スティーブ・ジョブズ氏との共通点も垣間見えた(写真:AP/アフロ)

9月20日、ネットフリックス(NetFlix)が新番組「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」(原題/Inside Bill's Brain: Decoding Bill Gates)を全世界に向けて配信開始した。

Decodingとは、解読するという意味である。3つのパートから成り立ち、全部で157分ある。ここから先はネタバレを含むのでこれから視聴を予定している人は読み進めないことをおすすめしたい。

ネット配信ならではの自由度で編成された3つのパート

パート1は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が積極関与をしている世界のトイレ問題。そこに挟み込むようにビル・ゲイツと、2人の娘を生んだ母親の話が描かれている。貴重な幼少の時期の映像も象徴的だ。

パート2では、いかにしてマイクロソフトができ、ビル・ゲイツが成功を収めたのか、というほか、共同創業者のポール・アレンとの絆について語られている。そしてパート3では、二酸化炭素排出問題と、それに伴う原発エネルギーとの戦いと、終わりが見えないポリオ撲滅作戦。そして夫婦について深堀りしている。

制作は、2006年に映画『不都合な真実』でアカデミー長編ドキュメンタリ賞を受賞したデイビス・グッゲンハイムである。彼の作品の「ER緊急救命室」も大好きな作品だ。彼自身がビル・ゲイツに寄り添い、インタビューをしている。もちろん出演も。そして彼自身が、この番組のストーリーテラーでもあり、ナレーションも担当している。

音楽はDhani Harrison&Paul Hicks。Dhani Harrisonはビートルズのジョージ・ハリスンの長男である。一度も音楽が映像に勝つことがない自然な音作りだ。でも重要な役割を担っていることを節々で感じる。とくにビル・ゲイツが感情的になっているときの音作りは絶妙だ。

パート1からパート3までは各50分程度である。程度というのはその回によって長さが違うからだ。放送時間がきっかりと決められている地上波テレビ番組ではなく、ネット配信番組ならではの自由度と言えるだろう。

筆者は、配信から2日間でこの3パートを2回見た。そして、ある結論に至った。「これまでビル・ゲイツという人物を大きく勘違いしていたのかもしれない」と。

筆者はアップルが好きでスティーブ・ジョブズに傾倒しているせいもあるだろう。マイクロソフトのビル・ゲイツはビジネスライクなビジネスマンだと勝手に思っていた。学生時代には『ビル・ゲイツ未来を語る』(アスキー出版)を読んだこともあるが、心に響くほどではなかった。

彼が創設したマイクロソフトがブームを起こしたWindows95が発売されたときも「しょせんアップルOSのパクリ」と思っていたが、この番組をみて、それが大きな間違いであることがわかった。

彼は生粋の分析家でプログラマー。さらに問題解決のプロである。

筆者は彼の財団の仕事をほとんど知らなかった。金持ちの道楽や税金対策だと単純に思っていたが、それは大きな間違いだった。筆者の思い違いというか、情報を正確に捉えていなかったのだ。そもそもそんな機会があまりなかった。

ビル・ゲイツの素顔

この番組でわかったのだが、ビル・ゲイツは自らの頭脳と時間を懸命に使い、問題を解決しようと必死である。「天才の頭の中:ビル・ゲイツを解読する」は、その手法や考え方が克明に描かれているドキュメンタリーなのだ。

あとは彼の生い立ちも初めて知った。母親との確執や最終的には母への大きな愛情も肌で感じられる。彼の妻であるメリンダ・ゲイツの活躍も初めて映像で観ることができた。実に聡明で理想を実現するために精力を注いでいる。そしてメリンダ・ゲイツの目線からの夫婦の価値観も実に興味深い。

2人が抱えていた問題も赤裸々に描かれている。これは女性にもぜひとも見てもらいたい側面だ。筆者も女性の気持ちがわからないほうの人間だ。だからこそ感じることがある。

ビル・ゲイツの姉妹なども出演しており、ビル・ゲイツという天才がいかにして作られたのか、そしてその時々に何を感じたのかが立体的に見える。

ビル・ゲイツ夫妻が肌で感じているのは、生まれてきた場所が違うだけで、死にゆく命があるということに対する憤りだ。不衛生問題とポリオはそれを肌で実感させられる。ビル・ゲイツ自ら汚水から抽出した水を飲むシーンには驚かされた。よくある政治家のポーズとは違う。

このドキュメンタリーで実感したのは、ビル・ゲイツは、本当に困難に立ち向かうのが好きだということ。「問題をどうやって解決して行くのか」「頭脳明晰な彼はどう考えるのか」。そのプロセスは、ビジネスにも非常に有効だ。

たぶん、マイクロソフトでも同じような手法で問題解決をしてきたのだろうと思う。その速度が財団ではちょっと遅いと感じているのだろう。そこがプログラミングとは違う現実社会の難しさだ。

ビル・ゲイツは、とにかく本を読む。

膨大な資料をインプットして、論理的に分析する。その連続だ。この冒頭でもびっくりさせられる。デイビス・グッゲンハイムが訪ねていったとき、ビル・ゲイツはミネソタ州の予算を読んでいた。ほかにも37の予算資料があったという驚きだ。L.L.Beanのトートバッグに山のように書籍を詰めて仕事場に向かう姿が印象的だ。

そのほかにもビル・ゲイツには驚かされることが山のようにある。あるプロジェクトの協力を得るために自ら大学にメールをすることである。しかも返答が得られないこともあるというから驚きだ。天下のビル・ゲイツのメールに返答をしない人がいるものだとびっくりする。

番組の中でビル・ゲイツはこんなことを述べた。

「革新的なビジネスだけがボクが何が何でもやりたいって思うものではないんだ。リーダーシップやビジョンがなければ実現しないことをあえてやる。そのリスクのレベルを上げてみたい」と。

世界有数の金持ちもリスクをさらに上げながら前進していることがわかる。そして今ある資金も決して潤沢ではなく不十分であることを述べている。

ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズは似ている

この番組を見ながらある映画を思い出した。2017年公開の『ボルグ/マッケンロー氷の男と炎の男』(原題/Borg McEnroe)である。

テニスの貴公子でアイスマンと呼ばれたビョルン・ボルグと、つねに汚い暴言を吐きテニスラケットを地面に叩きつける、嫌われ者のジョン・マッケンローを描いた映画だ。

伝説の1980年のウィンブルドンのセンターコートでの死闘を克明に映像化している。これを観るまで筆者は知らなかったが実は、ボルグも気が短くマッケンローと同じなのだと。最近フェデラーの書籍を読んでいるが、彼も以前は非常に気が短かった。そう、ボルグとマッケンローは似た者同士なのだ。

そして、ビル・ゲイツもスティーブ・ジョブズも似ているのではないかと思うようになってきた。気が短く、なにかに没頭したら止めることができない。若い頃の話だが部下に汚い言葉を使うのも似ていると思う。

現在、ビル・ゲイツは63歳。スティーブ・ジョブズも同じ1955年生まれなので生きていれば当然のことながら同じ年齢だ。

生きていたら、このドキュメンタリーの中で対談が生まれていたのかもしれない。ジョブズの意志を継いだAppleも、環境問題には敏感で、使用電気のほとんどは再生可能電力だ。本社は100%。店舗なども同様だ。2016年には事業活動に用いる電力を100%再生エネルギーで賄う「RE100」にも参加を表明している。

番組を見ながら、放送作家という立場から思うことがあった。

この構成はどうやって考えたのかということだ。日本の番組の構成は丁寧というか、特殊だということを実感する。

このNetflixのドキュメンタリーは、BBCやナショナルジオグラフィックの番組構成と似ている。突然時代を飛び越えていく。展開が急な場面が多くある。ナレーションを入れたいと思ってしまうが、ちょっとした間で上手に展開してゆく。だが、真剣に見なければ理解ができなくなる感じだ。

夕飯を食べながら適当に見るストーリーではない。

予告編では、単純にQ&Aに答えている感じだが、それは、ほんの一端にすぎない。予告編で、好きな食べ物を聞かれてハンバーガーと答えているシーンがある。さらに本編ではカロリーゼロのコカコーラがいつも、ビル・ゲイツの傍らにある。

筆者はこんなことも思った。

「お金もあって名声もこれ以上必要がないビル・ゲイツが、なぜこのドキュメンタリー番組の出演を受けたのか?」「そんな時間があったら、彼の崇高な頭脳で問題解決をしたほうがいいのではないか?」と。

すでにビル・ゲイツは、日本で言うところの「情熱大陸」(TBS系、制作は毎日放送=MBS)やNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」などのような番組に出る意味はない。今以上有名になる必要性がないからだ。

ビル・ゲイツが取材を受けたいちばんの理由

1つはNetflixが世界190カ国に展開し、日本の人口を超える人々が契約をしていることにあるだろう。全世界で彼が問題視している課題とプロジェクトを理解してもらえる可能性がある。

もう1つは、演出家だろう。デイビス・グッゲンハイムは2006年に『不都合な真実』を公開している。元アメリカ副大統領アル・ゴアが、気象や環境問題のついてのプレゼンテーションをしながら、そこに彼の生い立ちや、どうして彼がそういう考えを持ったのか、そのプロセスを上手に料理している。

安い再現映像などは、この2つのドキュメンタリーにはない。今回の番組でも、少年時代をユニークなCGイラストで上手に表現。しかもビル・ゲイツや姉妹のコメントに上手にかぶせていて、感情移入しやすい。

そしてこの取材を受けたいちばんの理由は、ビル・ゲイツは自分のプロジェクトを成功させたいというケタ違いの執念だと思う。

トイレや汚水処理などの衛生問題、さらにポリオとの戦い。二酸化炭素排出量を減らすための原子力エネルギーの推進など、現在彼は、地球上で人類が直面する問題に立ち向かっている。そんな問題があることをぜひとも知ってもらいたいのだろう。

パート1で、心に刺さるコメントがある。ニューヨーク・タイムズ紙の記者ニコラス・クリストフがこんなことを述べた。

「ジャーナリズムの世界では、起こった事件を報道しがちだ。記者会見や爆発を報道する。日常起きていることは報道しない。日常の悩みごとなどは聞き逃してしまいがちだ。生活状況が改善されても取り上げたりしない」とトイレの便器が大きく映し出される。

確かにそのとおりだ。殺人事件や幼児虐待などセンセーショナルなニュースばかりであふれている。

でも、下水処理問題や二酸化炭素排出による地球温暖化のニュースのほうが、何億人もの人類に影響するのに、マスコミは放置している。油田への攻撃による大爆発はショックをうける。でも死者はいない。発展途上国のトイレ問題やポリオ問題は毎日大量の死者が出ているのだ。

ビル・ゲイツ自身が語る必要性があった

今回の番組への出演は、それらの問題を解決するためには、ビル・ゲイツ自身が語る必要性があると感じたからだと筆者は予想する。

あえてこの場で述べないが、パート3の最後の質問への回答は、非常に印象的だ。世界を変える男が、意外な一面を見せる。彼がいちばん大切にしているものに、心を打たれる。

この番組は、ビル・ゲイツのようなビジネスパーソンの成功を分析したり、その手法を描いたりしている物語ではない。彼の考え方や世界観を描いている映像だ。あくまで筆者の個人的な見解だが、このように157分に及ぶ映像ドキュメンタリーにビル・ゲイツが協力することは2度とないだろう。

今も彼は、自らに課した問題を解決するため、人類の欲望と戦っている。それに今後の人生のすべてを費やすだろうと思われる。筆者はこの原稿を書きながら多くのエネルギーを消費し、二酸化炭素を排出していることをちょっとだけ後悔している。とにかく知ってほしい。この地球上にある問題点を。ビル・ゲイツもそれをきっと望んでいるはずだから。