岡山駅東口バスターミナルに停車中の宇野バス(筆者撮影)

岡山県内で路線バスを運行する宇野自動車(以下、宇野バス)は、100円という日本最安の運賃を維持しながら、黒字経営を続ける稀有なバス事業者だ。多くのバス会社が、自治体の補助金なくして経営が成り立たない状況にあるなかで、宇野バスは補助金を受け取らず健全な経営を続けている。

宇野バスはなぜ、自治体の補助金を受け取らず日本最安の運賃で黒字経営を維持できるのか。そんな独特の経営理念を貫く宇野バスの宇野泰正社長に話を聞いた。

自前のバスターミナルを持つ

岡山市中心部に位置する宇野バス本社に併設された表町バスセンターには、茶色のボディに5連のマーカーランプが備え付けられた特徴的なバスが次々に発着する。岡山市中心部を経由する大半のバス会社は天満屋バスセンターに乗り入れているが、宇野バスは天満屋バスセンターに乗り入れず、本社併設の表町バスセンターに発着していることも同社の独自性を象徴する。

そんな宇野バスについて、宇野社長は「宇野バスは、創業時からの宇野商店みたいな性格を強く持っている大家族的な雰囲気の社風」、「バスが好きな私たちは、バスでお役に立たせていただくことを使命として、安全で便利で経済的で心地よい移動手段を提供していきたい」と経営理念を語る。

さらに特徴的な点は、宇野バスは、岡山市内中心部の運賃を今なお100円に据え置いていることだ。2022年10月から岡山市内のほかのバス会社や路面電車の中心部の運賃が100円から120円に値上げされた。

これには岡山市からの「運賃の適正化を図りたい」という呼びかけがあり、コロナ禍の利用者激減による減収の影響を受けていた事業者側との利害が一致したことも関係している。しかし、宇野バスだけは運賃の値上げを行わなかった。今後も値上げの予定はないという。


表町バスセンターと宇野バスの本社(筆者撮影)

自治体からの補助金は受けない

宇野バスの岡山市中心部の運賃が100円になったのは1998年のことだった。それまでの運賃は120円であったが、当時の運輸省(現・国土交通省)に対して日本で初めて運賃値下げの申請を行い、市内中心部の運賃を100円に引き下げた。これは運賃の値下げによって、岡山市中心部だけではなく周辺部からの乗客の囲い込みを狙ったもので、その狙いは見事的中。宇野バスの乗客も売り上げも増えた。

宇野社長は、こうした日本最安値の運賃を維持し続けられる理由について「安い運賃にすることでより多くのお客様にご満足いただいてバスに乗っていただけること」、「さらに繰り返し宇野バスをご利用いただくための努力や、コストを下げるための努力を本当に一生懸命にやっているからだ」と力説する。

さらに宇野バスは、自治体からの補助金を一切受けていないことも大きな特徴だ。これについて宇野社長は、いくらバス事業が公共性のある事業だからといっても「自由競争、公平原則の自由経済の理念から、企業は自立して経営されねばならないという信念があるから」だと話す。

仮に、補助金を受け取ってしまうと、経営に対して自治体からの制約が生じ、経営判断の足かせになることや、企業努力を怠るようになるなどといった副作用が出てしまうことが心配されるという。

こうしたことから、岡山市が主体となって2022年度と2023年度に行った路線バス無料デーについても、2023年度においては宇野バスにおける売上相当分の補助金を市から受け取らなかった。2022年度に関しては、岡山市から路線バス無料デーの売上相応分の補助金を受け取っているが、この補助金分については2023年の7月と12月の計2回、宇野バスが独自に路線バス無料デーを実施することによって社会に還元し、事実上、補助金を受け取っていない形とした。

宇野バスは、車両の低床化についても独特の取り組みを行っている。近年では、バリアフリーの観点からバス車両の低床化が求められる時代となり、一般的なバス会社では新たにノンステップバスを導入することで、バス車両の低床化を実現することが通常だ。

しかし、宇野バスでは既存の高床バスのタイヤを小さいものに履き替えることでバスの車高を下げ、低床化を実現してしまった。タイヤの小型化により車高を7〜8cm下げることに成功したという。タイヤの小型化による低床化を実現するにあたっては、タイヤだけではなくギア比を変える作業も必要になったというが、それでも当時宇野バスが所有していた72台のバスの低床化を約2000万円の費用で実現できた。

宇野バスのバス新車は1台当たり約2000万円であるというが、72台のバスの低床化にかかった費用は新車のバス1台分の費用。新車のノンステップバス1台はこれよりも高いことから、新車のノンステップバス1台分よりもはるかに安い費用で72台のバスの低床化を実現できたことになる。

なお、タイヤの小型化によりタイヤの消耗具合が4〜5%程度悪くなり、タイヤの交換頻度が上がるというデメリットも生じたそうだが、それでもノンステップバスの購入による低床化と比較するとコストパフォーマンスはかなり良い。

運賃最低でもサービス最高を目指す

こうして知恵の限りを尽くしてコストカットを追求する宇野バスであるが、そのサービス内容は決して「安かろう悪かろう」ではない。宇野バスの車内は乗客が快適に過ごせるようにさまざまな工夫が凝らされている。

宇野バスは、岡山市中心部から岡山市郊外へ路線を延ばす。例えば、岡山駅から同市中心部の表町バスセンターを経由して、県東部の片上に向かう路線では、乗車時間が1時間以上に及ぶ。さらに、県北部のJR姫新線林野駅までを結ぶ路線は乗車時間が2時間に及ぶ。

こうしたことから、宇野バスの全車両では、車いす用の座席を除き、背もたれが高いハイバックシートを採用しており、長時間の乗車でも快適に過ごせるようになっている。座席モケットについては、メーカーも色も高級なブランドイメージのある阪急電鉄と同じ住江織物製の深緑色だ。

これだけではない。宇野バスの全車両には、無料Wi-Fiも完備されている。これは、2014年に宇野社長が、日本航空で機内インターネットサービスを開始したというニュースを見たことで、「自社のバスにも導入できないか」と考えたことがきっかけとなった。

当時、無料Wi-Fiの整備については、まだ黎明期ではあったが、多くの人がスマホを持ち、インターネットに接続して情報を得る社会になるというライフスタイルの変化に柔軟に対応した車内環境を整備するため、2015年から岡山県路線バスとして初めて全車両で無料Wi-Fiが使えるようになった。

また、宇野バスは、新車の導入にも積極的で、基本的にバスは約10年間という通常の半分ほどの期間で新車への更新を行っていることから「宇野バスはいつもきれいで、乗り心地も良い」という定評があるという。


ハイバックシートの宇野バスの座席(筆者撮影)

そんな宇野バスのある岡山県内は、全国屈指のバス激戦区だ。岡山市内だけでも、路線バスを運行するバス会社は宇野バスを含めて9社。さらに、このうち8社は岡山駅東口のバスターミナルに乗り入れ、しのぎを削る。

岡山県がこうしたバス激戦区になった背景には、第2次世界大戦中にバス会社の戦時統合が行われなかったことにある。国内の多くの地域では、戦時中にバス会社の統合が行われ、整理されていったが、岡山県ではバス会社の統合が行われる前に終戦となり、戦前からのバス会社がそのまま残ってしまった。その結果、岡山県は全国でもまれにみるバス激戦地帯となってしまった。

こうした背景から、宇野社長は「可及的速やかに岡山県内のバス会社の統廃合を行うべきだ」と主張している。コロナ禍で深刻な経営問題を抱えたバス会社が増えたこと、さらにバスドライバー不足が深刻化していることがその理由だ。

岡山県内のバス会社は速やかに統廃合を行うべき」

ドライバー不足の問題を例にとると、岡山県全体で考えた場合、すでに大型2種免許が必要な大型バスでは供給過剰となる程度の乗車人数しかいないバス路線がある。こうしたバス路線で運行されている大型バスを、本当に大型バスが必要とされている需要のある地域に再配置、最適化しなければ、本質的なドライバー不足の解消とはならない。バス会社が多すぎると岡山県全体でのバス路線の最適化を図ることは大きな困難を伴うことから、バス路線の最適化を考えるうえでも「県内バス会社の統廃合は不可欠」(宇野社長)と強調する。

また、具体的な統廃合のイメージについて宇野社長は「1社に統合すると競争をしなくなるため、2〜3社にしたうえで競争してコストを下げるようにすることが必要」との考えを示している。

路線バス事業は、高度経済成長期をピークに市場が縮小し、すっかり儲からないイメージが強い業界となってしまった。しかし、儲からないからといって自治体などに陳情や助けを求めるだけではなく、宇野バスのように民間企業としてあるべき経営とは何かについてもう1度見直し、改善しながら事業を行えば、「黒字化」への道筋が開けるかもしれない。

(小椋 將史 : ライター)