(写真:sasaki106/PIXTA)

政府の「年収の壁」対策として、10月からパートやアルバイトなどで働く人が社会保険に加入することで生じる手取り減などのデメリットが軽減される制度が始まりました。

社会保険加入の対象となる収入額を上回らないよう就業調整をする人には、例年は年末近くになるとシフトや残業が増えないように注意するケースが少なくありません。支援策が開始された今年は、年末まで年収を気にせず働けるのでしょうか?

10月から「年収の壁」支援パッケージが開始

年収が所定額を超えると年金や健康保険の加入対象となり、社会保険料の負担が生じて手取り収入が減少するしくみは、長らくパートやアルバイトで働く人の就業調整の要因といわれてきました。

社会保険の加入要件は、勤務先の従業員数や所定内賃金、所定内労働時間によって決まっています。現在は従業員数101人以上の勤務先であれば所定内賃金が月8.8万円(年収換算106万円)以上、所定内労働時間が週20時間以上などに該当すると社会保険に加入します。

加入すると社会保険料が天引きされます。年収が106万円の場合には、健康保険料と厚生年金保険料の合計で年間約16万円の自己負担が生じ、手取り年収は90万円弱にまで減ってしまいます。

今回の対策で、こうした手取り減を生じさせないように、手当の支給または賃上げ、労働時間の延長を行う企業には、従業員1人当たり最大50万円が支給されることになりました。たとえば時給を上げて社会保険に加入した従業員に約32万円の社会保険料が発生した場合、このうち本人負担分約16万円を手当として従業員に支給した企業には、国から補助が出ます。

従業員にとっては、社会保険に加入して約16万円の保険料負担が生じても、その分を勤務先から支給してもらえるので手取り減にはなりません。また、通常、企業が従業員に支給する手当は、次年度の社会保険料の算定対象になりますが、新たに発生した本人負担分の相当額までは、最大2年間は対象に含まずに算定してもらえます。

企業側にとっては、従業員を社会保険加入させると事業主負担分の保険料負担は増えます。また国からの補助は手当支給を行った場合は1年目と2年目に20万円、3年目に10万円という形で助成されるため、賃上げの状況によっては助成額が50万円に満たない可能性もあります。


(出所)厚生労働省ホームページ

年収130万円未満で配偶者の扶養に入っている場合

パート・アルバイト先の従業員数が100人以下の企業や、業種により厚生年金の適用対象になっていない勤務先で働く人は、年収が106万円以上でも社会保険の加入要件には該当しません。20〜60歳未満であれば通常は国民年金と国民健康保険に加入することになりますが、年収が130万円未満で会社員や公務員の家族がいれば、その社会保険の扶養に入ることができます。

社会保険の扶養に入ると、健康保険の保険料負担はありません。また会社員・公務員の妻など、配偶者については国民年金の第3号被保険者にあたり、国民年金保険料の負担もありません。老後の年金額は保険料を納めたものとして支給されます。

扶養には家族(扶養する側)の勤務先の認定が必要です。年収が130万円未満であることを証明する書類を、勤務先が求めるタイミングで提出しなければなりません。年収が130万円を超えると扶養を取り消されたり、医療機関を受診していた場合には健康保険組合が負担した医療費をさかのぼって請求されることもあります。

今回の対策では、パート・アルバイト先の人手不足による一時的な増収であれば、年収が130万円を超えてもすぐに扶養が取り消されないこととされました。繁忙期に臨時的に残業をした場合や、ほかの従業員の退職や休職、突発的な大口案件による業務量の増加で収入が増えた場合には、一時的な事情として連続2年までは扶養内にとどまれるようになりました。

ただし、一時的な増収であることはパート先の事業主が証明し、扶養している側の家族の健康保険組合に認めてもらう必要があります。また、基本給が上がった場合や恒常的な手当により年収130万円を超える場合には一時的な収入増とはみなされず、扶養から外れるおそれがあります。


(出所)厚生労働省ホームページ

支援を受けられるかどうかは職場しだい

年収106万円の壁でも130万円の壁でも、今回の支援策を利用するにはパート・アルバイト先の対応が必要で、個人が自分で直接補助を受けることはできません。

106万円の対策は、手当支給や賃上げを行うかどうかはパート・アルバイト先が決定することで、国の補助の受給手続きも事業主が行います。130万円の対策も、一時的な増収であることを事業主に毎年証明してもらわなければなりませんし、証明をしてもらっても、扶養認定の最終判断は扶養する側の家族の健康保険組合にゆだねることになります。

また、今回の対策は2年または3年間だけの時限措置でもあります。今年の年収が上がった場合には活用できるかもしれませんが、この先ずっと使えるものでもありません。政府は今後の対応も検討するとしていますが、政界や有識者からは、年収の壁の存在自体が現在の社会構造には合わず、人手不足や経済停滞の要因になっているとも指摘されています。

加えて年収106万円の壁については来年10月から加入対象者の拡大も予定されています。社会保険制度はいずれ抜本的な改革がなされ、遅かれ早かれ扶養内という働き方を選択しにくくなっていくのは間違いないでしょう。

106万円にしても130万円にしても、今年や来年は年収が壁を超えてすぐに社会保険加入を迫られることは減るでしょうが、それはあくまでも目先の対策に過ぎない可能性を意識しておくのが賢明です。

長期的には社保加入のメリットは大きい

そもそも、社会保険に加入して厚生年金保険に入れば、その分老後の年金は上乗せされます。健康保険も、自分で加入すれば病気やケガで仕事を休業したときの「傷病手当金」や、出産のために産休を取得したときの「出産手当金」の対象になります。

特に老後の年金は現役時代に働いて保険料を納めた分に応じて年金額が上乗せされ、それが終身にわたって続きます。これは長生きをするほどインパクトが大きいものです。

かりに年収106万円で厚生年金に加入すると自己負担する保険料は月に約8100円ですが、20年間加入すると年金額が約10万7千円増えます。20年間で負担する保険料の総額は約200万円になりますが、老後に20年以上受け取ると、年金の上乗せ総額も200万円以上になります。

現行の保険料や料率を前提にした計算ですので将来に変わる可能性はありますが、現在の平均寿命(男性81歳、女性87歳)から考えると「元を取る」のはものすごくハードルが高いわけでもなさそうです。

損得勘定を抜きにしても、体力面や健康面を考えると年金額が多少増えるのは老後のゆとりにつながるかもしれません。65歳以上の高齢者の就業率は25.2%と過去最高を更新しており、生活のために老後も働き続ける人も増えているようです。もし、年金だけでは足りないから働くのだとすれば、現役世代のうちに少しでも年金額を増やしておけたら、老後にどれくらい働かなければならないかも変わってくるかもしれません。

しかし今、扶養内で働いている人には、家計収入を上げたい一方で、育児や介護などでたくさんは働けないという事情を抱えている人が多いのも事実です。日々の生活を支えるのに精いっぱいで、将来のメリットを踏まえて働く余裕などないという人もいるはずです。今回の対策をどのように活用するか、将来的に年収の壁を気にせずに働くかどうかは難しい問題です。

年収の壁を含め社会保険制度が今後見直されていくにあたっては、年金制度だけでなく、男女共同参画や働き方改革など多面的な理解のうえで、制度設計が進められていくことを期待したいと思います。

(加藤 梨里 : FP、マネーステップオフィス代表取締役)