桜木紫乃さん 撮影/北村史成

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 LGBTという言葉のない時代に女性へと性転換し、現在も芸能界で活躍するカルーセル麻紀さん。そんな彼女の人生をモデルにした長編小説が、桜木紫乃さんの『緋の河』です。

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ほかの誰にも書かせたくない、“書き手の欲”

 同じ釧路出身のカルーセルさんが出版した自叙伝『酔いどれ女の流れ旅』に収録する対談の相手となった桜木さんは、対面した瞬間「この人を小説として書きたい!」という強い思いが生まれたと言います。

「麻紀さんと話していて、同じ街に生まれて、同じ中学に通って、同じものを見て育っていたんだと思ったら、これはもうほかの誰にも書かせたくない、と。“書き手の欲”というのに初めて気がついたんです」

 後日、小説として書きたい意思を伝えると、「まだ生きてるのに書きたいの? 変な子ねぇ」と笑われたそうです。

「麻紀さんに『フィクションで書くので、ウソなんですけど』と言うと、『いいわよ。そのかわり、とことん汚く書いてね』とおっしゃったんです。私は小説の書き手なので、虚構でしか書けない。

 だからなぜこの子がカルーセル麻紀になってゆくのかというところは全部自分で想像しました。釧路に生まれて家出をして、ゲイバーで働いて……という事実は話の筋として使っていますが、それ以外の出来事、出会った人、別れた人も含めて、すべて虚構で書いています」

逆境にも怯まず、明るく過ごす主人公

 主人公の秀男は、自分のことを「あたし」と言う、きれいな顔立ちをした小柄な男の子。兄ではなく姉と遊ぶことを好み、美しい人やものに惹かれ、女性のような言葉遣いをすることから、学校で「なりかけ」といじめられますが、決してひるまず、泣きもしない。自分は間違ってなどいない、「生まれ落ちたこの身体と性分をせめて自分だけは好いていたい」という強い信念があり、自分の居場所を自ら作っていきます。

「この小説は新聞連載だったんですが、読んだ麻紀さんから『あの話ってしたっけ?』と言われることがときどきあったんです。でも聞いてしまうと事実を書くことになるので、『言わなくていいです!』と申し上げて、聞かないようにしていました(笑)。

 でも私の想像が間違っていないとすれば、書いた甲斐がありますし、そう思ってもらえるくらいリアルな小説になっていたらうれしいです。見てきたようにウソを書いているので(笑)」

 幼い秀男は、初詣で会ったよい香りのする美しい女性にまた会いたいと、ひとり花街へと出かけ、そこで働く華代と出会います。女になりたいと言う秀男は、華代から「この世にないものにおなりよ」「そうじゃなきゃ、他人様にああだこうだ言われたまま人生終わってしまうだろう」という言葉をかけられます。そして初めて恋心を抱いた同級生に正直に気持ちを伝え、何でも話せる親友ノブヨとの友情を温めます。

「秀男はどんどん明るいほうへ行くし、悲壮感が全然ない。どうしたらそんなに強くなれるのか、その理由が知りたくて麻紀さんに電話をしたら、『あんた、そんな悩んでいる暇なんかなかったわよ!』と言われました(笑)。

 その言葉で、生きることの答えはここにあったんだと思いました。居場所は人から与えられるものではなく一生懸命、生きて自らたどり着くものなんですよね」

血の河を渡りながら、強く生きていく

 とにかく今作は書いていて楽しかったという桜木さん。「答えが知りたいと思って、常に原稿に向かっていました。そうやって頑張ると、原稿は応えてくれる。私が思いをぶつけたのではなく、書いているうちに出てくるんです。

 モデル小説の仕事って、本人が死んでも語らないことを書くことだと思いますし、それを麻紀さんが許してくださってるということに感謝しています。小説には『私は私になる』という言葉が出てくるんですが、これは書いていて出てきたものなんですよ。なのでこの本はとっても大事な一冊、書けてよかったと思います」

 タイトルは釧路の街を流れる川面を真っ赤に染める夕日、そして「血の川を渡った人」というイメージからなのだそう。秀男はひとつ河を渡るたびに強くなり、自分の生き方をしっかりと定めていきます。

「この本のサイン会にいらした方に、泣かれたことがあったんです。私は自分の書いたもので泣かれるとは想像していなかったので戸惑ったんですが、『秀坊のように、こんなふうに生きていいんですよね』と、その方から言われて、やっぱり小説というのは読む人が形を与えてくださるものであり、一冊一冊が違うものになるんだなと思いましたね。

 私も秀男の生き方を書いていたら、元気になりました。なのでこの本を読んで、一緒に元気になっていただけるとうれしいです。周りを変えていく人というのは、この世にちゃんと存在していて、人の気持ちをまっすぐ前へ向かせてくれるんです。秀男の誰よりも前向きな生き方、潔いですよ!」

ライターは見た!著者の素顔

 これほどの長編は初めてで、人生をどこまで描くのか、そしてラストシーンも書く前にしっかり決めて、続きのことなど全く考えていなかったという桜木さん。しかし書いているうちに楽しくなり、続きを書きたいと思って編集部へ打診、無事GOサインが出て、現在『小説新潮』に続編を連載中だそうです。また500ページ超の本なので、書店で手にしてビックリする方もいらっしゃるかもしれませんが、前向きな秀男の生き方にグイグイ引き込まれて、寝る間も惜しんで読みふけってしまうこと確実な一冊です。

(取材・文/成田全)