慶應野球部メンタルコーチが考える<なでしこジャパン>が2011年に世界一に輝いた理由。出場辞退も議論される中、佐々木監督がある映像を見せて…
2023年に開催された第105回全国高等学校野球選手権大会で、慶應義塾高等学校が107年ぶりに優勝しました。この優勝に大きく貢献したのが、メンタルコーチ・吉岡眞司さんのメンタルトレーニングです。吉岡さんは、「成果を挙げているチームは、明るく雰囲気がいい特徴が見られる」と語っていて――。今回は、吉岡さんの著書『強いチームはなぜ「明るい」のか』から、あらゆる分野に活用できるメンタル術を一部ご紹介します。
【書影】慶應義塾高校を107年ぶりの甲子園優勝に導いた、負け知らずのメンタル術。吉岡眞司『強いチームはなぜ「明るい」のか』
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「人を喜ばせたい」という本能を味方につける
世の中には、「目標」は設定していても、「何のために」という「目的」を明確にしている人はあまり多くはいないものです。実は、目的がはっきりしていないと、目標を達成しようとする使命感、やる気やモチベーションなどが上がりにくいのです。
この目標と目的を設定するうえで覚えておいていただきたいのは、人は自分のため「だけ」にはなかなか頑張れないということです。
成功するイメージを思い描くうえで大切なことを一つ挙げます。それは「その成功イメージにワクワクできるか?」ということです。
「ワクワクする」のは言うまでもなく「自分」です。ただ、その目標の動機付けが、「自分のため」だけになっていると、大きな壁にぶつかったときにくじけやすい傾向があります。
「どうにも苦しいから、もう今回はダメでも次で頑張ればいいか」などと簡単に逃げてしまいやすいのです。
少し専門的に説明すると、私たちには身を守るための自己防衛本能があります。
「自分の喜び」だけが動機になった目標だと、壁にぶつかってどうにも前に進めなくなった際に、「自己防衛本能」が過剰に働き出すことがあります。
すると、私たちの脳は、自己を正当化するあまりに、前に進めなくなった事実に対して、責任転嫁する傾向を持ち合わせています。
たとえば、
「アイツがいるから、これだけ努力してもレギュラーになれない」
「育ってきた環境が悪いから、いくら勉強を頑張っても志望校に合格できない」
このように、自分の外に原因を求めることで、今のつらい状況から逃げ出そうとしがちです。
「誰かのために」という気持ちが生まれる理由
しかし、家族や友人、チームの仲間、パートナーなど「誰かのために」という動機があると、くじけそうになったとしても、「あの人を喜ばせるためにもう少し頑張ってみよう」という思いが脳内をよぎり、簡単にあきらめにくくなるのです。
これは、私たちには誰しも「人を喜ばせたい」という本能があるからです。
仕事でもプライベートでも、自分が行ったことで人が喜んでいる姿を見たり、「ありがとう」と言われたりすると、うれしくなって、また何かしてあげたくなるのはそれゆえです。
「また喜んでもらいたいな」「また力になりたいな」という気持ちが自然とわいてくるのです。
ですから、
「いや、ちょっと待て。私はいつも支えてくれる両親の喜ぶ顔が見たいからレギュラーを目指していたはずだ」
「あの大学に合格して、将来この道に進んで人の役に立ちたいから、勉強を頑張っているんだ」
このように、目標設定において、「自分のため」だけでなく、「誰かのため」という要素を加えることで、私たち人間が生まれながらにして持つ「人を喜ばせたい」という本能を味方につけることができます。
もう限界と思えるようなときに、もうちょっと踏ん張ってみようという強い気持ちが生まれてくるのです。
「なでしこジャパン」が世界一になった理由
2011年にドイツで開催された「FIFA女子ワールドカップ」で、女子サッカー日本代表チーム「なでしこジャパン」が初優勝を成し遂げました。
日本のチームがサッカーの世界大会で初めて頂点に立った、この快挙を支えたのも「誰かのために」という思いでした。
(写真提供:Photo AC)
その年の3月11日に東日本大震災が発生。東北地方を中心に地震と津波で大きな被害に見舞われました。
「日本中が震災で大変なときに、私たちは海外にサッカーの試合に行っている場合なのか……」
大会を控えて合宿していた選手たちの間にも疑問と葛藤が生まれ、「大会に出場すべきか、辞退すべきか」と喧々諤々(けんけんがくがく)に議論したこともあったそうです。
「自分たちのため」だけの目標から
当時のなでしこジャパンを率いていた佐々木則夫監督は、準々決勝のドイツ戦、そして決勝のアメリカ戦を前に、選手たちにある「映像」を見せました。
そのときのエピソードを、次のように回想しています。
「ドイツ戦の前に見せたのが『われわれは日本を代表している』という映像でした。何のために、この大会を戦っているのか。それは震災で打ちひしがれた人たちに、われわれが一生懸命ひたむきにプレーする姿を見ていただいて、何とか元気になってもらうためだよね? そのことを、映像を使って再確認することができました。
決勝の米国戦では『次のステージに向けて』――つまり復興ですよね。ドイツには勝ったけれど、そこで収まらずに新しいステージに向かっていこう、というメッセージを込めました」
(宇都宮徹壱「2011年の東日本大震災となでしこジャパン 佐々木前監督が語る『あの時考えたこと』」Sportsnavi /2019年3月11日)
これが「誰かのために」です。
当初、なでしこジャパンが掲げていた目標は「ベスト4以上に入ってメダルをとる」、そして「一度も勝っていないアメリカに勝つ」ことでした。
これらは自分たちがワクワクすること、つまり「自分たちのため」だけの目標でした。
そこに「被災地の方たちを元気づける」という「誰かのために」の要素が加わったことで、なでしこジャパンは次々と強豪国に勝ち、決勝ではアメリカと対戦。
PK戦までもつれた激闘を制し、優勝の快挙を成し遂げたのです。
※本稿は、『強いチームはなぜ「明るい」のか』(幻冬舎)の一部を再編集したものです。