男鹿線の車両。ヘッドマークにはナマハゲの姿も

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沿線のほとんどが「無人駅」

 近年、JR東日本はみどりの窓口の削減を推進する一方で、駅ビルのテナント業や金融業など、利益を上げるために鉄道以外のサービスを拡充させる傾向にある。そうしたなかで、切り捨てられているのはローカル線だ。首都圏の鉄道網や駅ビルの充実ぶりと比較すると、ローカル線は廃線や減便が相次いでいる。秋田県の沿岸部を走るJR男鹿線の沿線では、無賃乗車が常態化しているという。

【写真】男鹿線の車窓から見える長閑な田園風景

「男鹿線の沿線はほとんどが無人駅なのですが、無人駅と無人駅の間で地元の人たちの無賃乗車が横行しています。本来は注意しないといけないはずなのですが、何しろ一人当たりの単価が数百円程度なので、職員もわざわざ捕まえようとしない。事実上の黙認状態、無法地帯です」

男鹿線の車両。ヘッドマークにはナマハゲの姿も

 そう話すのは、デイリー新潮に情報を提供してくれたJR東日本の元社員A氏である。男鹿線は秋田県内の追分駅と男鹿駅を結ぶローカル線で、ほとんどの列車が秋田駅まで直通しており、車掌が乗務しないワンマン運転を行っている。いずれの駅も学生や高齢者の利用が主体で、周辺に住宅街が多いこともあって、キセル乗車や無賃乗車が行われやすいいのだという。

不正乗車をしやすいシステム

 基本的に、列車のワンマン運転は1両もしくは2両編成で行われるイメージがあるが、近年、JR東日本では「中編成ワンマン」「信用降車方式」という制度の導入が進んでいる。中編成ワンマンとは3〜4両編成の列車でワンマン運転を行うものだ。車両搭載のカメラで運転士がすべてのドアの乗降を確認し、ワンマン運転を行っている。これが不正乗車の温床になっていると、A氏は言う。

「2両のワンマン列車だと先頭の運転士に切符を見せて、運賃箱へお金を入れるイメージがありますよね。しかし、4両でそんなことをやっていたら、定刻通りの運転なんかできません。そこで信用降車方式が採用されています。駅に強固な運賃箱を設置し、ワンマン列車に乗ってきた乗客に運賃を入れてもらうシステムです。こちらから声掛けしなくてもお客様はちゃんと払ってくれるだろうというものですね」

 これは、田舎に見られる野菜の無人販売のような、性善説によって成り立っている仕組みといえる。しかし、実際に運賃箱に料金を入れる人はどれほどいるのだろうか。A氏によると、この制度に疑問を持つ社員は皮肉を込めて“賽銭箱”と呼んでいるという。

大人が無賃乗車の方法を教えている?

 男鹿線で無賃乗車が横行しているという問題は、男鹿線で運転士や車掌を務めたことがある職員なら、誰しも認識しているはずだとA氏は話す。ただ、そこから社員が問題意識を持ち、解決に向けて動くかどうかは別問題でもあるという。男鹿線では利用客のマナーも悪化していると、A氏は嘆く。

「男鹿線を利用する高校生は、カップ麺をスタバのコーヒーの如く片手に持って乗車してきます。さらに、詰め襟の学生服を着ているのに、秋田駅で“子ども用の切符”を買って乗る高校生までいました。さらに、男鹿線で衝撃なのは、子どもたちの間に“鉄道は無料で乗れるものだ”という意識が浸透しつつあることです」

 いったいどういうことなのか。A氏が社内で、キセルをしようとする人が多いことを嘆いていたら、男鹿出身の先輩に「俺らが子どもの頃は大人がキセルをやっていたし、男鹿線はタダで乗れると思っていたもんな」と言われたそうだ。「大人が子どもに男鹿線のタダ乗りの仕方を教えている」という話もあったという。

キセルを捕まえても割に合わない

 では、JR東日本は無賃乗車の対策をどこまで真剣に進めているのだろうか。A氏は、「大々的に無賃乗車はやめてくださいとは言えませんが、ワンマン列車の乗り方の指導が行われているのは、見たことがあります。実際にそのための勤務が設けられ、何人か無人駅に派遣されていました」と話す。

 しかし、そうした努力もむなしく、不正乗車はなくならないようだ。筆者ですら、何度も不正乗車が疑われる乗客を目撃したことがあるし、地方の無人駅に、東京の山手線の駅の初乗り運賃の切符が落ちているのを見たことは何度もある。鉄道会社も認識しているはずだが、面倒くさいから見て見ぬふりをしている職員も多いのでは……とA氏に聞くと、「正直なところ、その通りです」とのことだ。

「地方路線で日頃からキセルをする人は、乗車区間はせいぜい200円とか、単価が低いんですよ。仮に不正乗車を目撃したとして、その200円のために全力でダッシュして捕まえたり、列車を何分も遅らせたりするのは割に合わないじゃないですか。国鉄時代採用の職員はキセルに対して厳しい人が多い印象ですが、若い職員にはそこまで躍起になる必要はあるのか、という風潮が蔓延していました」

キセルを積極的に捕まえる車掌もいる

 その一方で、使命感をもって仕事をする職員がいるのも事実だ。こちらも既にJR東日本を退職したというB氏は、若者にしては珍しく集札をしっかりしたり、駅員時代も営業規則を常日頃から読み返してクレーム客を撃退したりしていたという。A氏は、不正乗車を絶対に許さなかったという車掌B氏の武勇伝をこう話す。

「男鹿線の途中駅で、女子高生がすり抜けて行こうとしたため、階段を上って駅の外まで追いかけたそうです。普通列車でも何度も検札をして、キセルを何人も捕まえていました。年々ワンマン化が進み、無賃乗車が横行するような制度へ変えていく会社のやり方が嫌だと常日頃から話していました」

 B氏は、キセルをしていた女子高生を叱り、何度も泣かせたことがあるという。B氏の行動は、一部の人からが「常軌を逸している」といわれるかもしれない。しかし、こうした抑止力みたいな人がいなければ、キセルが横行するのも当然だろう。B氏は“バリバリの鉄道オタク”であり、愛する鉄道で不正乗車が行われている実態を許すことができなかったようだ。

「男鹿線において、無賃乗車は行われていないという認識」

 こうした問題を、JR東日本はどこまで把握しているのか。デイリー新潮編集部では、JR東日本秋田支社の広報担当者に電話で話を聞いた。

――男鹿線で無賃乗車が相次いでいるとの情報を耳にしたが、どこまで実態を把握しているのか。

広報:男鹿線において、無賃乗車は行われていないという認識です。基本的に所定の乗車券をお買い求めの上、もしくは定期券をご利用の上、乗車いただいているという認識です。

――現在のようなワンマン運行になってから、無人駅から無人駅の利用については、いくらでも無賃乗車ができる環境にあると思う。無賃乗車を防ぐための対策は行っているのか。

広報:無賃乗車を防ぐ対策は行っていない。ただ、この仕組みを導入してからは、無人駅に運賃箱を設置していますが、この運賃箱自体が盗まれないように、監視カメラを設置しています。

――防犯カメラで、無賃乗車をしている人を発見した場合、その人に注意するといったことはやっていないのか。

広報:Suicaを持っていれば、Suicaをタッチする機械にタッチしてもらえればいいのだが、磁気式の定期券であれば、無人駅であれば素通りでも問題はない。運賃箱に何もせず、スイカの機械にもタッチしなかったといって、それで無賃乗車と断定できるわけではありません。

――現在のワンマン運転の体制になったのはいつからなのか。

広報:2021年の3月のダイヤ改正から。それ以前は車掌が乗車し、乗車券の販売や乗車券の受け取りを行っていました。なぜワンマン運行になったのかはすぐにお話しできる情報がありません。

今こそナマハゲの出番だ

 なお、広報担当者は「運賃の支払い方法などについては、ホームページやポスターなどで周知している」と語りつつ、「そもそも、改札のない無人駅の利用状況は把握していない」とも述べた。こうした状況だから無賃乗車がなくならない、と言われても仕方なかろう。無論、それは男鹿線に限ったことではない。他の地域のローカル線でもごくごく普通にみられるし、既に述べたように、筆者も目撃したことがあるのだ。

 しかし、JR側も真剣に取り締まってこなかったのも事実だ。そのような姿勢が住民のモラル崩壊を招いているのではないか。さらに、数百円であっても、ローカル線の売り上げのためには大切なはずだ。料金を払わずに鉄道を利用する、そんなモラルのない住民が鉄道の廃線を招いているのではないか。

 無賃乗車の横行を指摘したA氏は現役時代、しっかり運賃を払って利用している乗客に申し訳ない気持ちでいっぱいだったと話す。

「車内巡回をすると決まった金額の小銭を握りしめて待っていてくれるお客さまにお会いしますし、“この前払えなかったから”と言って、わざわざ有人駅に支払いに来るお客さまもいます。こういった、きちんと支払いを行って乗車しているお客さまには……申し訳ないですよね」

 ところで、男鹿は「悪い子はいねが〜」と雄叫びをあげて、家々を回る伝統行事「ナマハゲ」で有名な地域だ。深刻な問題である。不正乗車をする輩は、今こそナマハゲに厳しく叱ってもらう必要がありそうだ。

ライター・宮原多可志

デイリー新潮編集部