SNS社会でなりすましは不可能! “文章の指紋”による高度な解析法を言語学者が解説
一見すると匿名に見えるSNS社会。デジタルの文書なら、なりすましなんてカンタ〜ン♪ なんて思っていませんか? いえいえどうして。最近の技術を使えば、すぐに誰が書いたか判明してしまうとか。だから、軽い気持ちで書いたひと言が、巨額な損害賠償請求の騒動になる可能性も……。情報社会の最新事情を解説。心して読んで!
他者になりすますことはまず無理
私たちの生活にすっかり溶け込んでいる、パソコンやスマホなどといったデジタル機器での文書作成。手書きと違い、なんとなく体裁が整ったように見え、個性が消える感じもする。
「いえいえ。実は手書きよりも、デジタル機器で作成した文書のほうが、その人の人となりが表れやすいんですよ」
こう語るのは、言語学と法学を専門とする明治大学教授の堀田秀吾さんだ。堀田さんが続ける。
「ですから、インターネットやSNS上で他者になりすますことは、まず無理です。匿名で誹謗中傷を書いても、すぐに身元がバレて、名誉毀損で訴えられたりしますからね」
例えば、ほかの人のLINEアカウントから本人になりすましてメッセージを送ったり、インターネットの掲示板で他人のふりをして書き込んだりした場合、いくらなりすました人の特徴をまねしていたとしても、専門家からは「これは本人ではない」と見破られてしまうという。
「スマホやSNSの普及によって、筆跡を偽るようにメールやメッセージアプリ上で、他者が本人を装うことが珍しくなくなりました。そういった行為が数多くの刑事事件、民事事件で散見しており、私たちのような言語学者に、本人か否かの解析を依頼するケースが増えています」(堀田さん、以下同)
交際していた女性を殺害した男性が、女性のメールから本人になりすまして、家族に「心配しないで」という趣旨のメッセージを送ったところ、その文言から足がついたというケースもあるとか。
“文章の指紋”がカギ
それにしてもいったい、どのようにして鑑定をするのか? 筆跡ならまだしも、デジタル上に記録された文言となると、いくらでも装えそうなもの。
「みなさんの文章には長年培われてきた“癖”があります。句読点のタイミングや助詞の使い方など、それぞれに個性があるんですね。われわれの世界では、“文章の指紋”と呼んでいるのですが、個人の文章の特徴を集め、アルゴリズムやビッグデータ解析などによって、その人にしかない特徴を浮き彫りにすることができます。
また、日本語は“ひらがな” “カタカナ” “漢字” “アルファベット”を使い分ける言語なので、その組み合わせに非常に個性が出やすい。デジタルで作られた文章だからこそ、手書きより条件が安定しているため、解析がしやすいのです」
確かに、Aさんのメールは硬い表現や挨拶が多いとか、Bさんは幼稚な言い回しやニュアンスが多いという具合に、人の文章を見返してみると、“人となり”ならぬ“文字となり”のような個性がある。
堀田さんによれば、こういった癖は文章の長短にかかわらず「必ずある」という。
興味深いことに、子どもを装って漢字の部分を意図的にひらがなに変えても、前述のように助詞の使い方などを統計的に照らし合わせることでウソが発覚してしまうとか。
また、アルファベットを使用する英語においても、アラブ人を装って書いた文章が、実はアメリカ人によるものだと発覚したケースなど、文章のなりすましは、海を越えて横行している。
それゆえ、“文章の指紋”による解析は極めて精度が高く、研究も日進月歩で行われているのだ。ネット上だからといって、安易になりすましやウソがつけると思ったら大間違いというわけ。
匿名性が高いほど雄弁に
当然、ヘイトスピーチに代表される匿名での悪口も、気をつけなければならない。
2018年1月には、プロ野球・横浜DeNAベイスターズの井納翔一投手が、妻に対するネットの書き込みに対し、本人を特定し約200万円の慰謝料を請求したケースがあった。
使用しているパソコンのIPアドレス(電話における電話番号のようなもの)以外にも、“文章の指紋”が本人特定の証拠になる可能性は高い。
「“匿名性が高いほど人は雄弁になる”という科学的エビデンスもあります」
そう堀田さんが指摘するように、人は匿名だからこそ過激になったり、粘着質になったりしがち。匿名を傘に、調子に乗って打ち込んだ誹謗中傷が、思わぬ落とし穴につながるのだから、ネット上においても、もはや“口は災いのもと”だと自覚すべし。
「すぐ廃棄できる手書きのメモと違い、LINEなどのメッセージは文章がデジタル上に残ります。消去しても、回復することができる場合もあります。IPアドレスと同じく、“文章の指紋”という言葉がより浸透して、“インターネット上でも完全な匿名やなりすましはありえない”という認識が広まるといいのですが」
行為の批判ではなく、人格の批判などをすると名誉毀損と見なされる。たとえ事実を言っただけだとしても、人格を否定するようならアウト。
SNS投稿、ウェブサイト・掲示板に掲載したことで個人の名誉が害された場合、慰謝料の相場はどれくらいなのか。弁護士の猿倉健司さんはこう説明する。
「高い場合は100万円程度ですが、通常は数十万円程度であることが多いように思います。もっとも、嫌がらせを含み、1年以上にわたるなどのケースにおいては、200万円の慰謝料が認められた例もあります」
また、相手が著名人となると、
「100万〜300万円の慰謝料になることもあり、会社・法人の信用を毀損したような場合には、300万〜500万円の損害賠償が認められることもあるようです」
という具合に、授業料ではすまない結果となることを覚えておくように。ネットを使った陰湿なイジメや陰口なども、取り返しがつかないことになる。
さらには、海外ではこんな対応も。
「イギリスではすでに、保険会社が言語学者を専任で雇うことがあります。他殺にもかかわらず、自殺を装わせるために犯人自らがパソコンで遺書を書くような保険金詐欺が少なくないんですね。そういった詐欺を暴くために、言語学者に分析を依頼するわけです」(堀田さん、以下同)
ここ日本では、2019年1月13日から相続法が改正されたことで、自筆証書遺言の目録部分をパソコンで作成することが認められるようになった。デジタル時代に呼応するように、今後はさまざまなことがインターネット上で行われるようになるはず。
だからこそ、覚えておいてほしいのは、すでにネット上ではウソをつけなくなっているということ!
「そもそも文体分析は、贋作も多数存在するシェークスピアなどの作品を“これは本物か否か”といったことを研究してきたような、数百年も前からある学問です。むしろ世の中がデジタル化したことで、より判明しやすくなったともいえます」
伝統的な学問だからこそ、ネット社会の闇を突くことができるというのは、なんとも興味深い話ではある。
「ネットで匿名だから大丈夫」──。そんな考えは通用しなくなっていることをお忘れなく!
(取材・文/我妻弘崇)
●PROFILE●
堀田秀吾(ほった・しゅうご)さん
1968年、熊本県生まれ。明治大学教授、法言語学者。言語学や法学に加え、社会心理学、脳科学の分野にも明るく多角的な研究を展開。テレビ番組のコメンテーター、法律事務所や芸能事務所の顧問も務めるなど多岐にわたって活躍中。著書に『このことわざ、科学的に立証されているんです』(主婦と生活社)など。