テキサス高速鉄道のイメージ。車両は東海道新幹線N700Sをベースに開発予定(画像:Texas Central)

アムトラックと連携強化

ワシントンDCに本社を置き、全米で鉄道旅客輸送を行う連邦政府出資の公共企業アムトラック(全米鉄道旅客公社)が8月9日に1本のプレスリリースを発表した。タイトルは「テキサスセントラルとアムトラックはダラス―ヒューストン間の高速鉄道事業の機会を探る」。

テキサスセントラル(TC)は2012年に設立された民間企業。2015年に現社名に変更のうえ、高速鉄道への参入を決めた。ダラス―ヒューストン間約380kmに専用線を敷設し日本の新幹線方式で運行、両区間を約90分で結ぶ。すでに事業スキームは固まり、安全規則や環境影響評価などの整備は完了したが、肝心な資金のメドが立たずいまだ着工には至らない。当初は2021年の開業を目指していた。現在の目標は2026年開業だが、着工できないのではそれも難しそうだ。

一方のアムトラックはワシントンDC―ニューヨーク―ボストン間(北東回廊)で高速列車を2000年から運行しており、さらなる高速鉄道の展開にも関心を持つ。TCとアムトラックは2016年から協業に関する議論を重ね、2018年にはテキサス高速鉄道のチケット発券にアムトラックの予約システムを活用することを決めた。

今回の発表は、両者の関係をさらに深めることを検討すると伝えている。その内容は具体的に記されていないが、関係者によると、アムトラックがテキサスの高速鉄道事業に深く関与し、懸案となっている資金調達の問題にも好影響を与える可能性があるという。


アムトラックがワシントンDC―ニューヨーク―ボストン間の「北東回廊」で運行する高速列車「アセラエクスプレス」(記者撮影)

同じアメリカのカリフォルニア州ではサンフランシスコとロサンゼルスを結ぶ高速鉄道計画が進んでいるが、事業主体はカリフォルニア州高速鉄道公社という公的機関であり、公的資金が投入されている。これに対してテキサス高速鉄道計画は民間のプロジェクトであり、基本的には民間から資金を調達する必要がある。

初期段階の事業費総額は120億ドル(約1兆7450億円)程度とされていたが、インフラ建設費や人件費の高騰により、2020年の時点で200億ドル(約2兆9082億円)に膨らんだ。現在も建設費などの高騰は続いており、計画が本決まりになった段階では事業費はさらに膨らんでいる可能性がある。

資金調達の追い風に?

車両は新型新幹線「N700S」をアメリカ仕様に改良し、車両製造を含む新幹線システムの供給は日立製作所、東芝インフラシステムズ、三菱重工業、NECなどで構成される日本連合が担う。開業後に運行を担当するのは高速鉄道運行の実績を持つスペイン国鉄(Renfe)。車両の保守は日立が行う。JR東海はTCに技術支援を行うほか、車両供給の面でも走行試験や検修トレーニングなどで参加する。


テキサス高速鉄道は新幹線N700Sをベースにした車両を導入する計画だ(撮影:尾形文繁)

資金はプロジェクトが生むキャッシュフローを返済原資とするプロジェクトファイナンスで調達するとみられる。資金調達がままならない理由は、コロナ禍による景気の変調だけとは言えないだろう。高速鉄道が予定どおり開業し、将来にわたって安定したキャッシュフローを生み出せるか不安視されているか、あるいはアメリカでは前例のない新幹線方式という点がネックになっているかもしれない。その点、アメリカでの鉄道事業に深いノウハウを持つアムトラックが経営に深く関わるとなれば、資金の出し手も安心するだろう。

それだけに期待されているのがアムトラックとの連携だ。関係者によれば、アムトラックは連邦政府に補助金を申請中という。この補助金とは、バイデン政権が2021年3月に発表した総額2.3兆ドル(約334兆4460億円)の巨額のインフラ投資計画を原資としたもので、うち800億ドル(約11兆6320億円)が鉄道の整備にあてられる。

連邦政府から補助金を引っ張ってきたとなれば、アムトラックはアドバイザーのような補佐的な位置付けではなく、プロジェクトの当事者として事業に本格的に関わるのは確実だ。その関わりかたは決まっていないが、たとえば、TCとアムトラックが共同で事業を運営する、いっそのことアムトラックがTCを子会社化するといったことも考えられる。補助金は早ければ9月ぐらいには承認されるという。補助金の獲得が資金調達に追い風となり、資金調達のメドが立てば、プロジェクトは着工に向けて動き出す。

では、なぜアムトラックはテキサス高速鉄道プロジェクトへの関与を深めようとしているのだろうか。関係者によれば、そのきっかけは2022年3月にさかのぼる。なかなか資金が集まらない状況を打開すべく、TCは経営陣を刷新し、事業をどのように軌道に乗せるかさまざまなプランを検討した。そのアイデアの1つにあったのがアムトラックとの協業の深度化だ。アムトラックもほかの場所でゼロから高速鉄道プロジェクトを立ち上げるより、すでにスキームが固まったテキサスのプロジェクトに乗るほうが時間的に早いと判断したに違いない。

新幹線方式拡大のきっかけにも?

テキサス高速鉄道プロジェクトは紆余曲折を経て、ようやく全体像が固まってきた。

資金調達と同じく難航を極めていた用地買収も進み始めた。沿線住民がTCは鉄道会社ではなく土地を強制的に有償で購入する権利(土地収用権)がないとして訴訟を起こしていたが、2022年にテキサス州最高裁がTCは鉄道会社であり土地収用権があると認めたためだ。


アムトラックは北東回廊の高速列車をはじめ、大陸横断列車など全米で旅客列車を運行している(写真:Sanaham/PIXTA)

テキサス高速鉄道プロジェクトへのアムトラックの参加はさらに重要な意味を持つ。アムトラックが新幹線方式での運行が有益であると判断すれば、将来、ほかのエリアで高速鉄道計画を進める場合にも新幹線方式を活用するかもしれない。それは日本にとっても悪いことではないはずだ。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)