1986年に生まれたふたりの天才投手の明暗が、今くっきりと分かれている。ふたりの天才投手とは、テキサス・レンジャーズのダルビッシュ有と埼玉西武ライオンズの涌井秀章だ。前者がメジャーで世界一の投手への階段を順調に駆け上がっている一方で、後者は防御率4.74(5月31日現在)と不振を極め、先発ローテーションを外されるなど、プロ野球人生最大の苦境に立たされている。ともに沢村賞を獲得するなど、かつては最大のライバルでもあった両投手の明暗。その要因はどこにあったのだろうか?

 評論家の与田剛氏に話を聞くと、まず挙げたのがトレーニング方法だった。

「年齢とともに体は成長します。それぞれトレーニングをやっていたと思うのですが、バランスの部分で違いが出てしまった。トレーニングは結果が出れば成功、出なければ失敗。プロの世界である以上、そうした厳しい目で見られますよね。つまり、ダルビッシュは成長とともに理にかなったトレーニングをしたということです」

 2010年オフ、ダルビッシュは体重を約10キロ増やす肉体改造に着手し、ストレートの球威が格段に増した。2011年には史上初となる5年連続の防御率1点台を記録し、1993年に野茂英雄が達成して以来となるシーズン250奪三振と圧巻の投球を続け、シーズンオフにポスティングでメジャーへと旅立った。

 一方、涌井に現在の不振へと至る予兆が見えたのは、2010年の夏だった。前年、沢村賞に輝いた涌井は、6月25日までに両リーグ最速で10勝を飾ったものの、以降の12試合で4勝と失速する。夏場は足をつる場面も多く見られ、体力面の不安を露呈した。またシーズン終盤は技術面でも課題を残した。当時、投手コーチだった潮崎哲也(現・二軍監督)はこう指摘していた。

「変化球をうまく使いきれていない。真っすぐは悪くないけど、変化球で勝負できないから、序盤から真っすぐ勝負になって後半につかまってしまう。もうちょっと変化球を楽に投げられれば、序盤は変化球で勝負して、中盤、終盤は力勝負でいける」

 涌井の特長としてよく挙げられているのが、リリースポイントが打者に近く、理にかなったフォームでボールに力をうまく伝えている点だ。だが、プロ入りして9年のキャリアを重ねる過程で、微妙なズレが出てきたと与田氏は言う。

「気になるのはフォーム。年齢的なことも含めて、以前より柔らかさがなくなってきた感じがします。涌井は体全体を柔らかく使い、リリースの瞬間、指先に力を入れるピッチャー。ただ、ここ数年は下半身がうまく使えず、上半身だけで投げている印象があります。だから、いい球がいかない」

 そして先発復帰が決まっていた今季。3月に開催されたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に日本代表の投手コーチとして参加していた与田氏は大会期間中、涌井と試行錯誤を繰り返していたという。

「涌井は普通の投手よりも踏み出す時の歩幅が広い。今の体の状態で、本当にその投げ方でいいのか。そこで彼と相談して、歩幅を狭めるなど、いろんなことを試しました。特に春先は体が硬くなってしまうので、下半身のバランスを重視しないと上半身に余計な負荷がかかってしまいケガにつながる。とにかく、下半身主導のピッチングフォームに取り組みました」

 しかし、投球内容は改善されなかった。先発として今季初登板から3連勝を飾ったものの、ストレートはシュート回転し、チェンジアップやスライダーは抜けるボールが目立った。スタミナに定評のある涌井だが、4月18日のオリックス戦から4試合連続して6回途中に降板。5月19日の阪神戦では3回でマウンドを降り、渡辺監督は「今の姿が涌井の実力かな」と中継ぎへの配置転換を決めた。実はこの起用法も、涌井が不振から抜け出せないひとつの理由だと、与田氏は言う。