子どもが"海外旅行"を喜ばなくなった理由

写真拡大

子どもが家族で行きたいのは、海外旅行より国内旅行――。博報堂生活総研が子ども(小4〜中2)を対象に調査した結果、家族旅行の行き先として国内を希望する子どもの率が過去最高となり、海外旅行の希望者はその約半数まで低下した。なぜ子どもは海外旅行に行きたがらないようになったのか。博報堂生活総研の酒井崇匡上席研究員が考察する――。(第3回)

■子どもは海外より国内旅行に行きたい

初めての海外旅行は何歳の時だったでしょうか。

博報堂生活総研が小4〜中2の子ども達を対象に20年前から実施している「子ども調査」によると、その年頃で既に海外旅行を経験している子どもの率は、1997年で22.7%、2017年で26.6%ほど。海外旅行の経験率では20年間で変化はそれほどないように見えますが、「海外旅行に行きたいかどうか」という観点では、大きな変化がありました。

「家族で旅行に行くとしたら、日本と外国どちらに行きたいか」という質問に対して、1997年の時点では、外国に行きたいという子が44.2%で、国内旅行をしたいという子ども(41.3%)をわずかに上回っていました。しかし、2007年には国内が僅差で海外を上回り、2017年には国内60.0%に対して海外30.5%と約2倍の差が開いています。

私は父親が海外に単身赴任していたこともあり、初の海外旅行は6歳とだいぶ早かったのですが、見知らぬ国でのできごとはどれも新鮮で、今でも鮮明に記憶しています。夏休みに父に会いに行くその旅行を私は楽しみにしていましたし、やはり外国という未知の世界に漠然とした憧れもあったので、大学生時代にもお金を貯めてバックパッカーをしていました。

一体なぜ、今の子ども達は海外旅行に目を向けなくなったのでしょうか。

■外国への憧れが減少している

他のデータも見てみましょう。「外国や海外旅行の話を知りたい」、「外国人と友達になりたい」、「海外留学をしたいと思う」といった項目が、軒並み過去最低となっています。海外旅行というより、海外そのものへの興味が減っているようです。逆に20年前の1997年は、海外旅行に行った経験のある子は今より少なかった一方で、外国の情報に対しての興味度は高く、海外旅行や留学にも行ってみたいし、外国人の友だちも欲しいという、憧れが強い時代だったということができます。

テレビ番組などのメディアでは、今でも毎日のように海外の情報は取り上げられますし、海外でディープな取材を行うバラエティー番組もたくさんあります。SNSには海外旅行の投稿があふれ、Googleストリートビューを使えば、その場にいるかのように海外の街並みを見ることができます。外国の情報が容易に手に入るようになったことで、海外旅行の敷居は低いものになっているはずですが、その一方で冒険心をくすぐる未知の部分や、憧れといった感情は薄らいでいるのかも知れません。

外国の人とのつながりという点でみても、「外国人と友達になりたい」という子は減っている一方、「外国人の友だちがいる」という子は徐々に増加しています。研究の中でお話をうかがった先生方の印象としても、首都圏の学校では外国籍の子が学年に1〜2人いるのは当たり前、という感覚だそうです。

マクロの統計としても、文部科学省の「日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」によると、日本語指導が特別に必要な外国籍の児童生徒数はこの20年間で約1.8倍になっています。また、同調査によると、日本国籍を持っていても日本語に不慣れで、特別な指導が必要な児童生徒も近年、急増しているようです。今の子ども達にとって、外国人と聞いてイメージするのは、見知らぬ国の人々のことではなくよく遊んでいる子のことであって、日常であるがゆえに特別な存在ではないのでしょう。

■海外に行くと、外国に目を向けるようになるか?

話を海外旅行に戻しましょう。全体としては子ども達の外国への興味関心が薄れたとはいえ、一度でも海外旅行をすると、子どもはまた外国に旅行してみたくなったり、留学をしてみたくなったりするのではないでしょうか。「子ども調査2017」の対象者を海外旅行経験の有無で分け、それぞれについて前述の「家族旅行に行くなら(国内より)外国に行きたい」、「海外留学をしたい」とする率を見てみましょう。

海外旅行経験がある子ども達のうち、48.1%は国内旅行より海外旅行がしたいと考えており、これは経験のない子ども達(24.3%)に比べると約2倍の値です。実際に海外旅行に行くとその魅力に気づく子ども達もいる、ということでしょう。

ただし、これは裏を返せば海外旅行経験のある子ども達でも半数は海外旅行より国内旅行がいいと考えている、ということでもあります。海外旅行が子ども達にとって絶対的に良いもの、というわけではなくなっていることが、ここからも分かります。

また、海外留学の意向を見ると、海外旅行経験のある子ども達は33.1%と、こちらも経験のない子ども達(20.8%)を上回っています。子どもが海外留学をしたいと思う動機や環境的な背景はさまざまなので、このデータだけをもって「子どもに海外に目を向けさせるために、海外旅行は有意義だ」と考えることはできませんが、せっかく連れていく親の立場としては、多少なりとも世の中を見る視野や、将来の選択肢を拡げるきっかけにしてくれれば、と感じるデータではありますね。

■内向きになっているのは子どもだけではない

外国に対して子どもの価値観はどう変化しているのでしょうか。「子ども調査」では「日本のことと世界全体のこと、どちらを第一に考えるべきだと思うか」という設問があります。1997年の段階では「世界全体のことが第一」という考え方が6割以上を占めていたのですが、2017年の調査で初めて「日本のことが第一」が逆転しました。

実はこのような傾向は子どもだけに限ったことではないのです。

博報堂生活総研で隔年で実施している「生活定点」調査によると、20〜60代男女の海外旅行経験率(出張を除く)」は2016年調査で73.0%となっています。20年前の1996年は60.7%なので、全体の経験率は徐々に上昇しているのですが、これは主に40代以上が牽引しており、20代、30代の経験率はむしろ減少しています。

また、価値観の点でも「世界の貢献よりも日本の利益を第一に考えるべきだ」という考え方がこの20年間で徐々に増加し、世界への貢献を志向する人は徐々に低下してきています。

価値観が内向きになってきているのは、子ども固有の変化なのではなく、むしろ日本人全体の変化なのです。そして、それは近年、世界各国で起こっている動きとも、重ねて見ることができそうです。

----------

酒井 崇匡(さかい・たかまさ)
博報堂 生活総合研究所 上席研究員。2005年博報堂入社。マーケティングプラナーとして、教育、通信、外食、自動車、エンターテインメントなど諸分野でのブランディング、商品開発、コミュニケーションプラニングに従事。2012年より博報堂生活総合研究所に所属し、日本およびアジア圏における生活者のライフスタイル、価値観変化の研究に従事。専門分野はバイタルデータや遺伝情報など生体情報の可視化が生活者に与える変化の研究。著書に『自分のデータは自分で使う マイビッグデータの衝撃』(星海社新書)がある。

----------

(博報堂 生活総合研究所 上席研究員 酒井 崇匡)