西武ホールディングスの西山隆一郎社長(撮影:大澤誠)

プリンスホテルをオペレーター専業に切り替えるなど、コロナ禍からの回復へ経営改革を進めてきた西武ホールディングス(HD)。鉄道についても、大手私鉄では異例となる他社の中古車両導入などさまざまな動きがある。「週刊東洋経済」1月20日号で、2023年4月に就任した西山隆一郎社長のインタビューを掲載しているが、ここでは主に鉄道に焦点をあて、西武の鉄道戦略についてお届けする。

沿線人口550万人は「揺るぎない骨格」

――西武HDは事業の大きな柱であるホテル・レジャー事業と鉄道などの都市交通・沿線事業がコロナ禍で大きな影響を受けました。

従来は景気などで需要が変動するホテル・レジャー事業を、安定した都市交通・沿線事業の潤沢なキャッシュフローが支えるという構造があったが、両方が打撃を受けた。現在は回復しているが、鉄道の定期券収入は戻り切らない。従来の構造を変えなければならない。

景気変動の耐性が強いのは不動産事業。これを今後の成長のメインストリームにしていく。これまで不動産事業セグメントはホテルや都市交通より営業利益面で下回っていたが、その比重を高めていく。

――鉄道などの都市交通事業はどのように位置付けていきますか。

2022年4月に、従来の不動産会社「西武プロパティーズ」を「西武リアルティソリューションズ(SRS)」に社名変更した。プリンスホテルは保有していたホテルやスキー場など70を超える事業所のうち26事業所をシンガポール政府系のGICファンドに譲渡し、そのほかは基本的にSRSに移してプリンスホテルをオペレーター専業とした。

西武鉄道の保有する資産も、駅や鉄道に付帯する切り離せない部分以外はSRSに移した。当然ながら、都市交通事業には重要な役割がある。西武鉄道沿線の人口は約550万人。プリンスホテルの年間延べ最多宿泊客数は約500万人なので、この人口規模は揺るぎない骨格だ。

西武はグループ横断的なポイント制度「SEIBU PRINCE CLUB(西武プリンスクラブ)」があるが、2022年7月に西武線の乗車ポイント制度を始めてから、約130万人だった会員数が約180万人(2023年12月)まで一気に増えた。

1日約150万人が利用する鉄道の機能は大きい。沿線の価値向上や活性化が今後の重要なキーであることは間違いない。

――西武沿線の開発についてはどのように進めますか。


西山隆一郎(にしやま・りゅういちろう)/1964年生まれ。横浜国立大学経済学部卒業後、1987年第一勧業銀行(現・みずほフィナンシャルグループ)入行。2009年西武ホールディングス入社、執行役員広報部長、経営企画本部長などを経て2023年4月から現職。(撮影:大澤誠)

鉄道沿線の街づくりは地域や行政と協議しつつ入念な検討が必要だが、駅周辺や高架下の開発なども含めて絶え間なく進めていく。

これまで進めてきた所沢の開発は第4コーナーに入っており、今年秋に西口の元車両工場だったところの商業施設の完成で完結する。所沢では西口開発計画のほか、東口の商業施設開発、ベルーナドームのボールパーク化や西武園ゆうえんちのリニューアルオープンなど、エリア全体で約1000億円の投資をしている。

また、東村山駅付近では連続立体交差化事業が進んでおり、新宿線の中井―野方間も地下化する工事を行っている。踏切をなくして沿線をより住みやすくし、そういったところに新たな商業施設の土地を創出するなどしていきたい。そうすることで周辺に人が集まっていく。

西武沿線の強みは何か?

――鉄道の通勤利用がコロナ禍前には完全に戻らず、今後少子高齢化も進む中、「選ばれる沿線」になるための他線との競争は加速すると思います。西武沿線の強みは何でしょうか。

池袋線も新宿線も、都心から短時間で風景の変化とそのバリエーションが豊か。池袋線で行ける秩父は山手線から一番近い国立公園だ。新宿線の終点、川越は外国人観光客にも人気の観光地になっている。

さらに、飯能にはフィンランド以外で初のムーミンのテーマパーク(ムーミンバレーパーク)、としまえんの跡地にはロンドン以外で初のハリー・ポッターの施設(ワーナー ブラザース スタジオツアー東京―メイキング・オブ・ハリー・ポッター)がある。

世界の財産が進出してきて、地域の活性化にもなっている。これが他社線沿線と一線を画す西武沿線の魅力だと思う。『翔んで埼玉』(映画)でも言われたように海はないけれど(笑)。


西武鉄道の特急「ラビュー(Laview)」(撮影:尾形文繁)

――そういった「強み」は沿線外からの集客力にはなりそうですが、沿線に住んでもらうためのアピールポイントにもなりますか。

なると思う。また、例えば所沢の開発でいえば、以前はベッドタウンと言われていた街を暮らしの場所、リビングタウンにしようということで開発を進め、商業施設などさまざまな工夫をしてきた。リビングタウン化への取り組みは着々とうまくいっていると思う。また、沿線は地盤が固く、災害に強いというポイントもある。

新宿線の「バリューアップ」は

――西武鉄道は旧型車両の置き換えに東急電鉄・小田急電鉄の中古車両を「サステナ車両」として導入します(参考:2023年10月1日付記事「西武が小田急・東急の『中古車両』を導入する狙い」)。新造車両の導入も含め、設備投資が他鉄道に比べ遅れ気味だったということはありませんか。

ほかの鉄道と比べて遅れているとは思っていないが、鉄道事業そのものが装置産業なので、安心安全を遂行するための設備投資はきっちりと続けている。池袋線はかなり先行して設備投資した。新宿線は東村山付近や中井―野方間の連続立体交差化など長期の計画が多い。


西武鉄道の2000系電車。東急・小田急の中古車両導入で置き換える予定だ(記者撮影)

――サステナ車両の導入は初期コストを抑えられるものの、他社ですでに30年以上使われた車両で、遠くない将来に再び置き換えの必要が生じると思います。それでも効果はありますか。

サステナ車両は導入についても、その後のメンテナンスについてもかなり入念なシミュレーションをしたうえで最適な選択をした。2030年度に全車両のVVVFインバータ制御(省エネ)化を実現するうえで、環境面でも収益の面でも効果的な設備投資であるということで決めた。


「サステナ車両」として導入する小田急(左)と東急の車両(記者撮影)

――西武HDの株主総会では、毎年のように「新宿線のテコ入れ」を求める株主からの意見が出ます。新宿線について何らかの施策は検討していますか。

確かにほぼ毎年そのようなご意見がある。これは全経営陣が重く受け止めている。鉄道沿線の開発は地域との入念な検討を行いながら進める必要があるが、新宿線沿線も将来に向けてバリューアップとより住みやすい街づくりを検討している。今の段階では明確に言えないが、新宿線については本当に留意しており、地域貢献や車両なども含めて今後いろいろな角度からより一層検討していく。


「鉄道最前線」の記事はツイッターでも配信中!最新情報から最近の話題に関連した記事まで紹介します。フォローはこちらから

(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)