■1年もしないうちに「告訴取り下げ」

松本人志が週刊文春に対する告訴を取り下げたことで、早期のテレビ界復帰は絶望的になった。

私はそう考えている。なぜなら、松本は文春の一連の記事が「事実無根、名誉毀損」だと訴えていたのだから。

5億5000万円という損害賠償額も話題になった。松本氏自身も、芸能活動を休止して裁判に注力すると宣言した。

それから1年もしないうちに自分から全面降伏、白旗を掲げたのである。彼の辞書には“恥”という言葉は載っていないようだ。

写真提供=共同通信社
お笑いタレント、漫才師、司会者、松本人志=2022年11月3日撮影、大阪市中央区 - 写真提供=共同通信社

以前、ここでも書いたように、名誉棄損裁判は訴えられたメディア側に厳しいものになる。なぜなら、メディアが報じた記事が真実であることを、メディア側が立証しなければならないからだ。

今回の場合、文春側は、松本から性加害を受けたと告白したA子さんが法廷で証言すると決意してくれたことで、松本側と五分五分とはいえないが、渡り合える可能性はあった。だが、名誉毀損は書かれた内容が事実でも成立するから、文春側は楽観できなかったはずである。

松本の代理人である田代政弘弁護士が、A子さんさえ出廷しなければ勝てると読んだのは当然であろう。

だが、そのやり方が、A子さんの尾行、つきまといなど、あまりにも露骨で稚拙だったため、文春側に知られることになってしまった。

■妨害行為はA子さんの相談相手にも

それだけではない。田代弁護士はA子さんから相談を受けていたX氏にも接触して、何とかA子さんが証人として出廷しないよう説得に来たという。

X氏が拒絶すると、こう迫ったそうだ。

「A子さんと不倫しているでしょう。そのことを雑誌が記事にするらしいですよ。私はその記事を止められますけど、どうしましょうか」

X氏は不倫などしていない、やるならどうぞと拒絶した。すると今度は、女性誌の元編集長なる人間をX氏のところへ行かせ、

「出廷せずに和解すれば、A子さんには、五千万円でも一億でも渡せます」

と、いわせたというのである。

これを報じた文春(7月18日号)で、ジャーナリストの伊藤詩織氏の性加害問題で代理人を務めた佃克彦弁護士に見解を求めると、こういったそうだ。

■松本側は万策尽きた

裁判による真実解明を阻害する悪質な行為であり、本当にアンフェアです。松本氏側は自ら裁判を提起しながら、相手方の立証を妨害している。たとえ松本氏側にとって敵性証人でも、松本氏側は反対尋問をすることによって、真実に近づくことができます。

松本氏側の対応は自分たちの反対尋問が成功しないことを自ら認めているようなものであり、自分たちの主張に自信がないということを露呈している。一般的に、裁判の過程で探偵に依頼する場合はその費用は依頼者が負担します。依頼者(松本氏)の承諾もなく、代理人(田代氏)が独断で探偵を雇うことは考えられません」

A子さんはこうした執拗な嫌がらせに遭っても、法廷で証言するという決意は揺るがなかった。文春(同)でこう語っていた。

「今の日本において性被害の告発は、相手の存在が大きければ大きいほど困難を伴い、様々な妨害を受ける。ネットやメディアによる誹謗中傷、探偵の尾行、弁護士からの“脅迫”。今後、さらなる妨害工作を受けても、私が彼らに屈することはありません」

松本側は万策尽きたのである。

■告訴の取り下げはかなり前から検討していた?

このままいけば、裁判は2〜3年かかるかもしれない。もし勝ったとしても松本側が得られる金銭はわずかなものであるはずだ。

松本の所属事務所、吉本興業の中でも、松本に対しては冷たい対応だとFLASH(7月18日)が報じた。

裁判が終わったからといって、本人が思うように元どおり復帰できるかといえば、それは難しいでしょう。すでに、テレビ局の編成のなかに松本が存在していなくても、芸能界は成立していますから」

松本は、一日でも早くこの裁判に決着をつけてテレビに戻りたい。視聴者に見捨てられ、忘れ去られるのは死ぬよりもつらい。そう思ったはずである。

私の経験上、こうした名誉棄損裁判では、裁判官から「和解」を提案してくることがよくある。だが、松本としては、下手に和解をしたら、これから先「性加害をしたお笑い芸人」という“肩書”がついて回ることになる。

ここからは両者の代理人が話し合うことになったはずだ。私の推測だが、松本側の代理人弁護士は、かなり前から「告訴を取り下げる」意向を文春側に示していたのではないか。

それは松本の代理人が出した告訴取り下げのこの文章から透けて見える。

「松本において、かつて女性らが参加する会合に出席しておりました。参加された女性の中で不快な思いをされたり、心を痛められた方々がいらっしゃったのであれば、率直にお詫び申し上げます」

■争点になるはずだった告訴状の“一文”

意図的にわかりにくい文章にしているが、松本の手下の芸人たちが集めてきた女性たちとホテルで会って、多くの女性たちと性的関係をもったことは事実だったと認め、謝罪しているのである。

多くの女性たちは、自分と関係したことを不快には思っていないだろうという“驕り”が透けて見えるが、中には、そうした方がいるかもしれないので、そうだったとしたらお詫びするというのは、A子さんに向けてだと読みとれる。

週刊文春竹田聖編集長のコメントにもこうある。

「原告代理人から、心を痛められた方々に対するお詫びを公表したいとの連絡があり、女性らと協議のうえ、被告として取下げに同意することにしました」

だが、最後まで折り合いがつかなかったのは、松本が告訴した時に書いたこの部分であっただろう。

「記事に記載されているような性的行為やそれらを強要した事実はなく、およそ『性加害』に該当するような事実はない」

松本としては、A子さんに対する強権的な性加害を認めれば、芸人人生に終止符を打たれる。文春側としては、A子さんが苦しみ抜いた末に告白してくれた内容を否定するような書き方を認めるわけには絶対いかない。

写真=iStock.com/bee32
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

■みっともない形で終わった騒動の真相

だが、2人だけの密室の出来事であり、録音や写真、医者の診断書などの物的証拠があるわけではない。裁判になれば、そこが最大の焦点になるはずで、文春側の代理人弁護士も悩んだはずである。

早く裁判にケリをつけて芸能界に戻りたい松本人志と、長期化しても勝訴できるかわからない文春側の利害が一致したのだと思う。

もちろん取り下げを申し出てきたのは松本側であることは間違いない。

多くの女性たちをホテルに呼び寄せ、関係をもったことは認め、謝罪するが、A子さんに対しての性加害については、「強制性があったのかなかったのかは曖昧にする」というギリギリの「妥協案」が作られたのではないか。

「強制性の有無を直接に示す物的証拠はない」という文言は、彼女たちと強制的に関係を結んだかもしれないが、そうだという物的証拠はないよね、といっているに過ぎない。

性加害があったということは文春側に立証責任がある。だが松本側は、話し合いによる解決にすら持ち込めず、告訴取り下げというみっともない形で終わったというのが真相であろう。

■文書に唯一残る“疑問点”

当然、A子さんはそうした曖昧な決着に同意するわけはない。しかし、文春側が徹底的な法廷闘争から妥協案を探る方向へ転換した以上、「松本が謝罪すること」を絶対条件に、松本の取り下げを認めざるを得なかったのではないか。

文春で告発した女性2人のうち1人は、朝日新聞デジタル(11月8日 20時30分)で、「割り切れない思いはありますが、一定の謝罪がなされたことは重要で、これでそれぞれが前に進めると感じています」と語っている。

「(中略)女性はこれまでのことを振り返り、『私は告発したことを誇りに思っており、優しい家族や支えてくださった心強い文春の編集部の皆様と、気を使いながらいつも通り接してくれた友人たちには感謝でいっぱいです』としたうえで、『強い者が弱い者を性的に搾取しない社会の実現を願っています』とのコメントを寄せた」

A子さんには失礼な話になるが、こうした場合、松本側が彼女に対し何らかの慰謝料を払うということが、われわれ業界の常識ではある。その場合、そのことは他言しないという誓約書にサインをしてもらうこともあるようだ。

松本側から何らかの金額の提示があったのではないか。それをA子さんが了解したかどうかはわからないが、松本側と文春側がともに、「金銭の授受は一切ありません」とことさら書くのは、私にとって不思議でならないのだが。

■テレビへの復帰はかえって遠のいた

それはともかく、この訴訟は、松本人志の「完全敗訴」であることは間違いない。松本が告訴取り下げを公表した11月8日は、A子さんが松本と9年前に出会った日だったと、東京スポーツWEB(11月15日)が報じている。

松本はそのことを知って、この日を選んだのだろうか。

このような終わり方では、松本が目論んでいたテレビへの早期復帰はかえって遠のいたと思わざるを得ない。

告訴から1年もたたないうちに、松本がいなくても、彼の冠だった番組も回り、松本人志という存在は急速に「昔話」になっていくのを見ていて、松本は、「こんなはずではない」と焦りを強くしたのであろう。

松本はテレビで見ると外見、物言いが“ちょいワル”なイメージだが、本性はネクラの小心者であろう。それは、文春が書きたてたとき、会見を開かなかったことからも伺える。

不倫がバレて逃げ隠れしていたお笑い芸人には、「会見を開け」といっていたくせに、自分のこととなるとからきし意気地がなかった。

会見を開き、自分の悪行を笑い飛ばし、謝罪すれば、イメージは傷つき番組は減っても、まだテレビの隅っこには残れたかもしれない。

だが、このような終わり方をすれば、誰もが、文春が報じた内容のほとんどは事実だったと思うに違いない。ケリの付け方としては最悪だと思う。

■まるで「旧ジャニーズ問題」のようだ

ジャニー喜多川のジャニーズジュニアへの性的虐待問題と同じように、企業が一番嫌がるのはこうした性的スキャンダルである。

テレビの現場は視聴率さえ取れれば、殺人犯でも何でも出したいが、CMが入らなくては元も子もない。

取り下げの声明文が出された時、松本は年内か新年早々の復帰を考えて、この時期に発表したなどという見方をするメディアもあった。

裁判が終結し、活動再開に向けて動き始めたダウンタウン・松本人志(61)が、年明けから活動復帰することが有力であることが8日、分かった。年内は休養し、新しい年のスタートとともに、自身も新たなる一歩を踏み出す。

活動休止約1年を節目に、松本人志が帰ってくる。関係者によると、慣れない裁判注力の疲れを癒やすべく、年内は休養に徹するという」(スポーツ報知11月9日付)

報知だけではないが、このような見方は、ジャニー喜多川の鬼畜のようなジュニアたちへの性的虐待が公になった後とよく似ている。

多くのテレビ局は何もなかったかの如く、少したつと旧ジャニーズのタレントたちを使い始めたではないか。被害者たちへの補償問題も不十分なままなのに、NHKやテレビ東京などは、旧ジャニーズのタレントを使うことを公言した。

写真=iStock.com/batuhan toker
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/batuhan toker

■「#松本人志をテレビに出すな」が半日で10万件に

だから、今回もそうなるというのだろうが、ジャニー喜多川は亡くなっていて、多くのジャニーズジュニアたちは被害者である。だが、松本は現役で、多くの女性たちと性的関係を結び、彼女たちを傷つけていたのだ。

反社会勢力への闇営業が明るみに出てテレビから消えた元吉本興業の宮迫博之は、未だにキー局への復帰は果たせていない。

「多目的トイレ不倫」の渡部建が地上波に出られようになるまで4年かかっている。それから考えれば、松本人志が来年早々テレビに復帰できると考えるほうがおかしいのではないか。

Smart FLASH(11月14日)によれば、松本側が訴訟取り下げを発表して以来、Xに「#松本人志をテレビに出すな」というハッシュタグ投稿が約半日で10万件を超えたという。

さらに今は、「#さよなら俺たちの松ちゃん」というハッシュタグが登場し、こんな声が寄せられているという。

「このハッシュタグ愛があると思う。松ちゃんに笑わせてもらった人いっぱいいるしできれば活躍し続けてほしかったと思う。松ちゃん自身がお笑いを侮辱した」

「たぶん、『世代じゃなかった』人は誰もいなかった。わたしも含めて、世代を問わず松本人志で大笑いしていたと思う。でも、もう無理。さようなら」

ファンだった人たちの心さえも傷つけてしまったのである。

もし、復帰の可能性があるとすれば、スポニチアネックス(11月10日)が報じたような形はあるのかもしれない。

■吉本の小屋から始めるか、忘れ去られるか

「早期の芸能活動再開を望んで裁判を終わらせた松本。3月下旬の第1回口頭弁論を前に発表した『一日も早く、お笑いがしたいです』のコメント通り、年明けの復帰案が浮上している。

テレビ局関係者によると、番組ではなく劇場への出演。最有力とされるのは、所属する吉本興業が運営する大阪市のなんばグランド花月(NGK)で、ダウンタウンとして浜田と観客を前に漫才をするプランだ。同関係者は『吉本と浜田さんらで話し合いをしている』と明かした。(中略)

テレビ局関係者は『舞台に立ってお客さんの前で芸を披露するのが芸人の“原点”。そこからの再出発が松本さんにとっても一番良い』と指摘。さらに『松本さんはテレビ復帰に強い思いがあるようだが、スポンサーの反応などハードルがある。劇場なら、お金を払って来ているファンだから問題もない』と語る」

2年でも3年でも吉本の小屋の舞台に立ち、反省した新しい自分を見てもらって、多くの客たちから支持を集め、そこから這い上がっていくしかない。

それをやるだけの根性が松本人志にあるのか。それともこのまま忘れ去られるのか。松本にとっては、これからが本当の“お笑い芸人人生”が始まるのである。

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元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任する。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『編集者の教室』(徳間書店)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)、近著に『野垂れ死に ある講談社・雑誌編集者の回想』(現代書館)などがある。
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(ジャーナリスト 元木 昌彦)