需要が変化しやすいホテル業界で「価格支配力」を獲得したアパホテルの強みとは…(写真:shu/PIXTA)

インフレ、増税、円安、リセッションがニュースで報じられる昨今、「価格と利益」について、誰もが一度は考えたことがあるのではないでしょうか。最近、最も世間を騒がせた話題は「卵」の高騰でした。

『価格支配力とマーケティング』の著者 菅野誠二氏は、「自由に価格が設定できて、しかもお客さんが喜んで買ってくれるような、ハッピーな値付けが実現できたら夢のようではないか」と話します。

この記事では、需給が変化しやすいマーケットでも顧客価値創造をしながら価格支配力を獲得するバランスの妙を実現したアパホテルを例に解説します。

他のビジネスホテルと異なる

■出張族のインサイト「密かな楽しみ」から自社の強みを創造する

アパホテルは、コロナの逆風を経ても圧倒的な業績を示し続けている*。
目標、理念として同社は「利益の最大化ではなく、あくまで日本の住まい文化に貢献するという大義にある」としている。アパグループはホテル事業だけでなくリゾート事業、住宅事業、マンション・ビル管理事業も傘下に持つ。

*2022年11月末の連結決算で売上1,382億(過去5年CAGR 3.6%)、営業利益358億円(売上利益率25.9%)、経常利益353億円と、業界内で圧倒的な利益率を誇る。ホテルネットワークとして全国最大の 719 ホテル 110,395 室(建築・設計中、海外、FC、アパ直参画ホテルを含む)を展開

ターゲットは主に、企業の上位5%層のビジネスパーソンだ。このターゲットは急な出張の機会が多く、その際の価格弾力性が低い。会社が費用負担してくれるからである。同社の最大の強みは、「他のビジネスホテルと異なるビジネスマンの顧客インサイトの捉え方」にある。

同社がまず特定したビジネスパーソンのインサイトは「会社の出張費でポイントを貯め、それをプライベートの割引に活用することが出張族の密かな楽しみ」である。

価格弾力性が低く、同社クラスのホテル代なら、企業が支払える価格帯に設定する。

さらに、会社の経理に言えない、もう少し深いインサイトは、「急な出張を強いるのは会社都合なのだから、ホテル料金は高くなる。多めにポイントをもらえるくらいの余禄があってもよいよね」だと考えれば、同社の勝利の打ち手はダイナミック・プライシングにあると、私は理解している。

ビジネスモデルの8割は「真似」

■業界の外からダイナミック・プライシングを持ち込む

このビジネスモデル・イノベーションは、もともとは航空業界の手法である。そのため、同社のダイナミック・プライシングは世界初の取り組みではないが、日本のビジネスホテル業界に本格的に持ち込んだ企業がアパホテルなのだ。

「ダイナミック・プライシング」についてはのちほど説明するが、こうしたビジネスモデル・イノベーションを生む思考法を「アナロジー思考」と呼ぶ。

アナロジー/Analogy(類推思考)とは、他の業界の事例をアイデアの発想のもとにすることだ。単なる真似ではなく、新たなアイデアの追加が必要で、世の新規ビジネスモデルのうち80%は他業種にある業態の真似である、といわれる*。

シュンペーターの新結合の思想に同じく、新しいアイデアは既にあるアイデアの組みあわせが多いのだ。

*『カール教授のビジネス集中講義 ビジネスモデル』(平野敦士カール/朝日新聞出版・2015年)

■ギリギリまで最高値で販売できるAIシステム

アパホテルの戦略は、「直販+ダイナミック・プライシング」だ。価格は市場ニーズに応じて一物多価で常に変化させ、価格支配力を維持する。

他社は予約サイトとの力関係上、どうしても値下げに応じて予約サイトへの割り当てを提供しがちだ。しかしアパホテルはTV広告やデジタル・マーケティングで顧客が直接予約サイトを訪れ、決済するまでをうまく誘導している。

また、コロナ禍で窮地に陥った多くのホテル事業者を底値で買収しており、これを「逆張りの投資」と呼んでいる。これまでにも幾多のホテル・観光・不動産不況時に、強靭な財務力と元谷外志雄会長の逆張り発想で、業績が低迷したホテルを底値で買収して事業規模を拡大してきた。

マーケティング・ミックスとそれを支えるシステムとしては、宿泊当日の予約が一番高価格で売れることから、キャンセル料は無料で、ギリギリまで最高値で販売できるようにAIシステムを導入している。最終判断はAIを参考にして各ホテルの支配人がそれぞれ全権を握り、効率的に稼働率を向上させつつ、平均単価をあげる仕組みがある。

ITのシステム上、ホテル比較サイトで近隣の空き部屋状況をリアルタイムで把握しながら空室在庫を分析し、1000円程度、価格をあげてプレミアムを取る。

部屋は豪華ではないが、コンパクトな部屋に大きなTVと、広く上等なベッドがあり、その上でも仕事ができるという仕様だ。徹底的にビジネスパーソンの出張に焦点を当てている。

アパホテルのホームページではロイヤルティプログラムが解説されており、ここで狙うのは「ファン化」である。

会員制度1900万人に対して平均で10%程度キャッシュバックしながら、ホテル予約サイトの宿泊料金設定は「アパ直」が最安値となるようにアパホテルが一括設定している。これによって直販サイトからの顧客流入を増やしてマージンを確保する。

独自予約サイト利用でポイント

このロイヤルティプログラムでは、「年間利用実績(泊数等)に応じて5つの会員ステータスを用意している。「レギュラー」会員は最大9%だが最高位の「プレジデント」になると最大還元率が15%となる。これらは独自予約サイト「アパ直」経由の宿泊予約でアパポイントがたまるという仕組みだ。

また、「アパ トリプルワンシステム」は、ホテル利用時スマホでアプリを使用すると「1ステップ予約」「1秒チェックイン」「1秒チェックアウト」ができる。

こと細かに顧客の使用シーンからペインを取り除いているのだ。

AIを含むITの活用とターゲット顧客に焦点を当てたビジネスモデル・イノベーションが成功の鍵である。

■ダイナミック・プライシングのリスクとアパホテルのコミュニケーション力

最後に「ダイナミック・プライシング」の解説をしておこう。

近年ではデジタル・マーケティングと相性のよいダイナミック・プライシングがさまざまな業界で活用されるようになってきた。従来、使用されていたアルゴリズムは、競合価格の監視や在庫量にあわせて価格を変動させる自動化レベルだった。

ここに数理、統計をもとに決定を補佐する「機械学習」や、AIが天気・イベントなどから需給に関連する変数をもとに収益最大化の選択肢を提示する「強化学習」が加わっている。

メリットは収益性の向上と在庫の低減にある。

一方でデメリットは、極端な価格変動を体感して「損した」「ぼったくりだ」など、顧客からの不信を生みかねず、ブランド棄損につながる可能性があることだ。

システム導入のコストも高く、解析のための人的能力が必要だし、一定量のデータ蓄積が必要で、成果が出るまでにそれなりの時間がかかることも懸念点である。

一時期、アパホテルに対して繁忙期の価格が高すぎるという不満がSNS上で炎上し、2017年に日経ビジネスが実施したホテル満足度調査では35社中最下位だった。

顧客満足度を向上させるために

しかし、日経ビジネスからのインタビュー**に対してアパグループの元谷外志雄代表の対応には、価格支配力への強い意思と戦略性を感じる。

一般論で言えば、価格設定がうまく機能して宿泊料金を上げれば、利用者の評価は下がる。
価格設定が不十分で、高く売れる日に安く売っていれば評価は上がる。
裏を返せば評価が低いということはそれだけ、うちは価格設定がうまいと言えなくもない。
だから非常に高い評価を維持しているホテルは、本来高く売れるのを安く売っているから評価が高いとも言える。
……儲からないホテルはいいホテルと言えないと思います。
赤字で破綻するようなことがあれば、社会に対しても従業員にも迷惑をかけます。
……いずれにしてもうちとしても利用者の評価を上げていこうと今、努力中です。

**『アパホテル、繁忙期の料金高騰に不満相次ぐ 元谷外志雄代表・芙美子社長が夫婦で語る料金の秘密』日経ビジネス/2017年11月6日


実際、顧客満足度を向上させるために価格の上限にキャップをかぶせて表示価格/正規料金の1.8倍とし、ポイントバック制度を活用して設備リニューアルを積極的に導入している。

また、各ホテルの支配人の評価基準をRevPAR/Revenue Per Available Room:販売可能な客室1室あたりの収益を稼働率×単価であらわす値としているため、稼働率が他社と比べて高い。

ダイナミック・プライシングの導入には顧客へのていねいな説明をするコミュニケーション能力が問われるのだが、同社はそれをやってのけているといえるだろう。

(菅野 誠二 : ボナ・ヴィータ代表取締役、BBT大学教授(マーケティング))