海外売上高比率は約9割、執行役員の半分が外国人で、グループ従業員の多くが海外の買収先企業に属するTDKは正真正銘のグローバル企業だ(画像:TDKの採用ページ)

「TDKはオーケストラではなくジャズバンド。私はジャズバンドのリードマネージャーで、環境を整えるのが仕事」。そう語るのは、電子部品大手・TDKの齋藤昇社長だ。

TDKは海外企業の買収をテコに大きく成長してきた企業だ。1986年に磁気ヘッドを手がける香港のSAE、2005年に小型二次電池を展開する香港のATL、2017年にセンサーを手がけるアメリカのインベンセンスなど、数多く買収してきた。

その結果、TDKグループ全体の従業員10.3万人のうち、買収先企業に所属する従業員は8万人にも上る。TDKやTDKの製造子会社などの従業員は2.3万人にすぎない。

買収した先にはTDKの稼ぎ頭となった企業も多い。近年はスマートフォン市場の拡大に伴って、二次電池を製造・販売するATLが成長に貢献してきた。TDKグループ全体では海外売上高比率が9割にものぼる。

齋藤社長が抱いた違和感

ただ本社であるTDKと海外子会社は、各々の事業に注力するだけにとどまるというバラバラな状態が続いていた。また、海外子会社の人材が日本に出向するケースは非常に少なかった。

2022年4月に社長に就任した齋藤社長はヨーロッパ駐在歴が長く、以前からこうした状況に違和感を持っていた一人だった。

「(子会社の)首根っこを押さえるピラミッド型の管理手法はこれまで取ってこなかった一方で、グループに横串を通していかないといけない。『TDK United』が合い言葉だ」(齋藤社長)

齋藤社長は自社グループを、緩やかにつながった多様性を持つジャズバンドのようにまとめていこうとしている。そのような問題意識で今進めているのが、人事制度のグローバル化だ。

海外駐在から帰国し、電子部品事業の営業責任者になった2012年以降、齋藤社長は海外子会社の営業人員が日本に出向する機会を増やしてきた。

当時、齋藤社長とこの取り組みを行ってきたのが、現在TDKの人事やサステナビリティー担当のトップとして常務執行役員に就いている、アンドレアス・ケラー氏だ。

ケラー氏はドイツ出身で、日本人とドイツ人のハーフ。2000年にTDKのヨーロッパ子会社に入社して以降、現地で主に人事畑を歩んできた。


ケラー氏が最初に入ったのはホテル業界。オーストリア・ウィーンでMBAを取得後、2000年にTDKのヨーロッパ子会社に入社した(写真:記者撮影)

ケラー氏に大きな転機が訪れたのは2017年。当時のTDK社長であった石黒成直・現会長が、ケラー氏をTDKの人事トップである、人財・総務本部本部長に抜擢したのだ。その頃はまだ国内中心の人事で、グローバル人事にはあまり重きが置かれていなかった。石黒会長はそこに疑問を持った。

ケラー氏は本部長就任後、TDKとグループ会社の垣根を越えた異動を行いやすいように制度を整え、人材交流を全社に広げていった。

人事の本部機能はミュンヘン

TDKでは、グループ会社ごとに課長級や部長級などの職位や職責が異なっていた。そこで職責の重さを測るための共通の物差しを設定。その物差しを基に教育システムを制定したり、報酬を検証したりできるようにした。

給与水準のガイドラインも策定した。出向元の報酬体系を基に物価などを考慮して調整するなど、国ごとに給与や生活費の水準は大きく異なる中で、出向をスムーズに行えるようにした。

TDKは2017年4月、人事の本部機能を東京からドイツ・ミュンヘンに移転した。ミュンヘンではグローバルの人事業務に対応できる人材の獲得が比較的容易だ。時差を鑑みると、TDKやほかの子会社が所在するアジアとアメリカを含めた会議などが行いやすい利点もある。

加えて、以前買収したミュンヘンを拠点とする企業はシーメンスに源流を持ち、優れた人材育成プログラムなどを築いていた。そのノウハウは、TDKの人材育成プログラムにも活用されている。

ケラー氏は「本当の国際戦略で成功しようとすると、グループ内の人員すべてを巻き込まないといけない」と力を込める。ケラー氏自身は日本の人事機能をさらに改革するため、そして日本に本拠地を置くサステナビリティ本部も管掌となったため、今年5月より日本で勤務している。

TDKの執行役員18人のうち、今や半分の9人が外国人だ。日本にあるTDK本社で働く外国人従業員の人数も増えた。10年前は約20人だった外国人従業員は現在、約6000人いる従業員のうち134人となっている。

日本人従業員に足りない要素を外国人従業員に求めているのだろうか。そのような疑問を齋藤社長にぶつけると、「日本人で全然構わない。当社の場合はビジネスの9割が海外向けで、買収を重ねてきたので、やるべき仕事ができる人がたまたま外国人だっただけ」という回答が返ってきた。

中国出身のアンジェラ・ユエン氏も、こうして登用された人材の一人だ。複数企業で人事業務を経験してきたユエン氏は、2017年に香港子会社のATLに入社。自ら希望を出して2022年10月にTDKに移籍した。ATLの上司などと共に相談や査定をしたのがケラー氏だ。


人財本部副本部長のユエン氏。アメリカ企業やイギリス企業の中国拠点で、主に人事業務を担当してきた経験を持つ(写真:TDK)

現在はTDKの人財本部の副本部長として、本部長であるケラー氏の下で働く。

中国在住で、小型電池などを手がけるエナジー事業部の主要拠点である中国やインドの人事を担当すると同時に、ダイバーシティやグローバルな報酬制度の設計なども担当している。

ユエン氏が移籍を希望したのは、TDKの会議に参加する機会を通じて、その人事戦略が「世界的に見てもプロフェッショナルだと感銘を受けた」からだという。未成熟な状態から人事体制を作り上げて自身の後任者を育ててきた経験も、TDKで活かせると考えた。

「多くのよい機会を得られて、自分のキャリアにとても満足している。TDKはグローバル企業で、自分自身では外国人とか思っていない」。ユエン氏は明るく話す。

顧客への提案や新事業立ち上げで変化

ケラー氏の一連の取り組みは、どのような成果をもたらしたのか。まず指摘できるのが、人材登用の流れに透明度が増した点だ。これまでは、管理職自身が持つネットワークで知りえた情報を基に、自分の部署に呼び寄せたい人材を一本釣りしてきた。

しかしケラー氏の本部長就任以降、各部門の責任者が集まるオープンな場で、後任者育成に関する会議が開かれている。この会議で厳密に異動が決められるわけではないものの、基本の仕組みが整い、非常に属人的だった状況から脱却した。

全社に横串を刺す組織も誕生した。TDKでは異なる事業部が同一の顧客に製品を納めることが少なくない。にもかかわらず、以前は事業部ごとに製品を売り込んでいて、作り手主導のプロダクトアウトになりがちだった。

そこで2021年4月、顧客がつくる最終製品に求められるものから逆算して、技術や製品を提案するための部署を設立した。

新たなビジネスを生む土壌づくりにもなった。2022年4月に開始した、プリント基板を解析して改善点を提案するサービスの「Mitai(ミタイ)」。グループ各社の職責の基準を統一してできた教育システムのうち、新任執行役員や執行役員候補を対象に行われた、新規事業立ち上げを目指すプログラムから誕生した。

新たな風が吹く一方、昔ながらの日本企業のつもりで入社した日本人従業員の中には、会社の変化に適応できない人がいる恐れもある。

「ついていけるかは人それぞれ。ただ日本においては、横並びの人事評価にメスを入れないといけない」。齋藤社長はそう話す。

日本のTDK本社が現在採用しているのはメンバーシップ型に近い制度。地域や職種などの状況に合わせるものの、齋藤社長はジョブ型雇用の採用にも関心を示す。

グローバルの人材活用は今後も進化する

研修事業を手がけるリンクグローバルソリューションの齋藤友佑取締役は、企業における異文化コミュニケーションの研修規模が増加したと話す。駐在員育成を目的とした研修数はほぼ変わらず、「増加した需要のほぼすべてが日本本社のグローバル化によるものと考えている」(齋藤氏)。

「買収した海外企業の技術などを取り入れてシナジーを生むため、人材交流が活発化している」。そう指摘するのは、KPMGコンサルティングの木村みさ執行役員だ。法律の知識など、現地で活動するからこそ培われてきた知見も貴重だ。

「『海外子会社はひとまず日本本社の言う通りにやってほしい』というやり方では通用しなくなっており、海外のグループ会社に一部機能を移す例も出てきている。日本に人材を呼ぶのではなく、グローバルで見た際に適切なネットワークを作るのが次の段階になる」(木村氏)

海外企業の買収が普通になった時代。事業面だけでなく制度面のグローバル化は、日本企業にとって、これから一層大きな潮流になる。

TDKのケラー氏は、「日本国内だけでTDKグループ全体を管理することはできない」と力を込める。今後もTDKの仕組みは大きく変わっていきそうだ。

(遠山 綾乃 : 東洋経済 記者)