伸び盛りの期待の新星が、新たな時代の足音をしっかり響かせた2日間になった──。

 2月5日〜6日に東京・駒沢体育館で開催された「ボルダージャパンカップ(以下BJC)」は、伊藤ふたばと楢粼明智が優勝した。

 伊藤が女王に輝くのは、2017年の第12回大会、2020年の第15回大会に続く3度目。今大会は予選を1位、準決勝を4位で通過し、決勝戦では圧巻のパフォーマンスを見せた。決勝の4課題をすべて1度目のアテンプト(※)で完登。満面の笑みをこぼした。

※アテンプト=スタートを切ること。完登数が同じ場合は、完登した課題のアテンプト数が少ない選手が成績上位となる。


BJCで3位表彰台を獲得した15歳の関川愛音

 楢粼明智は2017年大会以来2度目の決勝戦で、BJCで初めて兄・楢粼智亜と決勝の舞台での直接対決が実現した。ほかの選手が決勝戦の課題に苦戦するなか、楢粼明智は187cmの長身が課題にフィット。初タイトルを手繰り寄せた。

「まさか優勝できるとはって感じですね。これまで何度かトモくん(智亜)より上位になったことはありますけど、優勝ではなかったので。今回は自分に合った課題がたくさんあったのが優勝できた理由だと思います」

 伊藤は20歳、楢粼明智は23歳。一般社会では"若い"とされる年齢にあるが、スポーツクライミングにおいては決して若手ではない。伊藤は2018年からW杯や世界選手権などを戦い、国際大会のキャリアは今季が6年目。楢粼明智も2016年からW杯などに出場。両選手とも経験を豊富に積んできた。

 だが、ふたりともトップレベルの国際大会で表彰台に立ったことは1度もない。BJCで結果を出したことは評価すべきものだが、彼らがパリ五輪で主役になるための本当の勝負は、今シーズンの国際大会にある。

 その国際大会は、今シーズンは4月21日〜23日に東京・八王子で開催される「W杯ボルダリング」で幕を開ける。BJCを制したふたりの躍動には期待したいが、それ以上に楽しみな存在がいる。

 それが、冒頭で触れた伸び盛りの選手だ。

【15歳の泣き虫めろでぃ】

 女子3位の関川愛音(せきかわ・めろでぃ/15歳)と、男子7位の安楽宙斗(あんらく・そらと/16歳)。この名が今シーズンから2024年にかけて日本中に知られる可能性は小さくないだろう。

 中学3年生の関川は、年齢制限に達して今大会が初出場。予選は5課題を全完登して6位。2日目の準決勝も6位通過したが、その準決勝の競技後にも"泣き虫めろでぃ"らしさが見られた。

 自らの競技を終えたあとは、後続選手たちの動向を順位ボードを気にしながら見守る関川。最終競技者の結果次第では準決勝敗退の展開だったが、首の皮一枚つながって決勝進出が決まるや、涙が一気に溢れ出して顔をうずめた。

「決勝戦に出られることがうれしかったのもあるんですけど、準決勝で落ちるにしてもライン下だけは嫌だなと思っていて。ホッとした気持ちでした」

「ライン」とは次のラウンドに進めるかの境界線のこと。負けるにしてもライン下だと「あと少しだったのに」の思いが強くなるため、多くの選手たちが嫌がる。

 それをギリギリで回避して進んだ決勝戦で、関川は緊張感に押し潰されることなく持ち味を存分に発揮した。決勝をともに戦う顔ぶれに、憧れの存在の伊藤や、仲のいい青柳未愛(あおやぎ・みあ/19歳)がいたことがプラスに働いたのか、決勝の課題を楽しもうとする姿とダイナミックな動きで観客を虜にした。

「今回は本当にたまたまだったと思うので、もっとたくさんトレーニングして強くなりたいです」

 試合後に目もとを少し赤くしながらそう語った関川には、今シーズンの大きな目標がある。それは、フランス代表のオリアン・ベルトーネと同じ舞台で勝負することだ。

 関川より2歳上のオリアンは、2021年に年齢制限に達して国際大会にデビューすると、ボルダリングW杯の表彰台の一角を定位置にしたパリ五輪のメダル有力候補だ。

 そのオリアンとは、昨年10月にうれしいサプライズがあった。

 岩手県盛岡市でのW杯コンバインドを観戦に訪れた関川は、試合後に入った飲食店でオリアンを含むフランス代表チームに遭遇。オリアンに用意していたプレゼントを渡し、記念撮影をすると、フランス代表チームのメンバーからフランス代表ジャージーが関川に贈られた。

【語彙力も豊富な16歳】

 オリアンとの出来事が「BJCに向けて1年間ずっとトレーニングしてきた」という関川のモチベーションを刺激した。ともすると目標を見失いがちになる日々の練習に真剣に向き合えたことで、さらなる成長につながったのだろう。

 ただ、現状で関川がパリ五輪メダル候補と打ち上げるのは大仰だろう。ボルダリングに関しては世界の一線級と渡り合えるポテンシャルを秘めているものの、パリ五輪で実施されるスポーツクライミングの種目は<ボルダリング+リード>と<スピード>の2本立てだ。

 関川がパリ五輪を本気で狙うには、リードの実力を二、三段上げる必要がある。それでもこの1、2年の関川の成長曲線を踏まえれば、国内ユース大会で小学生だった頃から関川を見てきた者としては可能性を感じずにはいられない。


予選を1位で突破した16歳の安楽宙斗

 一方、安楽宙斗は予選を1位通過し、臨んだ準決勝ではライン下に沈んだものの、その実力はすでに"パリ五輪の日本代表最右翼"と言っても過言ではない。

 高校1年生の安楽は、昨年からシニア大会に出場しているが、昨年2月のBJCは33位、リードジャパンカップは9位。シニア大会ならではの距離感や強負荷の課題に苦戦した印象だった。

 だが、昨年11月に行なわれたボルダリングとリードの複合成績で争う「コンバインドジャパンカップ」に優勝。そして今大会も、予選では唯一4完登と成長の証を見せた。

 安楽のことも関川同様に小学生の頃から国内ユース大会で見てきたが、会うたびに体が大きくなる印象を受けた。そのたびに「身長が伸びた?」と訊くと「いや変わってないです」と笑顔で応じてくれたものだが、今大会も体つきがさらにしっかりした印象を受けて訊ねると......。

「今、身長は167cmくらいなので、2cmくらい伸びたのかな? もう背はあまり伸びてないですけど、フィジカルトレーニングをしっかりやるようになりました。専門的なものではなく、基本的なことをやっているんですけど、それを欠かさずやるようになったから、体つきが大きく見えるのかもしれませんね」

 安楽は小学生の頃から受け答えのしっかりした......というか、よくしゃべる子ではあったが、高校1年生ともなると質問者の意図を汲み取って返してくれる。客観的に状況を振り返る力を持ち、それを伝える語彙力も豊富なので、取材者にとってはこれほど楽な16歳はいない。

【加熱する日本代表争い】

 最終競技者として臨んだ準決勝では、1課題目、2課題目はゾーンも逃し、3課題目は8度目のアテンプトで完登。完登者ゼロに終わった第4課題はゾーンを獲得して1完登2ゾーン。これは優勝した楢粼明智と同じ成績だが、アテンプト数差で初の決勝進出は逃した。

 悔しかったはずだ。しかし、それに終始しないのが安楽らしさでもある。同学年で子どもの頃から切磋琢磨する仲間で決勝進出を果たした通谷律(かよたに・りつ/16歳/決勝4位)へのエールを送っている。

「(通谷)律にはボクの分まで頑張ってもらいたいです。律は僕より背は低いし、ウイングスパンだってボクは180cmを超えるけれど、律は170cmを超えるくらい。それでも決勝に進んだ。一緒に決勝を戦いたかったけど、律が決勝戦を戦うのはすごい刺激になるので、しっかり見届けたいと思います」

 安楽は予選や準決勝終了後に自身のクライミングについても的確に振り返ったが、その自己分析力の高さも安楽の飛躍を支えているものだろう。

 状況を把握し、登るためには何をどう変えるべきかを、限られた競技時間のなかで整理して課題に対峙していく。そして、それを次大会へとつなげられる。だからこそ、昨年1年間で大きな飛躍を遂げたのだ。BJCで手にした収穫と課題によって、安楽が今後さらに成長をどう遂げるかは楽しみである。

 スポーツクライミング日本代表選考会の第二弾は、2月25日〜26日に千葉県印西市で行なわれる「リードジャパンカップ」になる。女子の大本命は森秋彩(BJC4位)、男子は安楽を中心に楢粼兄弟やW杯リードの優勝経験のある樋口純裕(BJC15位)や本間大晴(BJC21位)が絡む展開が予想される。

 パリ五輪前年で重要な今シーズン、さらに加熱する日本代表争いに注目したい。