外国人人気が高い獺祭(写真:旭酒造提供)

外国人から根強い人気を誇る日本酒。その人気に火を付けた“立役者”がいる。それは「獺祭」で有名な山口県岩国市にある旭酒造だ。

旭酒造は、2018年4月にエリゼ宮やエルメス本店などがあるパリ8区のフォーブル・サントノレ通りに「獺祭 ジョエル・ロブション」をオープン(2022年にクローズ)。

美食の名声をほしいままにしているジョエル・ロブション氏(故人)が旭酒造とコラボレーションしたということで、大きなニュースとなった。これを機に、「獺祭」の名前も世界に知れ渡ったといえるだろう。

ニューヨーク・ヤンキースのスポンサーにも

直近では2022年からは「アジアのベストレストラン50」で、日本から唯一のスポンサーとして協賛し、美食の発展に努めている。メジャーリーグベースボール(MLB)のニューヨーク・ヤンキースと2022年度および2023年度のスポンサー契約を締結したことも特筆すべきことだろう。

また2023年9月には、ニューヨーク州ハイドパークに最先端の酒蔵とテイスティングルームをオープンし、現地で「DASSAI BLUE」の販売を開始。「パリ獺祭の会」「モナコ獺祭パーティー」「台湾獺祭の会」「シンガポール獺祭の会」と、世界中で「獺祭」を認知してもらうための活動も行っている。

まさに世界に日本酒を広めるための活動に尽力しているといっていいだろう。

とはいえ、最初からすべてがうまくいっていたわけではなかった。

旭酒造の代表取締役社長であり、4代目蔵元である桜井一宏氏は「私が旭酒造に入社した2006年頃、獺祭が地元で売れないので試行錯誤していました。会社を引き継いだ父は、山口が売れないならとほかの地域にアプローチしていましたが、大阪、広島、福岡もうまくいきません。そんな中で、東京の市場である程度の足掛かりができ、そこで生き残ることに必死でした」と当時を振り返る。

なかなか売れずに苦戦していた中で、重視したのが高付加価値だ。

「それまでは品質よりも営業力が大切で、獺祭は普通酒として地元で販売することがメインでしたが、高品質、高付加価値を重要視するようになりました。結果的に山田錦の大吟醸に特化するスタイルに徐々に変わっていき、これがお酒にこだわりのある方を中心に受け入れていただきました。東京での成功体験をもとにして、次は海外の大都市部に目を向け、ニューヨーク、パリ、香港へと進出していきました」(桜井氏)


4代目蔵元である桜井一宏氏(写真:旭酒造提供)

3代目の桜井博志氏(現会長)が社長だった頃から、旭酒造はチャレンジ精神が旺盛で、手を替え品を替え、いろいろなことを試してきた。うまくいかなかったこともたくさんあるが、ダメならすぐに決断して引き下がり、また別のことにトライする。お金も人もないので、早く見切る必要があった。

そうしていくうちに、やってきたことが奏功し、結果に結びついたという。そのことが下地となり、つねに新しいことを考え、「さまざまなことをやっていかなければいけない」という意識になったそうだ。

人との縁でコラボも次々と実現

ただ、新しいことに挑戦するといっても、企画案ができなければ何もできない。アイデアの源はどこにあるのだろうか。

「さまざまな人たちとの交流からアイデアが生まれることが多いです。社員はもちろん、日本酒の会に参加した方などから話を聞いて新しい取り組みを始めることもあります」(桜井氏)

獺祭はさまざまな企業とも、コラボレーションをしている。冒頭で述べたジョエル・ロブションとのコラボもその一例だ。

コラボレーションは、人の縁からつながったものが多いという。「獺祭 ジョエル・ロブション」のオープンでは、人を介してロブション氏から打診を受けた。実際に会ってみたところ、モノづくりに対する姿勢で互いに共感できるものがあったという。

また、ヤンキースとスポンサーを契約した際には、ヤンキー・スタジアムで「獺祭」を出さないかと紹介してくれた人物がいた。球団の上層部に「獺祭」を愛飲していた幹部がいて話が進んだ。

高付加価値戦略と、人との縁が重なり、海外で広く受け入れられている獺祭。そんな旭酒造が今、力を入れていることは何か。

「海外で日本酒が人気になっているといっても、アルコール市場でいえば、アメリカでは全体の0.2%、ヨーロッパでは全体の0.1%以下と、浸透しているとはまだいえません。新しい市場を開拓し、さらに促進していくには、世界のビジネスマンが集まり、情報の発信地となっているニューヨークが非常に重要です。そのため現在は『DASSAI BLUE』に全力で取り組んでいます」(桜井氏)


DASSAI BLUE(写真:旭酒造提供)

アメリカ市場の中でも、ニューヨークのマンハッタンには特に注力している。ここでは卸売りは通さず、旭酒造が自ら営業に取り組む。その理由は、日本酒の品質管理と市場理解だ。日本酒を管理するにはマイナス5度が最適な温度。しかし、ワインの物流では常温で管理しているところもあり、10度以下であればよいほうだ。そこに直接目配りする形を取りたかったという。

アメリカで成功しなければ未来が見えない

また、卸売りを挟むと、何がどのようにして売れたのか、もしくは、売れなかったのか、詳しく知ることができない。飲食店やワインストアを回ることによって、生きた情報を早くキャッチすることができ、よりよい戦略を練ることができるのだ。

「アメリカで成功しなければ、未来が見えてきません。ニューヨークに構えた酒蔵では、最大で日本の5分の1くらいは生産できる能力があります。10年後くらいには、それくらいまで伸ばしていきたいです。アルコールもタバコと同じように、世界的に市場が縮小して淘汰されていき、よいお酒だけが残ると考えています。生き残るのは簡単ではありませんが、大吟醸の素晴らしさを広め、市場を育ててきたという自負もあるので、みんなで乗り切りたいです」(桜井氏)

海外市場で戦ううえで、桜井氏は日本酒の魅力は3つあるという。それは、文化的、機能的、品質的な価値だ。日本酒が、米と水が豊かな日本で生まれ、祭りや冠婚葬祭の場で提供されてきたという文化。酔うことでリラックスすることができ、人との交流がスムーズになるという側面。そして、“おいしい”という品質的な価値だ。

「海外のジャーナリストから、酸がある日本酒を造った方が、料理とペアリングするといわれたことがあります。しかし、日本酒、少なくとも『獺祭』とワインでは同じ料理に対しても合わせ方が違います。

たとえば、ワインは料理の味わいを切る役割を果たしますが、日本酒は料理と混ざり合いながら一体となって消えていくものです。こういった意見が聞かれるのも、日本酒の魅力をまだ伝えきれていないからかもしれません。最高の日本酒を造って広めていきたいので、成功も失敗も含めて、みなさまに応援していただけると嬉しいです」(桜井氏)

競合や他ジャンルとの競争も激しい

桜井氏の志は大きいが、獺祭を広めていくうえで、何か課題はあるだろうか。私は3つのポイントがあると考えている。

1つ目はノンアルコールドリンクとの競争だ。コロナ禍でモクテルなどノンアルコールが躍進した。“お酒を飲めるがあえて飲まない”ソバーキュリアスも増えているだけに、ノンアルコールドリンクは強敵だ。お酒の素晴らしさ、「獺祭」のおいしさを伝えられるかがカギだ。

2つ目は桜井氏も言及したように外国人の理解だ。日本酒も料理とのペアリングにマッチすることを啓蒙していき、ファインダイニング(高級レストラン)での消費も伸ばす必要があるだろう。それには、世界各地で行っている「獺祭の会」の役割や「アジアのベストレストラン50」での存在感がますます重要となる。

そして最後は他の日本酒との競争。酒造メーカーはこれまで海外市場に消極的だったが、旭酒造の成功を目の当たりにして、海外に力を入れ始めている。

同じマーケットの中でシェアを奪い合うことになるが、日本酒市場が拡大していけば問題ない。それには、日本酒業界が一体となって、海外で訴求していくことが必要だ。

先に述べた海外で注力する「DASSAI BLUE」のコンセプトは「青は藍より出でて藍より青し」に由来しており、「日本で造られるオリジナルの獺祭を超える」という想いが込められている。桜井氏の想いを乗せた「獺祭」の佳味が世界を席巻する日を楽しみにしたい。

(東龍 : グルメジャーナリスト)