この記事をまとめると

■将棋AIソフトを開発した天才と自動運転を研究する天才が手を組んで立ち上げた企業が「チューリング」だ

■人工知能を軸に据えた自動運転車を開発し、2030年には自動運転のオリジナルEV1万台製造を目指している

■車両の製造面では、かつてヴィーマックを生み出した東京R&Dと戦略的パートナーシップを締結している

自動運転を武器にテスラ超えを目指す日本のスタートアップ企業

「日本はオワコン」と斜に構える風潮が蔓延っている。しかし、日本でもイノベーションを起こすべく、いくつものスタートアップが資金を集め、立ち上がっている。とはいえ、自動車業界は規模が求められるだけにベンチャーが参画しづらいという見方もある。

 そうした風潮に、まさしく風穴を開けるべく立ち上がったのが、自動運転を軸としたスタートアップ企業「チューリング」だ。

 世界で初めて名人に勝利した将棋AIソフト「Ponanza」の開発者である山本一成氏とカーネギーメロン大学で自動運転を研究、北米系の自動車メーカーと研究した経験もあるという青木俊介氏によって共同創業されたのが「チューリング」だ。

 同社の掲げるミッション(目標)は「We Overtake Tesla(我々はテスラを超える)」というもの。しかしながら、単に魅力的なEVを作ってテスラ超えを目指しているというわけではない。

 テスラという社名が、交流電力を発明した20世紀初頭の大発明家であるニコラ・テスラに由来していることは有名だが、じつはチューリングという社名も過去の偉人にちなんでいる。人工知能やコンピュータに詳しい人であれば、アラン・チューリングという名前を目にしたことはあるだろう。20世紀中盤に活躍したイギリスの科学者であり、コンピュータの父と呼ばれることもある人物だ。

 その名前を社名に掲げていることからもわかるように、チューリングは人工知能を軸に据えている。AIのスペシャリストが集う、AIネイティブな企業なのだ。

 自動車関係でAIといえば自動運転テクノロジーである。チューリングは自動運転によってテスラを超える自動車メーカーを目指している。

 そのロードマップは大胆かつ意欲的なものだ。2025年に完全オリジナルの自動運転EVを100台市販、2030年には自動運転レベル5のオリジナルEVを1万台製造することを目指している。2030年の段階ではハンドルなどを持たない、完全自動運転専用車のローンチを前提としているというから意欲的な目標だ。

 5年で100倍というのは無謀にも思えるが、すでにレクサスRXをベースに、自動運転の制御システムをチューリング独自のユニットとして、一般道でも自動運転レベル2の走行が可能なオリジナルモデルを1台販売、自動車メーカーとしてのスタートを切っている。

 2023年に1台、2025年に100台、2030年に1万台……となれば2040年には100万台を作るというのがチューリングの目論見だろう。そうなれば現在のテスラと同等規模であり、2050年には「We Overtake Tesla」という同社のミッションが実現しているかもしれない。

2030年に自動運転レベル5のEVを1万台販売するのが目標

 自動車を作るというのはAIスペシャリストだけでは難しいのも事実。そこでチューリングは、東京R&Dとの戦略的パートナーシップを締結している。東京R&Dといえば、スーパーGTなどで名前を聞いたことがあるかもしれない。現在、スバルのGT300マシンを走らせているRDスポーツもかつては東京R&D傘下だった。

 東京R&Dは、GTマシンのベースともなった「ヴィーマック」というスポーツカーを開発製造したことがあり、さらにはバッテリー交換タイプのEVを実証実験用に製造したこともある。自動車メーカーのような大量生産は難しいが、むしろ少量生産において国内でも屈指のノウハウを持っているといっていい。

 具体的には、チューリングと東京R&Dのパートナーシップにより2025年に100台の販売を目指す、最初のオリジナルカーの開発が進められる予定だ。スタイリングなどについてはまだ決まっていないというが、おそらく2シーターで価格は1000万円級、自動運転レベル2の仕様になるということだ。

 テスラも最初はロータスエンジニアリングの協力を得て、ロータスの量産車アーキテクチャを利用したテスラ・ロードスターによって量産を開始している。テスラ超えを目指すチューリングがとった戦略が似ているように感じられるのも自然な話なのかもしれない。

 2025年に販売する予定のオリジナルカーは、2023年の東京モーターショーあらためジャパンモビリティショーにてお披露目される予定。残された開発期間はわずかで、従来の自動車メーカー的なフローではプロトタイプを展示するのはほとんど無理と思える。

 チューリングでは、設計にAIテクノロジーを導入することでスピードアップを図っているという。自動運転の制御だけでなく、AIによってクルマが作られる時代を切り開くというのも、同社の目指している世界である。

 注目はセンサーという目にあたる部分よりもAIによる制御系(頭脳)を重視した自動運転を実現しようとしている点だ。

 センサーは高価なLiDARではなく、非常に安価なカメラを使うという。センサーの性能ではなく、画像を深層学習で鍛えたAIによって解析することで、自分で判断して走れるクルマを生み出そうというのがチューリングの考える完全自動運転である。

 現在の自動運転テクノロジーには欠かせないとされているダイナミックマップ(高精度3次元地図)がなくとも完全な自動運転が可能になるというのが同社の主張だ。

 現時点で調達した資金は10億円単位であり、従来の自動車メーカーの開発予算が100億円単位であることを考えると非常にコンパクトな予算感でもある。古い常識に囚われていると無茶なプロジェクトにしか見えないかもしれないが、そうした常識を打ち破ったスタートアップは世界中に数多く存在する。

 はたしてチューリングの挑戦は日本を救うイノベーションを生み出すのか、今後の動きから目が離せない。