生成AIで弁護士が「奪われる」仕事の具体的な内容
AIは、弁護士の役割を代行することができるのか(写真:wutzkoh/PIXTA)
ChatGPTなどの生成AIは、法律関係業務に根源的な影響を与える。法的文書を作成したり、訴訟における弁護士の役割を代行することができる。これは、「弁護士がいらない社会の始まり」だ。昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第101回。
インターネットを超える影響がこれから生じる
法律関連業務は、生成AIによって大きな影響を受ける分野の1つだ。
ChatGPTなどの生成AIが法律関連の仕事に及ぼす影響について解説した文献として、サフォーク大学ロースクールの学部長および法学教授であるアンドリュー・パールマンによるつぎの論文が参考になる。Andrew Perlman, "The Implications of ChatGPT for Legal Services and Society", The Practice, March/April 2023。
パールマン教授は、その影響はインターネットのそれを超えるとしている(なお、この主張を裏付けるため、この論文はChatGPTによって生成された。要約、序文、アウトラインヘッダー、エピローグ、およびプロンプトだけが人間によって書かれ、ChatGPTが人間の編集なしに残りのテキストを生成した)。
生成AIは、法律関連の以下の4つの分野で活用される可能性がある。
・法的調査:生成AIは、大量のテキストデータを迅速にスキャンし、特定のトピックに関する情報を提供する。それによって、弁護士の法的調査を支援する。
・文書作成:生成AIを使用すると、契約書などの法的文書の生成が可能となり、弁護士の作業時間を節約できる。
・一般的な法的情報の提供:生成AIは、よくある質問への回答や基本的な法的アドバイスを提供するためにも使用される。
・法的分析:生成AIは、関連する法的原則や判例に基づいた提案や洞察を提供することによって、法的分析を支援する。
これらにより、法務の効率と正確性が向上し、弁護士はより多くの事件を処理することができ、クライアントに対して高品質なサービスを提供することが期待される。
生成AIを用いて法的文書を作成する場合、まず、関係者や契約条件、特別規定などの情報を入力することをユーザーに求める。
生成AIはこの情報をもとに法的文書のドラフトを生成し、ユーザーは必要に応じてそれを見直し、修正することができる。
例えば、ユーザーが不動産の売却契約を望む場合、買い主と売り主の名、不動産の価格、そして予期せぬ事態への対処規定を、生成AIに提供すればよい。生成AIは、それに基づいて契約のドラフトを生成する。ユーザーはそれを見直し、必要な修正を施すことができる。この手続きにより、法的文書を作成する際に、ユーザーの時間と労力を省くことができる。
弁護士の役割はなくなるか?
一般に、低所得者は有利な法的サービスを得ることが困難だ。しかし、ChatGPTの助力を得れば、遺言書の作成などが可能となる。貧困線以下の生活を送る者の大部分や、中所得のアメリカ人のほとんどは、重大な民事法上の問題(子供の監護、債権の回収、立ち退き、差し押さえなどの問題)に遭遇した際、適切な支援を受けていない。
生成AIは、依頼者が自分で利用できる手段や、弁護士が今よりも多くの依頼者に接触できる手段を提供することによって、これらの要求に応える方法を提示する。
AIは、ただちに弁護士の役割の消滅を意味するものではないが、将来は、弁護士が要らない社会が実現するかもしれない。つまり、「弁護士がいない社会の始まり」だ。
多くの依頼者、特に複雑な問題に取り組む者は、専門的な知識や助言、そしてカウンセリングを提供する弁護士を依然として必要とする。だが、それらの弁護士も、効率的かつ有効なサービスを提供するためのAIのツールを求めるようになるだろう。
これらのツールは、非常に価値あるものとなる可能性が高く、弁護士は、特定の状況でそれらのツールを使用することが必要とされるだろう。
以上の指摘の中で、私は、 次の点が大変興味深いと思った。
・チャット GPT の助けで契約文などを作ることができる。
・低所得者には大きな恩恵となる。
・ 将来は、弁護士が不要になるかもしれない。これは、法律分野における「知の独占」が崩れることを意味するものだ。同じようことが、医学をはじめとするさまざまな分野で起きだろう。
なお、「訴訟において、ChatGPTが人間の弁護士に取って代わることができるか」という問題に関する研究も行われている。ChatGPTが関連する判例の重要な事実を要約して、原告側をサポートすることができるとする研究もある(ChatGPTは弁護士の代わりになるか? 「カタツムリ混入ビール事件」の判例で検証 香港チームが発表:Innovative Tech、 ITmedia NEWS)。
法学教育も変更する必要がある
パールマン教授はさらに、法科大学院は、電子調査ツールの使用法を学生に示したのとほとんど同様の手法で、ChatGPTのようなツールを、カリキュラムに取り入れる必要がある、と指摘している。
例えば、初年度のリーガルライティングの授業や演習のプログラムにおいて、未来の弁護士が実際にテクノロジーをどのように使用すべきかを教える必要がある。
法律関係の仕事において、判例の役割は大変大きい。膨大なデータなので、必要な情報がなかなか見つからない。これに関して、ChatGPTの潜在力は大変大きい。
しかし、エラーや誤解の可能性には、つねに注意しなければならない。事故は、すでに起きている。
2023年5月、アメリカ・ニューヨークの連邦裁判所で審理中の航空機内のトラブルに関する民事訴訟で、弁護士がチャットGPTを使って作成した準備書面に、実在しない6件の判例が含まれていた。6月22日、裁判所は、スティーブン・シュワルツ弁護士に対して、5000ドル(約72万円)の罰金を科した。
この問題に対する対処も試みられている。
東大発のスタートアップ企業であるリーガルスケープは、企業の法務のデジタル変革を助け、法務部門の業務の効率化やリスク管理の強化を目指して、対話型AI「リーガルサーチAI」を開発した。このAIは、法律に関する問いに答える能力を持っており、日常の法律の相談や契約書の確認など、いくつかの業務を援助する。
同社の説明資料によると、ハルシネーションの(問題)を解決するため、質問への回答時に必ず信頼のおける法律書籍に依拠して回答させる。
同社の資料には、司法試験のある問題にチャット GPT-4 が誤った答えを出したのに対して、リーガルリサーチAIが、正しく答えたことに加え、根拠となる判例を表示している例を示している。
このため、ユーザーは安心して利用できる。2014年司法試験の短答式試験(民事系科目、会社法領域)における正答率は、ChatGPT(GPT-4ベース)は35.7%だったが、リーガルリサーチAI(GPT-4ベース)では78.6%だったという。
このAIを、法令関連の情報検索のサービスに用い、2023年秋にも市場に出す予定だとう。
(野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授)