コロナは第5類に移行したが、飲食店が完全に「脱マスク」となるには時間がかかりそうだ(写真:takeuchi masato/PIXTA)

5月8日、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが2類相当から5類へ移行された。それによって各種の感染対策も個人の選択を尊重した自主的な取り組みをベースとした対応に変わっていく。ただ8日以降の感染対策については、外食業界だけを見ても各社で対応が分かれている。

従業員のマスク着用で対応分かれる飲食店

例えば、くら寿司が展開する「くら寿司」や吉野家ホールディングスの「吉野家」は従業員のマスク着用を継続していく。一方で、「はま寿司」や「すき家」を運営するゼンショーホールディングスをはじめ、「ガスト」や「バーミヤン」を展開するすかいらーくホールディングス、スターバックスコーヒージャパン、日本マクドナルドなどでは従業員のマスク対応は任意とした。

しかし、企業としての対応は2つに分かれたものの、飲食店の現場でのマスク着用はしばらく続いていくだろう。実際、マスクが任意になった企業の店舗をのぞくと、これまでと変わらずマスクを着用して働くスタッフの姿が目立つほか、アクリル板の設置や消毒用アルコールなどについても設置し続けているところも少なくない。

飲食店もサービス業なので、スタッフの笑顔が売りの1つであることには間違いないが、外食業界の脱マスクが難しい背景には、外食業界を取り巻く3つの課題が深く関係している。

1. 世の中の衛生意識の向上

まずコロナ禍以降、お客の衛生に対する意識の高まりが上げられる。そもそもコロナ禍前から日本は世界的に「清潔な国」として知られており、多くの人々が衛生に対して厳しい視点を持っていた。それが外食の発展に大きな貢献を果たしている側面も持つ。

飲食店を経営するうえで、重要な指標の1つに「QSC」がある。QSCとは「Quality(クオリティ)」「Service(サービス)」「Cleanliness(クレンリネス)」の頭文字をとった略語で、それぞれ店づくりのベースを果たす。

QSCで大切なのが、3つのうちどれか1つでも欠けたら、その効果が薄くなってしまうことだ。例えば、どんなにスタッフのサービスがよくても、料理の品質が悪ければ、その店に2度と行かない人がほとんどだろう。また、料理がいくらおいしくても、店舗に清潔さがなければ、再来店の可能性は著しく減ってしまう。

QSCは顧客満足に直結する大切な指標となっており、最近では「Hospitality(おもてなし)」や「Value(価値)」を加え、店の付加価値づくりに注力する店が増えている。

コロナ禍では、クレンリネスの項目に、感染対策がされているかどうかが加わった。実際、リクルートの調査・研究機関「ホットペッパーグルメ外食総研」が2020年6月から定期的に実施している「外食実態調査」では「席の間隔が空いているか」「店内に消毒用アルコール等が用意されているか」「従業員のマスク着用の徹底」の3つは店選びのポイントとしてつねにトップ3にランクインしている。

2023年2月に調査した「第9回 外食実態調査」でもその傾向は変わらない。コロナ禍では「飛沫」という単語がよく聞かれたことで、飲食店で飛沫が飛ぶシーンも可視化された。だからこそ、マスクをはじめとした感染対策を行っていないことが気になってしまう背景もあるだろう。

清潔がどうかを判断するのは、あくまでも客だ。世間のマスク着用率が高い以上、飲食店側としてはなかなかマスクを外しづらい。この問題は、2と絡み合うことでさらに複雑さが増す。

世間の目をおそれる風潮は強まったまま

2. 世間の反応への過度な迎合

コロナ禍では「自粛警察」や「マスク警察」という言葉が生まれ、自粛や感染拡大の防止に協力しない個人や企業がSNS上で炎上することがたびたびあった。飲食店でも「スタッフが顎マスクだった」や「緊急事態宣言下なのに20時まで明かりがついていた」といったクレームを、グーグルのクチコミに書き込まれるケースが増えた。中には、アカウントを変えて執拗なクレームを受けるケースもあり、コロナ禍でクチコミに対して神経質になった飲食店は多い。

コロナ禍を振り返ると、1回目の緊急事態宣言のときは「応援消費」という言葉が盛んに使われるなど、営業ができなくなった飲食店を支える動きが目立った。しかし、時短協力金などが支給されると一気に流れが真逆となり、他業界よりも優遇されているという理由で、今度は外食業界全体が叩かれるようになった。そうした苦い経験もあり、業界全体が世間の反応に対して神経過敏になっていることは否めない。

今後もしばらくはマスクを付けていることで受けるクレームよりも、外していることで受けるクレームのほうが多いだろう。現に8日以降も、マスクをしている人のほうが目視でも多数派を占めている。その中で、すべての感染対策を現場から撤廃するのはなかなか難しい。その気持ちは次に説明する3の事情が加わることで、さらに強くなっているといえる。

3. 外食の市場環境の変化

2023年度の決算で、多くの企業が売り上げをV字回復させている。「九州熱中屋」などを展開するDDホールディングスや、「磯丸水産」などを運営するクリエイト・レストランツ・ホールディングスといった、居酒屋業態を持つ企業も売り上げを回復させており、ようやくコロナ禍の影響から脱しつつある。

しかし、コロナ禍で人々の外食の絶対数が減っているのは事実だ。実際、2回転目以降に課題を持つ飲食店は少なくない。売り上げを急回復させている企業も、既存業態だけでコロナ禍前の売り上げを超えるのは難しいと判断し、時代に合わせた新規ブランドを開発している。

加えて、人件費と原材料費の高騰などを受けて、多くの飲食店が利益を出しづらい状況となっている。売り上げの絶対額が上がらないにもかかわらずコストが高騰し、さらには融資の返済も始まっているのでコロナ禍前と比べて競争が激化しているといっても過言ではない。その中で、集客に響く可能性のあるマスク着用をはじめとした感染対策を撤廃するには勇気が必要だ。

回復の勢いをそぎたくないという心理

コロナ禍が起こる前、外食業界はインバウンドなどの影響もあり、売り上げは好調だった。そもそも外食業界の市場規模は1997年の29兆円をピークに減少を続け、東日本大震災があった2011年には22兆円までシュリンクした。

しかし、そこから堅調なインバウンド需要などもあり、2019年には26兆円まで回復。2020年のオリンピックに向けて、さらなる市場拡大が期待されていた。

その矢先、コロナ禍が外食業界を襲う。緊急事態宣言の発出などにより、思うように営業ができなくなった結果、2020年には18兆円にまで市場規模がシュリンクしている。そこからの回復の糸口が見え出している今、勢いをそぎたくないという心理が働いてもおかしくない。


コロナ禍で、飲食店の経営者は難しい舵取りを求められ、大きな責任を引き受けてきた。時短協力金が出るかわからなかった1回目の緊急事態宣言の発出時、キャッシュを確保するため個人で数億円の融資を受けている飲食経営者も多い。

一方で、コロナ禍に実施された緊急事態宣言はもちろん、アクリル板や飛沫防止シールド、消毒用アルコールといった感染対策に、どの程度効果があったのかはまだ検証されていない。また、5類の移行に合わせて、政府や分科会からコロナ禍の終息宣言もなかった。

誰も責任を取らない中、経営判断を迫られたら企業としては感染症法という法律を遵守しながら、現場ではある程度の感染対策を続けていくのが妥当ではないだろうか。とある外食団体のトップも「コロナ禍では人々がマスクをし、飲食店への来店を控えるようになりました。それが現在は、マスクをしながら飲食店へ来店してくれるようになっています。それだけでも大きな一歩に違いありません」と話す。

脱マスクにつながりそうな2つのきっかけ

それでは今後、外食業界で脱マスクの機運は高まるのだろうか。

そのきっかけは2つあると考えている。まずはインバウンドだ。2023年3月には2019年同月比65.8%の181万7500人の訪日客が来るなど、インバウンド需要が急速に回復している。

コロナ禍前、国別で観光客が多かったのは中国だった。現在、水際対策の影響などを受けて、中国からの観光客はほとんどいないが、今後、急速に戻ってくる可能性がある。先ほど触れたように、インバウンドは外食業界の売り上げを支える大きな起爆剤だ。そこからのニーズが高まれば脱マスクへ動いていくだろう。

次に人材の獲得だ。2020年に施行された「改正健康増進法」の影響で、飲食店では基本的に煙草を吸うことができなくなった。しかし、2014年8月1日にマクドナルドが全店舗で屋内禁煙を発表したとき、失敗するという声が多かった。

また、1996年に日本に上陸したスターバックスも当初は分煙の店舗もあったが、後に屋内に関しては完全禁煙を実現している。今回、スターバックスもマクドナルドも、従業員のマスク対応は任意とした。都心にある店舗では素顔で接客するスタッフの姿も目立った。

現在、外食業界は人材不足だ。ゴールデンウィークには、「吉野家」が人手不足で休業を余儀なくされたことが大きなニュースとなった。今後、せっかく飲食店で働くのなら素顔で働きたいという働き手が増えることで、脱マスクの流れが加速する可能性も大いにあるだろう。

もとの日常が戻ってくるのに、まだしばらく時間がかかりそうだが、そこへ向けて着実に歩を進めているのも事実である。しかも時代に合わせてダイナミックにビジネスモデルを変え、大きな成果を上げる企業も続々と出てきている。素顔での接客が主流になったとき、インバウンドなどの回復を鑑みれば、1997年に記録したピーク時の市場規模に手が届くところまで来ていてもおかしくない。

(三輪 大輔 : フードジャーナリスト)