化が進むと必然的に製造間接費が製造原価に占める割合は増大する。生産計画立案のための計算コスト、FMSの減価償却費やプログラミングコストなどはいずれも製造間接費に区分され、その金額は予想以上に多額である。

自動車メーカーでは、製造間接費が製造原価に占める割合は実に40%を超えている。製造間接費は、製品に直接結びつけられないコストであるから、配賦(割り振り)計算によって、各製品に帰属させるという計算を行う。配賦を行う基準として採用されるのは、機械運転時間、生産量、販売量等の企業の操業度に関連するものである。ここで、再度確認しておこう。製造間接費は、操業度との関連性はない。配賦とは、わかりやすく言えば「もっともらしい、しかし合理性のない基準に基づいて、製造間接費を製品に適当に割り振る」計算である。

例えば、生産量が配賦基準として採用されている状況で説明しよう。多品種のうち、少数の特定製品の生産量が多く、大多数の他の製品は少量生産であることは決して珍しいことではない。自動車メーカー3社(トヨタ、日産、ホンダ)では、次のようになる。

売り上げ上位5車種の全車種に占める販売台数の割合(2015年国内販売台数ベース)

・トヨタ 39.4%(全車種約50車種)
・日産 66.9%(同約30車種)
・ホンダ 72.3%(同約20車種)

このような状況で、製造間接費を販売台数という操業度基準で製品別に配賦すれば、一部の生産量の多い製品に多額の製造間接費が配賦される一方で、多数存在する少量生産品の製造間接費負担額は極めて少額となる。

■多品種少量生産が国際競争力の強化を阻害している

期待がかかる新製品であっても、発売当初は少量しか売れないこともある。製品に利益貢献がない状態は望ましくないという経営判断から、製造間接費の製品負担を一定期間免除するという特例が設けられることも少なくない。当然ながら新製品からの免除総額は、他の製品が負担することになる。考えてみよう。つまるところ製造間接費のうちのかなりの部分は、実は、多品種少量生産体制を維持するためのコストだということである。それにも関わらず、伝統的原価計算に基づく製造間接費配賦を行うと、少量生産品への製造間接費負担は少額となってしまうからである。

その結果、製造間接費の操業度基準による製品別配賦は、実際以上に多品種少量生産品の収益性を良好なものとなる方向に原価をゆがませるのである。

日本企業が実現した多品種少量生産は、世界市場における強力な武器であった。だが、行き過ぎた多品種少量生産によって、コストダウンの効果もなくなり、製品づくりは内向きで細かいセグメントを増やしているだけとなり、むしろ国際競争力の強化を阻害しているのである。

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加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授
神戸大学名誉教授、博士(経営学)。1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊 写真=iStock.com)