大谷翔平などスター選手が多数出場するWBC(写真:共同)

3月9日に日本が初戦を迎える第5回WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の人気が非常に高い。WBCはサッカーでいえばワールドカップに匹敵する大きな国際大会だが、地上波のニュース番組では開幕前からトップニュースの扱いだ。なぜ、こんなに盛り上がっているのだろうか?

6年という長いブランクを経ての開催

1つは昨年の11月末にカタールで行われたサッカーのワールドカップの盛り上がりで「日本頑張れ」となった空気が、そのまま年を越して持ち越されたということがある。

「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」はテレビ朝日のサッカー日本代表試合のキャッチフレーズだが、テレビ朝日はTBSとともにWBCの地上波での放送も担当する。ワールドカップで日本代表がドイツ、スペインを撃破した「ジャイアントキリング」の余韻が冷めやらぬうちに、「サッカーの次は野球日本代表」と話題をうまくつないだ印象がある。

そしてもう1つはWBCが「6年ぶり」であること。WBCは2006年に始まったが、第2回は3年後の2009年。その後は4年ごとに開催すると決められ、第3回は2013年、第4回は2017年に行われた。第5回は2021年の予定だったが、コロナ禍によって、2年延期され2023年となった。

6年という長いブランクが野球ファンの「待望感」を高めたという面はあるだろう。日本のファンにとって、WBCといえば「2006年、2009年の連続世界一」だ。時間が十数年経過したことで、その当時の記憶がかえって強くなったのではないか。

さらにいえば、今のNPBは空前の「若手スター選手の台頭期」に差しかかっている。昨年、令和最初の三冠王に輝いたヤクルト村上宗隆は今年23歳。昨年、これも令和最初の完全試合を達成したロッテ佐々木朗希は今年22歳だ。

この2人をはじめ、今回のWBCには、満年齢で25歳以下の選手が、郄橋宏斗(中日)、宮城大弥(オリックス)、戸郷翔征(巨人)、大勢(巨人)、湯浅京己(阪神)、山本由伸(オリックス)、宇田川優希(オリックス)と9人も選出されている。

前回大会の時点でプロ野球選手だったのは、山本由伸だけ。それ以外は中学、高校、大学生で、侍ジャパンのユニフォームを着てWBCに出場することを夢見ていた。伸び盛りのフレッシュな顔ぶれがそろったことも、ファンの期待を高めることに大いに寄与している。

大谷翔平やダルビッシュ有などスターが出場

世界に目を転じると、アメリカ、MLB(大リーグ)の対応が変化したことも大きい。WBCは、MLBとMLB選手会が主催している。しかしながらひざ元のMLB球団は過去4回の大会に、一線級のMLB選手を参加させることに二の足を踏んでいた。

MLBでは選手のFA権が確立して以降、年俸が高騰した。スター選手は複数年で数十億円以上の大型契約を結んでいる。いわば球団の資産だ。その選手たちがMLBのリーグ戦とは無関係の国際大会でケガ、故障をして出場できなくなっては大きな資産損失となる。とくに投手はわずかな故障で長期の戦線離脱をすることもありえる。このために選手を出し渋っていたのだ。

それはアメリカだけではない。MLBに選手を数多く輩出しているドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコなどの国もMLB球団の許しが出ず、スター選手を参加させることができなかった。

日本は2009年の第2回大会にはレッドソックスの松坂大輔、マリナーズのイチローが出場したが、2013年の第3回大会はMLB選手は出場せず、2017年もアストロズの青木宣親だけだった。

しかし今回、日本は、パドレスのダルビッシュ有、エンゼルスの大谷翔平とMLBでもトップスターになった2選手が出場するほか、カブスの鈴木誠也(のち辞退)、今季からレッドソックスの吉田正尚も出場する。さらにスター候補で母親が日本人のカージナルス、ラーズ・ヌートバーも参加する。

ちなみにヌートバーの曽祖父のハーバートは、穀物飼料のビジネスで成功をおさめ、全米穀物飼料協会(NGFA)の会長になった。また、ラーズとラーズの兄の母校の南カリフォルニア大に野球殿堂の建物と事務所を寄贈。ラーズは曽祖父が寄贈した施設を使って野球をしていたことになる。ロナルド・レーガン大統領の知人でもあり、驚くべき長命でひ孫のラーズが19歳になった2016年に108歳で亡くなっている。ヌートバーは「いいとこの子」なのだ。

アメリカも、MVP3回のエンゼルスのマイク・トラウト、昨年ナ・リーグMVPのカージナルスのポール・ゴールドシュミットなど大スターが参加を表明。ドミニカ共和国は、昨年のナ・リーグサイヤング賞のマーリンズ、サンディ・アルカンタラ、スター内野手のパドレス、マニー・マチャドなどが出場する。野球ファンからは「今回こそは、野球世界一決定戦だ」という声が上がっているのだ。

MLBが、スター選手の出場に理解を示した背景には、コロナ禍でMLBの観客動員が大幅に減少したことがある。経営者たちは「世界」を改めて「市場」として認識し始めたのだ。

さらに、2021年の東京五輪で13年ぶりに行われた野球競技で、日本が金メダルを取ったことも大きい。MLBは五輪も含めWBC以外の大会に、大リーガーを派遣していないが「野球発祥の国が、トップ選手を派遣しないのはおかしいのではないか」という声が選手の間から出ていた。

また、マイク・トラウトはWBCの開催が決まると「俺は出るぜ!」と真っ先に手を上げた。当代一の大スターが参加を表明したことで、他のスター選手が参加する呼び水にもなったのだ。

WBCキャンプの整理券は一瞬でなくなった

侍ジャパンは前回大会と同様、2月17日から宮崎市のサンマリンスタジアム宮崎などでキャンプを張った。見物は無料だったが、整理券は一瞬でなくなった。九州全域から車でファンが押し寄せたが、駐車券もすぐになくなった。18万人の客が押し寄せたという。


(写真:筆者撮影)

筆者はプロ野球春季キャンプ取材の流れでWBCキャンプ期間も宮崎市に滞在した。宮崎市内の飲食店主は「客数は2017年よりも多い、コロナ禍で店を閉めた飲食店もあるので、開いている店に客が集中している感じだ」と話した。

JR宮崎駅では、キャンプの最寄り駅であるJR九州日南線、木花駅の切符を買う客で早朝から混み合った。シャトルバスにも行列ができていた。WBCのグッズは売り切れが続出した。

この時期、宮崎大学で入試があったが、宿が確保できず困惑した受験生が少なからずいて、大学側や宮崎市が、ホテルを確保したり、地元の自動車教習所が合宿免許のための宿舎を提供するなどして、受験生のフォローをした。

日本選手に大きな影響を与えたダルビッシュ

宮崎のWBCキャンプの報道は、パドレスのダルビッシュ有が初日から参加したことでさらに過熱した。

MLBは今年から「ピッチクロック」「ベースの大型化」「極端な守備シフトの禁止」と大きなルール変更がある。MLB球団は、WBCに出場を認めた選手もできるだけMLBのキャンプにとどまって、ルール変更に対応することを求めた。

このため大谷翔平、鈴木誠也、吉田正尚、ヌートバーは宮崎キャンプに参加できなかったが、今年になって6年総額1億800万ドルの巨額の契約をしたダルビッシュは、パドレスでも別格の存在となり、自分の意志を通して日本に早くやってきた。

ダルビッシュは自らの調整だけでなく、技術、精神両面で日本選手に大きな影響を与えた。今回の侍ジャパンには、オリックスの宇田川優希、阪神の湯浅京己、ソフトバンクの甲斐拓也、周東佑京、牧原大成(追加招集)と、育成上がりの選手が4人いる。「育成選手」とは、本契約の支配下選手ではなく、補助的な選手として低年俸、3年間限定の契約で入団する選手のことだ。一軍の試合には出場できないし、多くは支配下選手にならずに消えていく。

そんな中で数少ないチャンスをいかして支配下登録をつかみ、さらには侍ジャパンの一員にまでなるのはまさに「ジャパニーズドリーム」といえる。

なかでも宇田川は故障もあって、一昨年は二軍戦でさえも1試合に登板しただけ。今後の契約さえおぼつかない立場から、昨年後半にオリックス中嶋監督に見いだされ、救援投手として活躍。さらに侍ジャパンの栗山英樹監督が剛速球とフォークを評価して大抜擢したのだ。

1年前はまったく無名の選手だった宇田川は、恐らく夢見心地で宮崎入りしたはずだが、有名選手ばかりの侍ジャパンでは気後れして溶け込むことができなかった。それを目ざとく察したダルビッシュは、投手の食事会のあとの記念撮影で宇田川を真ん中に座らせ、彼の存在を投手陣にアピールした。

それ以後、宇田川はブルペンで臆せずに投球を披露するようになった。「雲の上の存在」のようなメジャーリーガーのダルビッシュが、シンデレラボーイの宇田川を優しくアテンドする。この話はメディアで美談として一気に広がった。

「役者がそろった」侍ジャパン

昭和の野球人は「ライバルチームの選手と練習したら情が移るし、チームの秘密も漏れてしまうじゃないか、今の選手は何を考えているんだ」と批判するが、侍ジャパンは36歳のダルビッシュ有を中心に「同じ野球をする仲間」として、一つになろうとしている。彼らは「そんなちまちました話ではないんだ」と言外に言っているようだ。これも、前回までにはなかったことだ。

3月になって、アメリカから大谷翔平、吉田正尚、ヌートバーが加わった。まさに「役者がそろった」という印象だ。

今回のライバル国は、かつてなく手ごわい。日本が3度目の世界一になるための道は、非常に厳しいが、日本のチームワークも、これまで以上に固い。

期待感はますます高まる。選手には故障しないでほしいが、できるだけ長く試合をして、できればアメリカの決勝ラウンドまで進出して、歴史を作ってほしい。

(広尾 晃 : ライター)