長い論述問題、どう解く?(写真: metamorworks / PIXTA)

「東大の世界史の問題」と聞くと、どんな問題を想像するでしょうか。実は600字以内、という他大学と比べても非常に長い論述問題が課されます。なぜそのような問題を出題するのか、それをどう解くのか。『東大の良問10に学ぶ世界史の思考法』を監修した、現役東大生の西岡壱誠さんが解説します。

みなさんは、日本の大学入試の中でいちばん「長い論述問題」は何か知っていますか?

「30字以内で答えなさい」みたいな問題は国語でも社会でも、理科でも頻出ですが、大学入試ともなるとかなりの分量になります。

例えば東京大学の国語の問題では120字程度の論述問題が出題されていて、大阪大学では2023年の入試で「150字〜170字で説明しなさい」という問題が出題されています。

東大の世界史は「600字以内」の長い論述

また、一橋大学は毎年のように、国語の問題で200字程度の要約問題を出題しています。「この文章を200字以内で要約しなさい」というもので、これも相当長く感じますよね。

ですが実は、東大の入試問題で、それよりも3倍近い分量の論述問題が出題されています。

それは、東大の世界史の第1問です。なんと「600字以内」というとんでもない分量です。

もちろん年によって多少の変動はありますが、毎年のように、「〜について、以下の8つの語句を必ず一度は用いて、記述せよ」というような問題が出題されていて、その分量は500字〜600字。

自分の考えを述べさせる「小論文」が課されている場合を除く科目型の大学入試の問題の中で、いちばん長い問題なのではないかと言われています。

世界史の点数の半分が決まる問題

そして、東京大学は配点を公表していませんのでこの問題が何点分なのかは正しいデータはありませんが、東大生の間だと、「だいたい60点満点中30点がこの問題なのではないか」と言われています。

つまりは、東大世界史の点数の半分がこれで決まるというわけですね。とんでもない話ですね。

そしてここで出題される問題は、切り口が面白く、世界史が楽しくなる問題ばかりです。例えば、2003年に出題された問題はこんな問題でした。

私たちは、情報革命の時代に生きており、世界の一体化は、ますます急速に進行している。人や物がひんぱんに往きかうだけでなく、情報はほとんど瞬時に全世界へ伝えられる。この背後には、運輸・通信技術の飛躍的な進歩があると言えよう。

歴史を振り返ると、運輸・通信手段の新展開が、大きな役割を果たした例は少なくない。特に、19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、有線・無線の電信、電話、写真機、映画などの実用化がもたらされ、視聴覚メディアの革命も起こった。またこれらの技術革新は、欧米諸国がアジア・アフリカに侵略の手を伸ばしていく背景としても注目される。例えばロイター通信社は、世界の情報をイギリスに集め、大英帝国の海外発展を支えることになった。一方で、世界中で共有される情報や、交通手段の発展によって加速された人の移動は、各地の民族意識を刺激する要因ともなった。

運輸・通信手段の発展が、アジア・アフリカの植民地化をうながし、各地の民族意識を高めたことについて、下記の9つの語句を必ず1回は用いながら論述しなさい。

スエズ運河 汽船 バグダード鉄道 モールス信号 マルコーニ 義和団 日露戦争 イラン立憲革命 ガンディー (2003年東大世界史第1問 一部改変)

どうでしょうか?問題文だけで読み応えがあって、楽しいと感じませんか?

たしかに世界史において、運送の技術や、通信の技術が世界を変えたことはたくさんあります。でも、それを体系立てて頭の中で組み立てたことのある人は、東大受験生であってもほとんどいないと言っていいでしょう。

これ以外にも、第一次世界大戦と第二次世界大戦の違いを論じさせたり、文化の交流・女性の社会進出について論じさせたりと、多様な切り口の問題を出題しています。

もちろん、世界史の教科書には「運輸・通信手段の発展がどのように影響を与えたのか」なんてことはまとまって描かれているページがあるわけではないです。

しかし、それでもこの問題の答えはしっかりと、教科書のいろんなページを読んでいけばわかるようになっています。

「教科書にはきちんと答えが載っているのにもかかわらず、いざ聞かれると答えるのがかなり大変な問題が出題される」というのは、世界史以外の科目でも言える東大の特徴と言ってもいいのですが、この世界史の問題はその最たる例だと言っていいでしょう。

この問題をどう解くのか?

さて、みなさんはこの問題を見て、「この問題って、答え1つに定まらなくない?」と思った人もいるかもしれません。

「運輸・通信手段の発展がどのように影響を与えたのか」というのは、いろんな例がありそうです。電車の話をしてもいいし、車の話をしてもいい。いろんな答えがあるのではないか?と。だからこの問題は、知識を答える論述の問題というよりも、自分の考えを述べる小論文に近いのではないか?と。

僕も最初この問題を解いていた時はそう思ったのですが、何度も解いたうえで、この問題を解いた東大受験生たちと長く話す中で、実はそんなことはないということがわかってきました。

この問題、リード文が長く与えられていますよね?普通、世界史の問題でこの分量のリード文はありません。そして今回の問題で語られているのは、「19世紀半ばから20世紀初頭にかけて、運輸・通信手段の発展が、アジア・アフリカの植民地化をうながしたこと」、逆に「運輸・通信手段の発展が、各地の民族意識を高めた」ということです。

実はここ、スルーする人も多いのですが、いちばん重要といっても過言ではないんです。

なぜならこの問題は、このリード文をきちんと読解して、与えられた語句を使いながらそのリード文の内容を具体的に言い換えていく、という「読解問題」だからです。

この指定されている語句というのは、実はきちんとこの文脈に沿っています。

植民地化を促す流れのことを帝国主義と言いますが、このことを説明する語句としていくつかのものが与えられています。

バグダード鉄道をはじめとする鉄道整備は植民地をどんどん切り開いていくことに繋がり、汽船で本国と植民地の行き来ができるようになっていったこと、モールス信号の有線電信やマルコーニの無線電信で、世界の市場の情報や、反乱や情勢が伝えられたと言います。

それに対する対抗として、各地の民族運動を説明するワードもたくさんあります。ガンディーは通信技術を使って民族運動の機運を高めましたし、イラン立憲革命は新聞や本でイランの人たちの革命の機運が高まった実例だということもできます。

このように、植民地支配を説明するための語句と、民族運動を説明するための語句がしっかりと与えられているわけですね。

「パズル」のように解く問題


この問題、実は「パズル」なんです。

与えられた指定語句をうまく当てはめて使えるかどうかを見る問題なのであって、「あなたの考えを答えなさい」というようなオープンな小論文を書かせる問題というわけではまったくないのです。

いかがでしょうか?「東大世界史は、日本でいちばん偏差値の高い大学が課す、文系のパズルである」という話でした。

みなさんもぜひ、機会があったら楽しんでみていただければと思います。

(西岡 壱誠 : 現役東大生・ドラゴン桜2編集担当)