JR西日本の本社。この内部でさまざまな変革が起きている(記者撮影)

JR各社で「働き方改革」に取り組む例が増えてきた。JR東海は1月から大規模な「新幹線通勤」の制度を本格導入した。東海道新幹線の全区間(東京―新大阪間、約550km)で新幹線を使った通勤を認めた。それまでの長距離通勤は原則300km以内だったが、一気に広がった。東京から大阪に通勤することが可能になる。

この制度を利用すれば単身赴任の必要がなくなるが、それだけではない。新幹線や特急列車など移動時における車内での執務が週7.5時間まで勤務時間として認められるようになったのだ。

同社は東海道新幹線車内にビジネスブースやビジネス専用車両「S Work」を設けるなど「新幹線のオフィス化」を進めているだけに、自ら率先して新幹線車内での勤務を実践しているといえる。では、社員が新幹線で仕事をしているかどうかをどうやって把握するのか。同社によれば、「ノートパソコンをネット接続してログインしていれば勤務しているとみなす」。

「コロナ禍の雰囲気を変える」アイデア

ほかにも変化がある。これまで乗務員、駅員など鉄道の現業ではないバックオフィスの社員はスーツにネクタイ着用という姿が定番だったが、最近はノーネクタイの社員も珍しくない。これも柔軟な働き方を取り入れることによって、社員の働く意欲を高めるための試みだ。

JR西日本でも昨年からバックオフィス部門の社員の間でラフな格好で仕事をする姿が目立つようになった。

ただ、そのレベルが半端ない。Tシャツの上にジャケットを羽織っている社員もいる。彼らがオフィスの内外を闊歩している姿は鉄道会社のイメージとは大きくかけ離れている。まるで時代の最先端を走るIT企業の社員のようだ。ノーネクタイが定番のほかのJRの社員は「JR西日本さんは突き抜けてますね」と驚嘆を隠さない。

いつ、どのようにこの取り組みが始まったのか。鉄道本部CS戦略部で「企画人財育成」を担当する齊藤広記さんと塩見燿平さんの2人に話を聞いた。

いわゆるオフィスカジュアル(服装の軽装化)は、日頃からIT企業と付き合いの多いJR西日本光ネットワークなど一部のグループ会社で先行して導入していたが、本社に広がったのは2023年に入ってから。ゴールデンウィーク(GW)明けには新型コロナウイルス感染症5類移行に伴い、出社する社員が増える。この機にコロナ禍の暗い雰囲気を変えたいと、CS戦略部の社員たちが考えた。ではどうしたらよいか。議論の過程で若手社員の間から「オフィスカジュアルをやってみようか」というアイデアが出た。

バックオフィスで働く社員に対する服装を定めた規定はない。オフィスカジュアル導入に煩雑な手続きはなく、やろうと思えばいつでもできる。そこでGW明けから有志の間で試行的に始めてみた。最初はおそるおそる。それはそうだろう。乗務員や駅員など鉄道現場の社員たちはかっちりした制服に身を固めているだけに、鉄道本部の社員もスーツ・ネクタイが当たり前という風潮があった。それでも、同じフロア内で働く者どうしの間でオフィスカジュアルが少しずつ広がっていった。

ある日、カジュアルな服装の若手社員たちが生き生きと働いているのを見た経営幹部が、「いい試みだからオフィシャルな取り組みにして鉄道本部以外にも広げよう」と宣言した。どうせやるなら夏が本格化する前にやりたいということで7月初旬の導入が決まった。

一方で、1つだけ条件が付いた。「服装に関するガイドラインを作ったほうがいいんじゃないか」。仕事にふさわしくない格好で出社するかもしれないから、こんな服装にしなさいというガイドラインか。そうではなく、むしろその逆。基本的にはすべてOKで、NGリストを作ってNGでない服装であればOKということにした。最低限のルールだけ作って、何を着るかはあくまで社員決めさせる。

オフィスカジュアルで何が変わった?

鉄道会社は安全運行を保つためさまざまなルールを設けている。そのルールに従っていれば日々の業務は進んでいく。だが、それは変革の時代には通用しない。今求められているのは「自分で考える」ことだ。担当者たちは突貫工事で作業し、わずか10日間でガイドラインを完成させた。


オフィスカジュアルで勤務するJR西日本の社員たち。左から2人目が齊藤さん、3人目が塩見さん(記者撮影)

ガイドラインの具体的な内容はどのようなものだろうか。たとえば、Tシャツのデザイン。イラストやロゴがワンポイント入っている程度ならOK。シャツいっぱいに多く描かれているのはNG。○cm以上はだめといったように数字で示しているわけではないので、「そこは常識の範囲内」。

これまでのところ、ふさわしくない服装だとして注意を受けた社員はいないという。逆にオフィスカジュアルに慣れていない年配の社員はどうか。この点については、「スーツ・ネクタイを否定しているわけではないので、そういう服装の社員もいる。しかし、最近は50代社員のうち半分の服装はオフィスカジュアルだ」。

オフィスカジュアルを導入した結果、どんなメリットがあったのか、長谷川一明社長は「たかが服装だが、されど服装」と話す。「服装が変わることでこれまでの硬直化した発想から自由な発想に変わった」。社員たちも「社内の空気感が変わった」と口をそろえる。お互いの服装の変化をきっかけに社員同士のコミュニケーションが増えたという。「全社的に明るくなった」。新卒採用活動にも好影響が出ているという。

カジュアルな服装については1つ疑問がある。バックオフィスの社員たちは、乗っている列車内で緊急事態が起きた際には乗務員とともに乗客誘導を行う決まりだ。カジュアルな服装で乗客誘導を行っていいのか。この点について問うと、「勤務時間外のプライベートで列車に乗っている社員も、何かあればJR西日本の腕章をして業務に当たる」。つまり、今までと変わらないのだ。では、急な謝罪対応などカジュアルな服装が許されない場合はどうか。これについては、個人ロッカーに白いワイシャツやネクタイを入れておくことで対応するとのことだった。

もう1つ疑問がある。バックオフィスの社員がオフィスカジュアル化することで、鉄道現場で制服を着て仕事をしている社員たちから不公平という声は上がらなかったのだろうか。長谷川社長に直撃質問してみたところ、「そのような声は聞いていない」と断言した。現業部門の社員は制服に着替えることで頭のスイッチが切り替わり、安全運行への意識を研ぎ澄ませる。服装の意味合いが違うのだ。

部署別でない新オフィスのフロア構成

JR西日本がスタッフの働き方改革として取り組んでいることはほかにもある。大阪駅近くの本社ビルにある鉄道本部を今年度中に新大阪駅近くの賃貸ビルに移転するのだ。本社で勤務する700人とほかのビルで働いている200人、合わせて900人が移転対象となる。倉坂昇治副社長はその狙いについて次のように話す。


JR西日本の倉坂昇治副社長(右)と鉄道本部の平島道孝CS戦略部長(左)。Tシャツには北陸新幹線W7系のイラストが(記者撮影)

「新大阪駅は将来、なにわ筋線、北陸新幹線、リニア中央新幹線が結ばれた際には、西日本最大の交通結節点となる。 この新大阪を中心に、本社と地方機関それぞれが本質的に果たすべき役割や機能を追求しながら、 いっそうの意思疎通と連携強化を図っていくことが、鉄道事業を発展させる重要な一手になる」

服装のオフィスカジュアル化が一定の成果を挙げていることから、単なるオフィスの移転ではなく、新ビルでは「新しい働き方」の実現も狙う。昨年11月にはそのためのワークショップを3回実施。延べ70人近い社員が参加し、新しい働き方にふさわしいオフィスのあり方について活発な議論が行われた。

ここで出されたアイデアが実際のレイアウトに反映された。たとえば、一般的な本社ビルは、3階は○○部、4階は△△部といった具合にフロアごとに異なる部署が入居しているが、新大阪の鉄道本部はフロアを部署ではなく、機能で分けるという。

出社した社員は全員が個人用ロッカーのある「エントリーフロア」という階に顔を出す。その狙いは異なる部署の社員同士の会話を促すことだ。ほかにもフリーアドレスのデスクが並ぶフロア、集中して仕事をしたい人のためのフロア、上司が1カ所に集まって仕事をするフロア、グループで仕事をするフロアなどがある。どの社員がどのフロアで仕事をしているかは、ビーコンで把握できる仕組みになっている。

フロアのレイアウトについては、文具・オフィス家具メーカーのコクヨに助言を仰いだ。同社の担当者はデザインを行うにあたってJR西日本の会議にも何度も同席した。若手社員がどんどん意見を出す姿に、「JR西日本の若手社員は変化を求めている」と感じたという。

【2024年6月5日11時20分 追記】記事初出時、社名に誤りがありましたので上記を修正しました。

また、会議中に倉坂副社長が予告なしにふらりと顔を出したこともあり、「フラットだなあ」と感じたとも。こうしたやりとりを踏まえて、JR西日本に対する提案を作り上げた。JR西日本からもエントリーフロアの設置などのアイデアが出たという。


今年4月時点で想定されている鉄道本部の新しいオフィスのイメージ(画像:JR西日本


今年4月時点で想定されている鉄道本部の新しいオフィスのイメージ(画像:JR西日本

休憩室にテントも

ようやく全体の計画が決まったが、斎藤さんと塩見さんは「まだハードが決まっただけ」と気を抜く様子はない。「オフィスが変わっても社員のマインドが変わらないと意味がない」。

もっとも、その兆しはすでに鉄道本部以外でも芽吹いている。長谷川社長は「鉄道の現場でも意識が変わりつつある」と話す。その一例として、「先日、新幹線の清掃をするグループ会社の詰所を訪れたら、休憩室がサロンのようになっており、社員同士がコミュニケーションしやすくなっていた」と話す。さらに「休憩室の一角にテントが張ってあった」。確かに、明るい休憩室よりもテントの中で休憩するほうがよりリラックスできる。これらは社員たちが自ら考えたアイデアだという。

【2024年6月3日8時30分 追記】記事初出時、長谷川社長の発言に関する記述に誤りがありましたので、上記を修正しました。

大事故につながりかねない「リスクの芽」は至るところに潜んでいる。「ルールには記載がないが、こんなときどうする?」。慣習や先入観にとらわれず、自分の頭で考えて最善の行動を取ることは、鉄道運行にも当てはまる。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)