「数学の60年来の難問を、「不老不死研究」の生物医学者がこうして解き明かした」の写真・リンク付きの記事はこちら

シカゴ大学の学生だったエドワード・ネルソンが1950年に投げかけた、一見すると簡単そうな問題。この問題に数学者たちは、数十年にわたって頭を悩ませ続けてきた。

「グラフ、すなわち直線で結ばれた点の集まりについて考えよう」と、ネルソンは問いかけた。直線はみな同じ長さで、同一平面上にあるものとする。いま、すべての点に色を塗るが、連結された2点は同じ色にならないように彩色する。

では、この種のどんなグラフでも、無限個の頂点を連結して形成されたグラフでも、彩色するのに必要な最小の色の数はいくつだろうか。これがネルソンの問題だ。

多くの数学者を引きつける

現在は「ハドヴィガー=ネルソン問題」と呼ばれる、平面の彩色数を見つけるこの問題は、数多くの業績を残したことで有名な数学者ポール・エルデシュを含む多くの数学者の興味をかき立ててきた。

研究者らはすぐに、可能性を絞り込んだ。頂点が無限個ある、この無限グラフを彩色できる色数は、4、5、6、7のいずれかであるのを明らかにしたのだ。その後の数十年間では、ほかの研究者らが部分的な結果をいくつか証明したものの、色数の範囲については誰も変更できなかった。

そして、「現在生きている人間の寿命は1,000歳まで延びる」との主張で知られる生物医学・老化学者のオーブリー・デ=グレイ[日本語版記事]が2018年4月、科学論文のプレプリント投稿サイト「arxiv.org」に論文を掲載した。論文のタイトルは「平面の彩色数は5以上(The Chromatic Number of the Plane Is at Least 5)」である。

デ=グレイはこの論文のなかで、4色だけで彩色するのは不可能な単位距離グラフ(Unit distance graph:平面上ですべての辺が同じ長さとなるよう描けるグラフ)の構築方法を説明している。この発見は、この難問探求における初めての大きな前進を示すものだ。この難問が発表された直後を除き、解決につながる動きはこれまでほとんどなかった。

「わたしは並外れて運がよかったのです」と、デ=グレイは言う。「60年来の難問の解決法を考えつくなんて、日常でよくあるわけではありませんから」

オーブリー・デ=グレイは、彩色に少なくとも5色が必要な単位距離グラフを初めて見出した。IMAGE COURTESY OF AUBREY DE GREY/SENS RESEARCH FOUNDATION

愛好家が「数学の新たな側面」を増やす

数学分野の先駆者という意味では、デ=グレイはそれとはまったく無縁の人物に見える。彼は「老化を止める」技術の開発を目標とするSENS研究財団の共同創立者兼最高科学責任者を務めている。

デ=グレイが今回の平面問題の彩色数にたどり着いたのは、ボードゲームを通じてだった。オセロのプレイヤーだったデ=グレイは数十年前、同じゲームの愛好家だった数学者数人と知り合いになった。そこで数学者たちからグラフ理論を紹介されて以来、折に触れて考察している。

「たまに本職から離れて骨休めをする必要があるときには、数学のことを考えます」と、デ=グレイは言う。そして昨年のクリスマスの間、その機会を得たのだ。

プロの数学者ではない数学愛好家が長年の未解決問題に重大な進展をもたらしたのは、異例ではあるが、まったくない話ではない。数学の背景的知識がない主婦のマージョリー・ライスは、1970年代に科学誌『サイエンティフィック・アメリカン』に掲載された、平面に敷き詰められた五角形に関するコラムを偶然目にした。その後、ライスは最終的に五角形のリストに、新たに4種類の五角形を追加した。

エルサレムにあるヘブライ大学の数学者ギル・カライは、「プロでない数学者が大きな前進をもたらすのを目の当たりにするのは、愉快なことです」と話す。「数学的な体験には、多様な側面があります。こうしたプロではない数学者が難問に大きな前進をもたらすのは、さまざまな側面を増やします」

おそらく最も有名なグラフ彩色問題は、四色定理[日本語版記事]だろう。四色定理では、どの国もひとつの連続的な塊だとすると、最小で4色を使えば、どんな地図においても隣接する2国が同じ色にならないように塗り分けられるといわれている。

国の正確な大きさや形などは関係ないため、数学者らはすべての国を頂点で表す。2国が国境を接している場合には、対応する2頂点を辺で接続することで、四色問題をグラフ理論の世界に転換できる。

グラフ彩色問題の解説図。IMAGE BY LUCY READING-IKKANDA/QUANTA MAGAZINE

「モーザースピンドル」で独自のグラフを構築

ハドヴィガー=ネルソン問題は、これとは少し異なる。地図上にあると考えられるような有限数の頂点を考えるのではない。頂点が無数に存在し、その一つひとつが平面上の各点に対応するケースを考えるからだ。

2点がちょうど1単位の距離だけ離れていれば、その2点は辺で接続される。彩色数の下界を見つけるには、特定の数の色が不可欠な、有限個の頂点でできたグラフをつくればいい。これこそが、デ=グレイが成し遂げたことだ。

デ=グレイは「モーザースピンドル」と呼ばれる特徴的なグラフに基づいて、自身のグラフを構築した。モーザースピンドルは、数学者兄弟のレオ・モーザーとウィリアム・モーザーにちなんで命名されたグラフだ。これは、わずか7個の点と11本の辺で構成されており、彩色数が4となる。

デ=グレイは精妙なプロセスを通じて、コンピューターによる支援は最小限しか使用しなかった。そしてモーザースピンドルのコピー複数と、もうひとつ別の小規模な「点の集合体」を融合させ、4色では彩色できない20,425頂点の巨大グラフを構築したのだ。

その後、この巨大グラフを1,581頂点のグラフに縮小するのに成功した。4色で彩色できないものをコンピューターによるチェックで検証できたのだ。

デ=グレイの1,581頂点グラフ(高解像度版はここをクリック)。

彩色に5色が不可欠であるグラフの発見は大きな成果だ。しかし同じ性質をもつ、より小さなグラフを見つけることが可能であるか確認したいと数学者らは考えた。頂点がより少ない、もしくは最小の5色グラフを見つけるのは、ハドヴィガー=ネルソン問題に関するより深い洞察を研究者らにもたらす。同一平面上のすべての点で構成されるグラフを、彩色するのにぴったり5色(もしくは6色か7色)で十分である証明を可能にするかもしれない。

デ=グレイはカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校の数学者であるテレンス・タオに対して、数学の共同研究プロジェクト「Polymath(ポリマス)」で扱う問題の候補として、最小の5色グラフを見つける問題を提案した。

60年にわたる問題

Polymathは約10年前、ケンブリッジ大学の数学者ティモシー・ガワーズ[日本語版記事]が、数学分野での大規模なオンライン共同研究を促進することを目指して開始したものだ。Polymathで扱う問題に関する研究は公開で行われ、誰でも貢献できる。デ=グレイは最近、双子素数問題に関して重要な進展につながったPolymathの共同研究に関与していた。

タオによると、数学の問題なら何でもPolymathに適しているわけではない。だがデ=グレイの問題には、Polymathに向いている点がいくつかあるという。この問題は理解しやすく、容易に取りかかることができ、「4色で彩色できないグラフの頂点数を少なくする」という明確な成功の尺度が存在する。

するとすぐに、オハイオ州立大学の数学者のダスティン・ミクソンと共同研究者のボリス・アレクジーヴが1,577頂点のグラフを発見した。テキサス大学オースティン校のコンピューター科学者であるマライン・ヒュールは4月14日、わずか874頂点のグラフを発見した。4月16日には、頂点数を826にまで減らした。

こうした取り組みが、60年来のハドヴィガー=ネルソン問題がもう一度見直すに値するという期待をかき立てている。西オーストラリア大学の数学者であるゴードン・ロイルは、次のように語る。

「このような問題にとっての最終的な解決法は、何か途方もなく難解な数学のようなものかもしれません。あるいは単に、誰かの独創的なアイデアによって、多くの色を必要とするグラフが見つかるかもしれないのです」

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