一見すると普通の新交通システムだが、実は“浮上“している「リニモ」(筆者撮影)

東京・大阪と並び立つ日本三大都市の1つ、名古屋市。それを抱えている愛知県の鉄道網は、当然のごとく名古屋を中心に回っている。前回(2021年1月19日付記事「『赤い電車』と言えば名鉄、愛知ご当地鉄道事情」)で取り上げた名古屋鉄道にしたって、見方によれば名古屋駅を中心に放射状に路線が延びていると言えなくもない。

そしてこの名古屋駅、地元では“名駅”などと呼ばれ、地名にすらなっている。それだけ名古屋駅というターミナルのインパクトは愛知県の中心的存在であるといっていい。というわけで、愛知県の鉄道の旅(名鉄以外)を名古屋駅から始めようと思う。

昔はポツンとあった名古屋駅

いきなり東海道線に乗り込みたいところだが、まずは名古屋市内へと繰り出していく。名駅、名古屋駅周辺は実に繁華な一帯で、ここが名古屋の中心なんだろうなと当たり前に思ってしまう。金時計・銀時計の待ち合わせスポットは名古屋人なら知らぬものはないし、実際そのあたりは絶えずたくさんの人であふれている。が、名古屋市の本来の中心は名駅ではないらしい。

それは古い地図をみれば一目瞭然で、天下のシャチホコ名古屋城を中心とする城下町から外れた西側にポツンと名古屋駅が設けられた。主要都市ではよくあるパターンで、たくさんの人が暮らしている中心市街地から少し離れたところにターミナルが置かれるのだ。そうなると、ターミナルから市街地へのアクセスが必要になってくる。最初期は徒歩だが、のちに路面電車が登場する。そして現代になると地下鉄がその役割を果たすのだ。

名古屋市の中心市街地(繁華街でいえば錦や栄がそれにあたる)と名駅は、2本の地下鉄で結ばれている。名古屋市営地下鉄東山線と桜通線だ。このうち東山線は名古屋市で初めての地下鉄で、1957年に名古屋―栄町(現・栄)間で開業した。東京・大阪以外では初の本格的な地下鉄、そして戦後に開業した路線としても東京の丸ノ内線に次ぐ2番目。全国各都市で地下鉄建設が進んだのは1970年代以降のことだから、さすが名古屋はわが国で第三の都市なのである。


名古屋市営地下鉄東山線は市の中心部を東西に結ぶ大動脈(筆者撮影)

このほかに名古屋の地下鉄は市街地を取り囲むようにぐるりと一周する名城線、その名城線から延びる名港線、名鉄犬山線・豊田線と直通する鶴舞線、そして名鉄小牧線直通(というより小牧線の中心部乗り入れ用)の上飯田線があって、全部で6路線。東京・大阪に次ぐ路線数で、やはり第三の都市らしい規模を持っている。

では、東山線に乗って終点を目指すことにしよう。繁華街の栄や東山動植物園でおなじみの東山などを抜けて郊外へ。終点は藤が丘駅という。そして藤が丘駅からはちょっと特殊な乗り換え路線が待ち受けている。愛称“リニモ”、正式名称は愛知高速交通東部丘陵線という。

このリニモ、日本では唯一となる磁気浮上式の営業路線。磁気浮上式というと、目下建設中のリニア中央新幹線と同じ方式だが、最高速度は時速100kmでの営業運転である。沿線には2005年の愛知万博の会場があって、そのアクセス路線として建設された。未来感のある乗り物で万博に行こう、というわけである。浮いているとはいっても言われなければ気が付かない。それは悪い意味でなくて、それだけ乗り心地が普通によいということだ。

中京圏の通勤通学路線

東山線からリニモに乗り継いでその終点の八草駅に着くと、またまた乗り換え路線が待ち構えていてくれる。


愛知環状鉄道線。高架区間が多いのが特徴だ(筆者撮影)

その名も愛知環状鉄道線。岡崎駅から高蔵寺駅まで、愛知県のほぼ中央部を南北に走る路線だ。東海道線と中央線を名古屋駅を介さず郊外で連絡する役割を持つ。そしてその途中には天下のトヨタ自動車の控える豊田市だ。そんな事情から、愛知環状鉄道線はトヨタ自動車の社員たちの通勤路線という個性を持っているらしい。沿線には大学や高校が多く学生の姿も目立つ。

愛知環状鉄道線にはもう1つ大きな特徴がある。それは、元国鉄の岡多線と未成線の瀬戸線がルーツであることだ。岡多線は岡崎―新豊田―多治見間を結ぶ予定の路線で、このうち岡崎―新豊田間が1976年までに開業していた。ところが、営業成績が振るわぬままに国鉄末期に廃止対象になってしまい、1988年に第三セクターの愛知環状鉄道線に転換。同時に新豊田―高蔵寺間が延伸開通して今の形になった。この延伸区間のうち、瀬戸市―高蔵寺間は未成線の瀬戸線がルーツだ。

そして、瀬戸線は勝川―枇杷島間の東海交通事業城北線のルーツでもある。愛知環状鉄道線は通勤通学路線として存在感を増しているが、城北線はいまひとつ。名古屋という大都市近縁を通り、全線にわたって高架・複線という立派な施設を持つが、肝心の車両が非電化のディーゼルカー。列車本数も日中は1時間に1本と極めて少なく、つまりは都市部を走るローカル線。このあたり、自動車産業が盛んで圧倒的な“クルマ社会”の愛知県ならではといっていい。


バスなのに鉄道、というややこしさを持つ「ゆとりーとライン」。乗り心地はもちろんバスだ(筆者撮影)

クルマ社会の中で鉄道が生き延びるとなると、あの手この手を繰り出していくしかない。高架複線非電化という城北線もそうだし、磁気浮上式のリニモもその一例。さらに大曽根から小幡緑地までを結ぶ「ガイドウェイバス」という特殊な乗り物もそうした事例の1つだ。この乗り物、一見するとバスである。

いや、一見すると、どころか本格的にバスである。実際に小幡緑地から先はどこにでもあるような路線バスとして一般道を走っている。しかし、大曽根―小幡緑地間は違う。高架の専用施設の上を路面上に設けられたガイドに沿って走る新交通システムだ。

車両はガイドに従って走るので運転手はハンドル操作をする必要がないという。法律的には軌道法に準拠しており、つまりは鉄道の仲間だ。小幡緑地からはそのまま一般道に出て路線バスになるから、鉄道とバスのいいとこ取りをした乗り物とでも言うべきか。路線バス区間と合わせて「ゆとりーとライン」と呼ばれている。

SLが走った新興路線

このあたりで名古屋駅に戻ろう。東海道新幹線がひっきりなしに発着する名古屋駅からは、これまた個性あふれる路線が出ている。臨海部へ向かう第三セクター路線、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線だ。2004年開業、ポートメッセなごや、リニア・鉄道館、レゴランドなどへのアクセス路線であり、途中にある名古屋貨物ターミナルまでは貨物列車も走っている。


沿線にレジャー施設が集まるあおなみ線(筆者撮影)

歴史的には東海道線貨物支線の西名古屋港線がルーツで、さらに2013年には河村たかし名古屋市長の肝いりで蒸気機関車の実験運行も行われている。都市部の新興路線でSLとは違和感たっぷり。河村市長はあおなみ線で定期的にSLを走らせて観光の目玉にしようと考えていたようだ。だが、そもそも都市部ではSLの煙や騒音は沿線住民にとって厄介者。そのほかさまざまな難題があって実験運行以来SLは走っていない。

このあたりで肝心のJR東海の路線の旅もしなければならぬ。愛知県を走るJR線は東海道線を軸にいくつかの路線が分かれているとイメージすればわかりやすい。東海道線は豊橋―岡崎―名古屋―尾張一宮ときて、木曽川を渡って岐阜県に入る。ほとんど名鉄名古屋本線と重なっている。違うところは豊橋―岡崎付近。東海道線は三河湾沿いを通って蒲郡などを経由する。


東海道線は愛知県内の地域輸送でも主役級。普通・快速・新快速・特別快速がある(筆者撮影)

豊橋駅では豊橋鉄道の市内線と渥美線、そして秘境路線としておなじみのJR飯田線に乗り換えられる。

飯田線は愛知県内においても比較的山間部を通っていて、その後の秘境への入り口として申し分ない。ただ、飯田線全体の中で見れば愛知県内は“大都会”の部類。豊川市や新城市を通っており、長篠の戦いでその名が知られる長篠も飯田線の沿線にある。

東海地方初の鉄道路線

この飯田線を分ける豊橋駅から西はしばらく分岐路線がなく、三河から尾張に入ってすぐの大府駅からは知多半島に向かう武豊線。この武豊線、現在では目立たない支線のような位置づけになってしまっているが、実は東海地域では初めての鉄道路線という金字塔である。


武豊線は愛知県内のみならず東海地方でも最も古い鉄道だ(筆者撮影)


特急「(ワイドビュー)しなの」。名古屋と松本・長野を結ぶ(筆者撮影)

開業したのは1886年。武豊港から鉄道建設資材を運ぶために設けられた。当時、東西を結ぶ幹線は内陸の旧中山道に沿ったルートを予定しており、武豊から岐阜あたりまでが完全に支線となるはずだったのだ。結果的に東西幹線は現在の東海道線となって、武豊線は東海道線の支線として今に続く。ちなみに、武豊線の亀崎駅は日本最古の木造駅舎だとか。真偽のほどは不明だが、実際に歴史を感じる駅舎なので一度訪れてみても損はない。

名古屋駅からは中央本線と関西本線が出る。中央本線は山間部に入って木曽路を進み、塩尻では東京駅からやってくる中央本線とぶつかる。さらに特急「(ワイドビュー)しなの」も走っていて、名古屋と松本・長野を結ぶ広域輸送路線だ。ただ、同時に愛知県内では千種や大曽根といった名古屋市の中心近くを通って地域輸送としても活躍。日中は1時間に8本(うち3本が快速)という過密路線でもある。

関西本線は“関西”の名がつくが、三重県内の亀山駅でJR西日本へと明け渡し、さらに電化区間も亀山駅で終わるので実際に関西に行く列車は1本もない。むしろ、快速「みえ」や特急「(ワイドビュー)南紀」など、伊勢方面や紀伊半島へのアクセス路線としての印象が強いだろうか。愛知県内では金魚の産地で名を成す弥富市などを通っている。


関西本線名古屋―亀山間は電化区間。愛知県内は参宮線や紀勢本線直通列車も走る(筆者撮影)

関西本線のつらいところは、伊勢方面へのアクセス(つまりは伊勢神宮参拝などを想定している)においてはまったく近鉄と競合しているところだ。近鉄名古屋線は愛知県内でほぼ関西本線と並行。地域輸送でも都市間輸送でもどちらかというと近鉄が優勢で、きってのクルマ社会で2路線競合はなかなかつらいものがありそうだ。

クルマ社会の鉄道路線網

と、これでひととおり愛知県の鉄道の旅は終わりである。以前、名古屋市内の熱田神宮近くの大通りを歩いていたときに、日中なのにほとんど人通りがなくて驚いたことがある。地下鉄の駅も近いのにまるでゴーストタウンじゃないか、と思った。

そこで道沿いのラーメン屋に入ったらほとんど満席だったのだ。広い駐車場にはクルマがズラリ。駅から降りて歩いて飯食って、というよりはクルマに乗って移動するのが日常ということなのだろう。それだけのクルマ社会の愛知県でも鉄道は果敢に緻密なネットワークを築いている。

JR線はもちろんのこと、巨大私鉄あり地下鉄ありリニアありそしてバスっぽい新交通システムあり。愛知の鉄道は実に多様性がある。地元で暮らすみなさまはともかく、東京や大阪などから愛知県を訪れるならば、個性豊かな鉄道を楽しんでみるのもいいのではないだろうか。