石川県の馳浩知事と岸田文雄首相(写真:時事)

馳浩・石川県知事が自らの東京五輪誘致活動で、官房機密費(内閣官房報償費)を使って国際オリンピック委員会(IOC)の委員全員に「20万円のアルバムを渡した」と口を滑らせたことが、政界だけでなくSNS上も含めて大炎上している。

元文科相で、東京五輪誘致での自民党推進本部長だった馳氏が、「政官界でも口外厳禁」(官房長官経験者)とされてきた官房機密費使用の一端を漏らしたことで、さまざまな疑惑がささやかれてきた日本の招致活動の闇が暴露されるきっかけになるとみられている。

しかも、東京五輪招致と、1年遅れの「強行開催」を主導した故安倍晋三元首相、菅義偉前首相、森喜朗元首相の3氏による馳氏への「具体的指示」にも言及していたことが、支持率下落にあえぐ岸田文雄首相の政権運営の新たな火種になりつつある。

馳氏は慌てて「全面撤回」、口つぐむ“関係者”

騒ぎの大きさに慌てた馳氏はすぐさま発言を「全面撤回」し、その後は「一切言及しない」と貝のように口を閉ざし、嵐の過ぎ去るのを待つ構え。しかし、野党はすぐさま「五輪全体が汚職まみれとされたが、誘致も金まみれだった」(立憲民主)として、国会への馳氏の参考人招致を要求するなど、臨時国会終盤での野党の政権攻撃を勢いづかせている。

馳氏の「機密費」発言は、11月17日に都内で行った講演で飛び出した。2013年に開催が決まった東京五輪に関する自らの招致活動として、「105人のIOC委員全員の選手時代の写真をまとめたアルバムを土産用に作った」と自慢げに披露し「官房機密費を使った。1冊20万円する」と踏み込んだ。事実ならIOCの倫理規定違反にも問われかねない内容だ。

しかも馳氏は、当時の安倍首相から「必ず(招致を)勝ち取れ。金はいくらでも出す。官房機密費もあるから」と告げられたことも明かし、「それ(アルバム)を持って、世界中を歩き回った」と語ったという。

さらに、自らの「はせ日記」と称するブログに、安倍首相の“指示”を受けて、当時の機密費を扱う官房長官だった菅氏にも報告し、同氏から「安倍総理も強く望んでいることだから、政府と党が連携して、しっかりと招致を勝ち取れるように、お願いする」とハッパを掛けられたことも明記。それが判明した際、馳氏も事実関係を認めざるをえなかった。

立憲民主党はこのブログも含めて「IOCの倫理規定違反が疑われる行為。官房機密費が使われていたとすれば大変な話だ」と勇み立つ。同党として終盤国会の攻防の中で馳氏だけでなく菅氏の参考人招致も与党に迫る構えだが、自民執行部は徹底拒否する方針。

菅氏の事務所もメディアの取材に対し「ご質問の件は承知していない。馳氏は発言を撤回したと聞いている」と固く口を閉ざしている。

その一方で、馳氏がブログに記した「ともだち作戦」という言葉について、当時の都知事で現在日本維新の会所属の猪瀬直樹参院議員が、都庁ホームページ「知事の部屋」に「重要なのは友達作戦と絆作戦」と記していたことも判明した。今のところ猪瀬氏もメディアの取材に口を閉ざしているが、維新も巻き込んでの騒ぎともなりつつある。

菅氏は官房長官在任中「86億円」使う

そこで問題となるのが「いわゆる機密費の存在とその使途」(政界関係者)だ。「内閣官房報償費」が正式名称で、「国政の運営上必要な場合に、内閣官房長官の判断で支出される経費」と規定されている。

この機密費が予算に計上されたのは終戦直後の1947年からで、近年は年間16億円余が予算化されてきたが、その後減額され、現在は総額14億6165万円が毎年計上され、そのうち12億3021万円が内閣官房長官の取り扱い分、とされている。

そもそもこの「機密費」は、内閣官房だけでなく各省庁にそれぞれ一定額が予算計上されている。もちろん官房機密費の額が群を抜くが、外交交渉を担う外務省の「機密費」がさらに巨額。ただ、関係者によると「内閣官房と外務省の機密費は事実上一体運用され、首相による首脳外交には双方の機密費がそれなりの配分で使われてきた」(外務省幹部)とされる。

そうした中、今回の“機密費騒動”で俎上に上げられた菅氏が、7年8カ月余の官房長官在任中に使った機密費総額は「86億円超」という巨額に上ることが、すでに明らかになっている。このため、菅氏は首相だった安倍氏の了解も得て、その中から五輪招致の活動費に支出していたと指摘されたわけだ。

今回の騒動に先立ち、過去には「官房長官が機密費を選挙活動に使った」として大阪市の市民団体が告発したケースもある。麻生太郎内閣の官房長官だった河村建夫氏が、政権交代選挙となった2009年8月の衆院選での自民惨敗を受け、在任中に2億5千万円もの機密費を引き出していたとして「背任罪・詐欺罪」で告発されたものだが、後日不起訴処分になっている。

「外遊の選別」「国会対策費」などの“証言”も

もともと、官房機密費の使途をめぐってはさまざまな「疑惑」が取り沙汰されてきた。歴代官房長官の中で「外遊する与野党国会議員への餞別に充てた」「国会対策で一部野党に配った」「有力なジャーナリストを懐柔するために使った」などと“証言”する向きも複数存在するのは事実。

ただ、その実態は「闇に包まれたまま一向に解明されず、現在に至っている」(自民長老)のが実態。今回も馳氏をはじめほとんどの関係者は一様に口を閉ざし、取材も受け付けない対応を続けている。

そうした状況に対し、多くの有識者からは「今回の馳氏の発言を聞き、それを裏付けるブログもみれば、誰が見ても機密費の悪用は隠しようがない。余りにも突っ込みどころ満載で、笑い出したくなる」(民放テレビコメンテーター)との辛辣な声が相次ぐ。

その一方で、与野党から「今回の機密費騒動での自民実力者の利害得失」(同)に視点を据える向きもある。

馳氏を「手先」として動かしたとされる首相経験者の安倍、菅、森3氏は、死去した安倍氏は別として、現在は森氏が麻生太郎副総裁と並ぶ岸田首相の“後見役”を自認する一方、菅氏は党内の「反岸田勢力の旗頭」の立場にある。

しかも、安倍氏に関しては「桜を見る会」への機密費支出問題が取り沙汰された経緯もあり、最大派閥の安倍派にも批判の矛先が向きかねない状況でもある。

これも踏まえて与党内では、「岸田首相にとっては、今回の機密費騒ぎを『安倍・菅政権の汚点』として、岸田降ろしのうごめきを抑え込む要因にもできる」(首相経験者)とのうがった見方すら出始めている。

支持率回復に向け「身を切る改革」の覚悟は…

もちろん、そうした闇試合をうんぬんする前に、膨大な機密費に対する国民の疑惑が、さらなる政治不信拡大につながらないよう、「行政府の政府だけでなく立法府の国会が連携して、現在の機密費制度の改廃に取り組む」(官房長官経験者)ことが必要なのは論を待たない。

それだけに、政権維持の正念場に立たされている岸田首相が、「機密費の縮減」や「一定期間後の使途公開」など“身を切る改革”にまい進すれば、「支持率回復のきっかけになる」(自民長老)という声も出るが、はたして岸田首相にその覚悟があるのかどうか……。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)