※この記事は2011年11月19日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第201回

　全国農業協同組合中央会（JA全中）の意識調査によると、未婚男女の約９割が、妻の手料理を食べたい、夫に手料理を作りたいと思っているということが、明らかになったという。(*1)

　まず、この記事をざっと読んだ時に、すごくゾッとした。とても気持ちが悪くなった。
　「じゃあ、夫の手料理は食べたくないの？」とか「妻に手料理を作りたくないの？」という疑問が浮かぶのは当然なのだが、僕はそれにもまして、この記事全体から気持ち悪い悪意のようなものがにじみ出ているような感覚にとらわれた。
　どうやらこのアンケートはJA全中の「みんなのよい食プロジェクト」(*2)の一貫として行われたようだ。ここにニュースレターとして、このアンケートの細かい結果が掲載されていたので拝読した。(*3)

　うーん。思った通り気持ち悪い。
　なにが気持ち悪いかといえば、すべての質問において、手料理を作るのが女性で、食べるのが男性という、今時珍しいほど露骨にジェンダーバイアスのかかったアンケートなのである。
　例えば、「料理に対する心配」という項目を男女に質問しているのだが、女性の側の選択肢が「料理をほぼ毎日作るということ」「栄養バランスがとれるかどうか」「作れる料理が少ないこと」「美味しく作れるかわからない」などが並んでいる。
　その一方で、同じ項目での男性側の選択肢は「栄養バランスがとれるかどうか」「自分好みの味付けかどうか」「料理をちゃんと作ってもらえるか」「おいしく作ってもらえるかわからない」などと並んでいる。
　「栄養バランスがとれるかどうか」は同じだが、その他の項目が全て「女性は料理を作る側」で「男性は料理を食べる側」という前提の項目しかないのである。
　かつて「私作る人 僕食べる人」というインスタントラーメンのキャッチコピーが、ジェンダーの押し付けであると批判されたことがあったが、それがちょうど僕の生年である1975年。そこから36年経ってもこうした露骨なジェンダーバイアスのかかったアンケートが実施され、普通のどころか、ともすればなにか「妻の夫に対する愛情」みたいな解釈のニュースとして報道されるのだから情けない。
　こうしたアンケートだから、当然そこから出てきた調査結果は「妻の手料理を食べたい/夫に手料理を作りたい」という気持ちの悪い結果になるのは、当たり前の話であろう。

　そして、気持ち悪さが全開になるのが、この項目である。
　男性には「結婚する相手に自分の家庭の味を覚えてもらいたい」かどうかと聞き、女性には「結婚する予定の相手の婚約者の母親から料理を教わりたい」かを聞いて、この結果を「婚約者に自分の家庭の味を覚えて欲しいと思う男性/相手の家庭の味を覚えたいという女性、ともに「思わない」の２倍以上」とまとめている。
　えーと、「家庭の味」と言っているけれども、これって夫側の「家の味」だよね。
　これは僕の勝手なイメージに過ぎないのかもしれないけれども、「家庭の味」というのは、家族が生活していく中で、家族それぞれの好みや、そのライフスタイルによって、結果的に生み出される味こそが家庭の味じゃないのかな、と思う。
　この味が好きだの、ピーマンは嫌いだの言い合ったり、好きな物を作ったり嫌いなものでも工夫して食べさせたりと、お互いの顔を見ながら試行錯誤することによって、家庭の味というものが成立するのではないだろうか。その結果として、レトルトカレーや近所の肉屋のコロッケが家庭の味になるかもしれないにしても、そこで産まれる家族のコミュニケーションこそが重要なのではないか。
　しかし、夫の家のコピーをする「家の味の継承」ということになると、味付けは夫の家族の好みに固定されてしまうわけで、その味が果たして家族の好む味なのかどうかという家族間の試行錯誤は失われてしまう。妻は味覚を夫の家に合わせるしかない状況で、果たして妻は楽しく料理をすることができるのだろうかと心配になってしまう。

赤木智弘の眼光紙背：第201回

　他の項目として、「妻となる自分の料理の評価が気になる人」という女性への質問項目があるが、トップが夫の84.0%なのはいいとしても、次が「生まれてくる子供」の19.0%ではなく、「夫の母」の37.3%というのは、やはりこのアンケートの「手料理」にまつわる文脈が「家族」のための手料理ではなく、「家」のための手料理であると理解されているからであろう。
　つまり、このアンケートは最初から終わりまで「妻が夫の家に入る。そして夫の家の味を守る」という結婚意識を前提にしかされておらず、その時代錯誤な性差別意識を「家庭」や「家族」という、あいまいな言葉でごまかし、それらを全て「手料理」という言葉に押し込めているから、こんなに気持ち悪いし、いくら悪意が滲み出るのだと、僕は読み取った。
　こうした悪意は、いつもであれば「家族の健康」とか「子供への食育」という言葉で薄められるのだろうが、このアンケートではそれがストレートに露呈してしまっている。

　僕も一人暮らしなので、普段は丼にご飯と適当な具を乗せるような料理とも言えない食事をしているのだが、時折、料理のようなことをする。ちなみに、これを書いている合間にぶり大根を作り「もう少し砂糖とダシを多めにすればよかったな」と反省をしている。
　ひとりでも料理を作ったり、それを誰かに食べてもらいたいと思うのは、それが自分にとって楽しかったり嬉しかったりするからだろう。それは単純に自分本位ということではなく、他者への愛情を示せることもまた、当人にとっての喜びでもあるということのはずだ。
　しかし、手料理ということが「家の味を妻の務め」であるかのような、このアンケートの向こう側には、楽しんでいる女性の姿が全く見えない。ただ、夫のために、ひいては家のために「お母さん」的な料理をつくるだけの存在に思えてしまい、とても重苦しい。
　そして、こうしたアンケートに対して、正面から異を唱える人がいないという現状に、僕はまたゲンナリとしてしまうのである。

*1：時事ドットコム：男女９割「結婚後は手料理を」＝外食中心で不安も－ＪＡ調査 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201111/2011111400022
*2：みんなのよい食プロジェクト（全国農業協同組合中央会）http://www.yoi-shoku.jp/
*3：手作り料理と味の伝承に関する意識調査（全国農業協同組合中央会）http://www.yoi-shoku.jp/guide/pdf/newsletter_07.pdf