宿泊客以外にも開かれたスペース「SKY PLAZA IBASHO」を2024年3月にオープンした京王プラザホテル。同スペースの利用は多い日で300人を超える。写真は「ラウンジ」ゾーン(撮影:尾形文繁)

新宿高層ビル街に、リモートワークによし、打ち合わせによし、リラックスによし、の、穴場スポットができたという。とくに平日の昼間には、子連れの客がベビーカー40〜50台連ねて集う。

ベビーカー40〜50台が集まる場所


京王プラザホテル(撮影:尾形文繁)

人気の理由はコスパのよさ。抜群の眺望で靴を脱いでくつろげる、おしゃれかつ広々したスペースを備え、みんなでおしゃべりしても子どもがはしゃいでも怒られない、しかもスターバックスのコーヒー含むドリンクが飲み放題で、2000円の入場料で利用できるというのだ。

その場所の正体は、京王プラザホテルに3月オープンしたSKY PLAZA IBASHO。新宿にある京王プラザホテル本館47階の1フロア丸ごと、1100平米という広大なスペースを、ラウンジ、ライブラリー、ガーデン、パーク、マルチパーパス、ホールと用途ごとの6つのゾーンに分けて、宿泊客・一時利用客に有料で開放している。


日中子連れ客が集まる「ホール」ゾーン(編集部撮影)

子連れ客が集まるのは、このうち入り口からは一番奥まった場所にある「ホール」。映像や音響装置の設備もありイベント利用が可能だが、現在は子どもが登ったりして遊べる遊具が設置されている。ベビーカー設置場所もちゃんと決められているようだ。

【写真】東西南北の眺望が見渡せるワークスペース利用の「ライブラリー」、ハンモックがズラリと並ぶアウトドアな雰囲気の「パーク」、スターバックスのドリンクマシン、開業1971年当時の京王プラザホテルなど(11枚)

ワークスペース利用される「ライブラリー」はここから一番遠く、また子どもが立ち入れないようになっているため、声などが邪魔になることはない。


ワンフロア丸ごとを使っているので、東西南北の眺望が見渡せるのが特徴。写真はワークスペース利用の「ライブラリー」(編集部撮影)

料金は、平日午前8時〜午後4時半まで2000円(土日祝2500円)、午後5時から10時までは5000円。本館25階以上、南館28階以上の部屋の宿泊客、ホテル会員の宿泊客は無料となっている。

なぜこんな場所ができたのか?

ナイトタイムはともかく、平日昼間、空き時間にちょっと立ち寄って仕事をしたり、時間を潰したりする場所としては利用しやすそうだ。

子連れにとっても、周囲の目や料金が気にならず、居心地がよい点でファミレスやカラオケボックスよりメリットが大きいだろう。

なぜこんな場所ができたのだろうか?

京王プラザホテルによると、このSKY PLAZA IBASHOは「プラザ思想」なるものの産物らしい。


新宿中央公園から見た、開業時の全景(写真:京王プラザホテル

「プラザとはスペイン語で『広場』の意味。ホテル=宿泊客という概念にとらわれず、さまざまなお客さまが集える場所でありたいという『プラザ思想』は開業時から受け継がれてきたもの」(京王プラザホテル広報担当)。その一例が開業当時のエピソード。

開業の1971年当時は日本一高いビルとして話題になり、展望室は一般客にも有料で開放されたのだという。観光スポットとして、はとバスツアーに組み込まれるほどの人気で、開業半年で100万人が訪れた。

その後周囲に超高層ビルが増え、1980年に展望室としての利用はいったん終了。都庁ができた1991年以降、宴会場として利用されるようになり、後にはカラオケルームができた。夜景が楽しめるカラオケルームは年配の客や外国人に人気だったものの、コロナ禍で再びクローズしていたという。


オープンした当初は新宿の名所として多くの人が訪れた(写真:京王プラザホテル

そしてコロナ禍が終わって再び、プラザ思想の象徴として新たにオープンしたのが、SKY PLAZA IBASHOだった。コンセプト立案にあたってはホテルや旅行に対する、近年の志向の変化も影響しているという。

コロナ禍で旅行は「不要不急」の扱いを受けた。家の中での楽しみも増えた。感染症が収束して、すぐにアクティブに旅行する人がいる一方で、「行かなくても済んでしまうもの」と考えるようになった人もいるだろう。

ホテルにも、宿泊先としてだけでなく、わざわざ出かけるだけの魅力、価値が求められるようになった。

そこで新たなスポットによって価値をアップし、宿泊客を呼び込もうというのがSKY PLAZA IBASHOの狙いなのだ。午前8時から開放しているので、ホテルのチェックイン前に休んでもらうこともできる。

またインバウンドではグループの宿泊客も多く、とくにアジア圏などには親族連れ立って訪れる客もいる。そういった客が、例えば夕食後などに集まりたいと思ってもなかなか適当な場所がない。SKY PLAZA IBASHOであれば子どもがいても周囲を気にせず、一家団欒できるので、喜ばれているそうだ。


隣接するのが「パーク」で、ハンモックがズラリと並び、アウトドアな雰囲気の中くつろげる(撮影:尾形文繁)

京王プラザホテルによると、3月の営業スタート時には、子連れの利用客がこれほど増えるとは予想していなかったという。子どもの声などへの配慮の必要も生じ、まずはスペースを分けるなど、誰にとっても使いやすいような方法を運営しながら模索してきた。なお、未就学児は入場料は無料だが、ドリンクは料金の発生する大人と同じく飲み放題と太っ腹だ。さらにミルク用のお湯の貸し出しや、おむつかえスペース設置など手厚いサービスを提供している。


ワークスペースとして使えるライブラリーゾーン(撮影:尾形文繁)

多いときで1日300人を超えるという一般利用客からの収益や、話題性による認知度のアップは京王プラザホテルにとっても大きなメリットがあるからだろう。

今後も利用客の声を聞きながら運営を考えていくというが、今のところは、昼間は一時利用客、夜は宿泊客というすみ分けが自然とできているようだ。

ネスレ・スターバックスの提携プログラムとは

ホテルのラグジュアリーな空間が一般客に利用できるという点でも話題性があるが、さらにネット上で注目を集めているのが、スターバックスのドリンクが楽しめるという触れ込みだ。といっても、スターバックスの店舗があるわけではない。


スターバックスのマシン。入場客が多いときは列ができてしまうという(撮影:尾形文繁)

フロア中心部の「ラウンジ」というスペースに、ドリンクマシンが設置されており、スターバックスのコーヒー豆を使用したラテやカプチーノなどがセルフサービスで利用できるのだ。

ネスレ日本が提供する「We Proudly Serve Starbucks」Ⓡコーヒープログラムという事業により、このサービスが可能になっているらしい。

ネスレは2018年8月にスターバックスとグローバル提携契約を結び、液体飲料商品およびスターバックスの店舗内のすべての商品を除く小売用、業務用製品の世界規模の協力とコーヒー製造の提携を行うこととなった。そのため2019年の4月から、スターバックス家庭用コーヒー製品がネスレより販売されるようになっている。

オフィスやホテルなどにマシンを設置し、挽きたて、淹れたてのコーヒーを提供する事業もその一環でスタート。同プログラムのウェブサイトによると、バイヤーにより世界から厳選されたアラビカ種のコーヒー豆を使用し、最適な焙煎を行っているという。

提供サービスには、スタッフが常駐して提供する「サーブタイプ」、フルオートのマシンを使いセルフで利用する「セルフサーブタイプ」、挽きたて、淹れたてのブラックコーヒーを提供する「ブリュワータイプ」の3つがある。京王プラザホテルはセルフサーブタイプ、ブリュワータイプのマシンを1台ずつ入れているようだ。


ブラックコーヒー、カフェラテ、カプチーノなどがフルオートでできあがる(撮影:尾形文繁)

実際の導入事例も掲載されており、企業やホテル、クリニックなどが福利厚生やサービスの目的で導入する例が一般的なようだ。
世界的に力があるスターバックスブランドの、家庭用・業務用コーヒーの販売網を広げるのが同プログラムの狙いのようだ。

実際の味はどうだろうか。ブラックコーヒーのほうは、苦味が控えめなバランスのよい味。挽きたてなので香りも楽しめる。カフェラテはコーヒーの苦味、ミルクの風味どちらもちょっと薄味に感じた。ヘーゼルナッツフレーバーのラテ、カプチーノもラインナップされており、ラテを試飲。プレーンなラテよりもヘーゼルナッツの風味がある分、コクを感じた。


メニュー(写真:編集部撮影)

さすがに「お店と同じ味」とまではいかないだろうが、とにかくコーヒーのおいしさは、挽きたての香りが多くを占めている。その都度豆を挽いてから淹れているのだから、それなりに楽しめるコーヒーとなっているのは当然だろう。

カフェラテのバニラやキャラメル、期間限定フレーバーもそろっていて、ちょっとした「スタバ気分」も味わえる。

なお、ラウンジにはバーカウンターも設えられており、午後5時から10時のナイトタイムにはセルフサービスのアルコールも楽しめる。こちらは有料だ。

ホテルは泊まるだけの場所からの変化

ホテルと言えば、まずは宿泊する場所。ロビーやラウンジなどもあるが、プライベートであるべき施設なので、内側に閉じた雰囲気がもともとある。しかし今回の例では、外に開かれた場所をホテルの魅力として打ち出し、一時利用客を通じたブランド発信を行っている。

そういえば先日レポートした星野リゾートのまちなかホテルOMO5東京五反田も、街とのつながりを重視し、ロビーやテラスを一般客に開放したところに特徴があった。

ホテルが宿泊客だけでなく街や地元の人に向き合い、ブランド価値をつくっていく時代になっているのかもしれない。

(圓岡 志麻 : フリーライター)