通勤快速・昼間以外の快速がほぼ全廃というダイヤ改正が行われた京葉線をめぐり、改善を求める地域とJR東日本との綱引きが続いています。なぜJRは地域に厳しい変更を行ったのか。元鉄道会社社長の筆者は、議論に欠落したポイントを指摘します。

ますます深刻な実態が明らかになった京葉線「快速廃止」問題

 千葉県に大きな衝撃を与えたJR京葉線の「快速廃止」問題。新ダイヤが開始された2024年3月、千葉市と経済団体は千葉県の市町などと協力し利用者アンケートを行い、4月25日時点で自治体アンケートとしては異例の反響で1万2000件超の回答が寄せられ、うち8割が「悪い影響がある」と回答し、深刻な実態が明らかになりました。


東京駅に停まる京葉線快速。ダイヤ改正後、朝の快速は2本だけに(読者提供)。

 特に大きな衝撃を与えたのが、房総半島へ直通する通勤快速の廃止です。報道によると、通勤快速の廃止により家を出る時刻が20分以上早くなり、子供の通学など生活を見直す必要に迫られた世帯が出たり、移住誘致への影響、地価下落、幕張メッセの競争力低下などが懸念されたりしています。

 事の発端は2023年12月15日、JR東日本が京葉線の通勤快速廃止と昼間時間帯以外の快速を各駅停車に置き換えるダイヤ改正を発表したことです。速達性が失われる影響が大きいため、千葉市長・千葉県知事はそれぞれダイヤ改正を再考するようJR東に要請。2024年1月15日にJR東は快速2本の復活を発表し、2月に入り20市町、経済4団体が速達性確保を求める要請書が出されたものの、大きくは変わらず、3月16日から新ダイヤでの運行が開始されました。その後、JR東は4月9日に京葉線のダイヤ再改正の可能性について触れています。

「鉄道でどうにかするしかない」JR

 快速廃止の問題は線区独自の事情により起きた事ですが、この大元に筆者は「鉄道の外部性」が配慮されていないことがあると考えます。

「外部性」は経済学の用語です。鉄道が利便性を上げると、地価の上昇や宅地開発・商業観光施設の増収など「外部経済効果」が生まれますが、鉄道事業はこれを得られないことを指します。この外部性が配慮されていないため、大都市圏路線への投資不足・地方路線の減便や廃止など、形を変えて各地に問題を起こしています。

 大都市圏の電鉄会社は、沿線開発と鉄道運行を一体に行うことで、鉄道の利便性を上げ宅地開発・商業観光施設の増収に繋げ、投資を回収するという「外部経済効果」を鉄道自身が取り込むビジネスモデルで成功を納めてきました。海外では外部経済効果を交通税などの税金で回収し鉄道に投資することも行われていますが、日本にはありません。

 一方、JRのスキームでは新幹線や大都市圏の輸送で運輸収入を得て、これを地方路線の維持に充てる構造です。副業は認められており京葉線にも商業施設がある駅も存在しますが、これらだけでは外部経済効果を吸収しきれたとは言い難く、利便性向上に投資をすると、ほぼ運輸収入のみで回収する必要があります。

なぜ地域を不便に? 京葉線で採られた“手法”

 では、運輸収入だけで鉄道を維持し投資をするために、収益を増やす戦略は何が考えられるでしょうか。大きく以下に分けられます。

(1)コストを下げる
・設備投資を絞る:設備や車両の更新を延ばす、設備を減らす(安全確保のため限度があり、設備撤去にも投資が必要)
・運行費用を下げる:列車キロを減らす。減便・途中打ち切り(客離れの恐れを伴う)

(2)客単価を上げる
・運賃を上げる:全国一律運賃のため難しく、客離れの恐れもある。
・人キロを伸ばす:高速化・直通化などで遠距離通勤・通学を誘発する。
・付加価値:特急・グリーン席など運賃以外の料金を取る

(3)旅客を増やす
・シェアを拡大:他線区・他モードから需要を移転させる(総武線が減れば収入増は相殺されてしまう、アクアライン対抗は厳しい)
・市場を拡大:利便性を高め沿線価値を引き上げ開発を促し駅勢圏人口を増やす(時間がかかる)

 京葉線では、通勤快速の君津・勝浦・成東直通で利便性が向上しましたが、JR東が得られるのはあくまで運輸収入のみであり、宅地開発などの利益はデベロッパーが手にしています。利便性向上の小さく無い投資に対し収入増は限られ、余裕が少ないためか、コロナで輸送量が減った2022年に通勤快速2本が各駅停車に置き換えられました。

 千葉県のデータによるとコロナ禍後の2023年、他線は通過人員が前年増となっている中、京葉線はさらに落ち込んでいます。そこで、どのような手を取るか。


千葉市などが行ったダイヤ改正の影響アンケートチラシ。回答受付は終了している(画像:千葉市)。

 線路上はつながっている新宿直通も考えられますが、千葉県の調査では複々線化に多額の投資が必要で収支は厳しいと見られています。他方、「他線区・他モードから需要を移転させる」施策をとると、総武線の旅客が減りJR東全体の運輸収入は増えません。また、房総各地に直通するアクアライン高速バスへの対抗は厳しいです。

 収支の回復を早期に図りたいとなると、列車本数は増やせず、快速を各駅停車化し速達性を失う事と引き換えに混雑を平準化し、途中駅の利用を増やす策を採ったと推察されるのです。

京葉線だけでない「外部性無配慮」の正体

 もちろんJRの経営陣は鉄道の公益性を十分認識して経営にあたっていることは理解できます。しかし日本の場合は海外と異なり鉄道が独立採算のため、たとえ外部経済効果が生まれ地域が発展するとしても、投資は運輸収入の中でやりくりせざるを得ません。さらにその運輸収入から株主への配当、地方路線を維持する投資も引かれます。

 そして、長い年月をかけ育て続けてきた長距離速達の移動需要も、収支悪化に陥れば泣く泣くカットしたり、地域住民のQOL(生活の質)が下がったり地域が寂れたりしてしまいそうな施策でも、JRのスキームでは「正解」となってしまうのです。

 京葉線の快速廃止問題については、もう一つ大きな課題があります。それは、地域がJRと適切なコミュニケーションや対策を取ることが難しい、ということです。

 JR路線は地域の命運を決するほど大きな影響力を持ちながら、民間企業が運営するので干渉が難しい事情があります。また、行政補助は“潰れないように維持する”という考えなので、黒字のJRへの補助には強い抵抗も出ます。廃線については地域との協議が実質義務付けられてはいますが、列車ダイヤなどのサービスレベルと地域の発展について話し合う義務はありません。

これが、ダイヤ改正の方針をJR単独で決定し、発表後に地域が慌てて修正を求めたり意見集約をしたりという事態を生んでいます。


廃止された京葉線の通勤快速(読者提供)。

 京葉線に限らず、地域に大きな影響を与えるJRのサービスレベルを、住民のQOLや地域経済の観点から調整する仕組みが弱く、JRも自治体も、それぞれ決められた役割を正しく果たしていても、各地・各分野で問題が起きてしまうのです。「鉄道は誰のものか」「何のために鉄道があるのか」という原点からスキームを再考し「深刻な欠落」を解消しない限り、今後も各地でさまざまな問題が起き続けるでしょう。