「事故を起こしやすい人」の脳には共通した特徴がある。医師の朴啓彰さんは「学術誌に掲載された2548人のアンケート結果によると、『楔前部』の容積が小さい人ほど交通事故を起こしやすい。このため安全運転のためには、楔前部を鍛える必要がある」という――。

※本稿は、朴啓彰『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)の一部を再編集したものです。

■安全運転に寄与している「脳の部位」

私は脳ドックでの診察を通じて興味深いデータを発見しました。

2548人に協力をいただいたアンケート結果によると、大脳頭頂葉の内側面にある楔前部(けつぜんぶ)の容積が小さい人ほど、ADHD(注意欠如・多動症)の傾向が強く、交通事故を多く引き起こしているという関連性を見いだせたのです。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

このエビデンスは、学術誌の『Scientific Reports』に掲載されました(2023年)。

また、自動車の製造のみならず、安全運転の研究活動にも携わる本田技術研究所は、「一般ドライバー」と「リスクミニマムの安全運転をわきまえているホンダのテストドライバー」を併せた計14人で実験を行い、その結果を2023年4月に横浜で開催された国際学会で発表しました。

■ホンダのテストドライバーの脳内で反応していた

その発表内容では、信号視覚刺激を与えてfMRI(functional MagneticResonance Imaging:機能的磁気共鳴画像)から両者の違いを比較したところ、ホンダのテストドライバーの脳で最も早く反応を示す部位が楔前部であり、その働きこそが安全運転に寄与していると推察しています。

この楔前部は、私たちがADHD傾向と事故歴との照合から見いだした脳部位でもあります。

楔前部は視覚イメージングとエピソード記憶に関係するといわれているので、楔前部が安全運転におおいに関与していても当然と思われます。

つまり、私たちが推し進めてきた脳ドックの大規模脳構造データ解析と本田技術研究所の脳機能データ解析の結果がピタリと一致したということです。

■前頭葉と頭頂葉の両方を鍛える

ほとんどのみなさんが、脳の働きというと思考や行動、遂行能力をつかさどる前頭葉を鍛えようと働きかけますが、じつのところ車を運転する技術に関しては、視覚イメージングとエピソード記憶に関係する楔前部を鍛えなければならないのです。

人間は視覚によってとらえた情報と、過去にうまく運転できた、あるいはできなかったなどの経験則を瞬時に結びつけることで、適切に安全な運転が行えています。

少し難しい話が続いてしまいましたが、要するに体を動かして物事を遂行する「前頭葉」と安全運転には欠かせない楔前部が位置する「頭頂葉」の両方を鍛えることがとても大切ということです。

写真=iStock.com/metamorworks
前頭葉と頭頂葉の両方を鍛える(※写真はイメージです) - 写真=iStock.com/metamorworks

■脳全体を活性化する「グーパー足踏み体操」

各々が足りていない運転脳を重点的に鍛えることももちろん大切ですが、まずみなさんに取り組んでいただきたいのは脳全体を活性化させる「グーパー足踏み体操」です。

脳のトレーニングというものはテスト勉強と同じで、どれかひとつだけに特化して満点を取れたとしても、総合点で基準を下回ってしまっていては意味がありません。

また、脳の部位というものはそれぞれが緻密にかかわり合っているので、すべてを平均的に鍛えることができれば、その効果は2倍、4倍と幾何級数的な成果をもたらすことが期待されます。

■運転脳が衰えていると難しく感じる

例えば、文武両道という言葉が古くからあるように、運動すれば勉強の成績も良くなるということと同義です。

具体的なやり方はイラストを交えて詳しく解説していきますが、まずはうまくできなくても諦めないことが肝心。むしろ、運転脳が衰えているからこそ最初は難しく感じるのであり、次第にできるようになることが運転脳向上の証左といえるのです。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

■椅子やソファーに腰掛けてリズムよく足踏み

自宅にある椅子やソファーに腰掛けて、まずはその場で軽く腕を振りながらリズムよく交互に足踏みをします。

ちなみに、これはあくまでもテンポを刻むための足踏みなので、トレーニングのように足を高く上げる必要はありません。

腕は前に振るタイミングで前方に真っすぐ突き出すようにし、もう片方の腕は手と反対の胸に折りたたんで当てるようにします。

このとき体の前に真っすぐ伸ばした手の形をジャンケンの「グー」、折りたたんで胸に当てた手の形をジャンケンの「パー」にします。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

■「グーパー足踏み体操」の基本形

例えば、右腕を「グー」の形で体の前に真っすぐ伸ばしているとき、反対の左腕は「パー」の形で折りたたんで右胸に当てた状態になります。

この右腕と左腕の形を足踏みのリズムに合わせて変えていくことが、「グーパー足踏み体操」の基本形として覚えてください。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

■「テンポの遅い2拍子の童謡」を歌いながらやるといい

「1・2・3・4・5・6・7・8」と1拍子のリズムにあわせて腕を入れ替えることが目標となります。

もし頭が混乱してしまって難しい場合は8カウントのうち「1・3・5・7」のタイミング(2拍子のリズム)で腕を入れ替えることから始めてみましょう。

ただたんに数字を数えるだけでは味気ないので、「どんぐりころころ」や「かたつむり」といったテンポの遅い2拍子の童謡を歌いながらやるのもおすすめです。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

この「グーパー足踏み体操」で意識すべきは、足の動きを止めないこと。そして、足で刻んだリズムを一定のペースに保つこと。この2つです。

足踏みの速さは問わないので、自分ができる範囲のリズムで取り組んでみてください。

■「ジャンケンの手の形」で難易度が異なる

この「グーパー足踏み体操」は、ジャンケンの手の形によって難易度が異なります。

「グー」と「パー」の組み合わせが最も簡単で、「グー」と「チョキ」、「チョキ」と「パー」と後半になるほど難しく感じるでしょう。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

とくに「チョキ」と「パー」の組み合わせは高齢者に限らず、若い人でも苦戦するほどなので、できなくても決して悲観的になる必要はありません。

■諦めないことが大切

最初にお伝えしたとおり、この「グーパー足踏み体操」は諦めないことが大切。仮にジャンケンの形がうまくつくれず、途中で間違えてしまったとしても、普段使いきれていない前頭葉や頭頂葉の回路をフル稼働させているため、おのずと脳が活性化していきます。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

■「起きてすぐ」が効果的

朴啓彰『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

そして、「いつ取り組めばいいの?」といった時間に関しては、起床してから朝食をとるまでのあいだがベストとお答えしておきましょう。

起きてすぐというのは、大脳の扁桃体が活性化し、運動能力や記憶力が上がりやすくなる時間とされています。

また、起床後すぐに屋外の光を浴びてから行うことも効果的。網膜から光が入ると脳に覚醒を促すセロトニンが分泌されるため、体のリズムそのものが整いやすくなります。

もちろん、人それぞれの生活リズムは異なるので、朝に取り組むことが難しい場合は自分で決めた時間で構いません。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

■食後は避けたほうがいい

慣れてくれば1セットを2分程度で終わらすことができるため、歯ブラシやお風呂のように日常生活の一部として「グーパー足踏み体操」が習慣化できるよう努めていきましょう。

ただし、食後だけは避けるようにしてください。

出典=『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)

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朴 啓彰(パク・ケチャン)
医学博士、高知検診クリニック脳ドックセンター長
1985年、大阪大学医学部卒業後、1993年、大阪大学大学院医学研究科博士課程修了。大阪府立泉州救急救命センター、関西労災病院などで勤務、高知大学医学部脳神経外科准教授を経て現職。2008年から脳ドック専門診療に従事するかたわら、交通科学に脳ドックビッグデータを活用した脳から見た交通安全対策を研究。2010年から高知工科大学で地域交通医学・社会脳研究室を主宰。2017年、日本ではじめて認知症疑いの高齢ドライバーを対象とした「自動車運転外来」を高知市・愛宕病院にて開設、話題になる。2023年から、けいはんな学研都市にあるATR(国際電気通信基礎技術研究所)の行動変容研究室研究員を兼務。日本脳神経外科学会、日本認知症学会、日本脳ドック学会、日本老年行動科学学会、日本頭痛学会、交通工学研究会、交通科学研究会、自動車技術会に所属。著者に『75歳を越えても安全運転できる運転脳を鍛える本』(アスコム)などがある。
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(医学博士、高知検診クリニック脳ドックセンター長 朴 啓彰)