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●スマホ開発に不可欠なARM

ソフトバンクグループは昨年、3.3兆円をかけて英半導体設計大手のARMを買収した。スマートフォン向けCPUなどで豊富な実績を持つARMだが、ソフトバンクグループはなぜ、それだけ巨額の資金を投じてARMを買収したのか。またARMの買収によって、ソフトバンクグループは何を目指そうとしているのだろうか。

○大半のスマートフォンに採用されているARMの技術

これまで、英ボーダフォンの日本法人や米スプリントなど、大規模な企業買収を繰り返して大きな驚きを与えてきたソフトバンクグループ。だがそうした中でも最も大きな規模の買収となったのが、昨年買収した英ARMである。

ARMはCPUなどの設計を手掛ける企業で、その設計を、CPUなどを開発・製造するメーカーにライセンス提供し、ロイヤリティを得るというビジネスを展開している。それゆえ同社の設計を採用する企業には、スマートフォン向けのチップセット「Snapdragon」シリーズで知られる米クアルコムなど、非常に多くの企業が名を連ねている。

ARMの設計を採用したチップセットは多種多様な機器に搭載されているが、中でもよく知られているのは、やはりスマートフォンやタブレット向けのチップセットであろう。今やスマートフォンの9割以上はARMの設計を採用したチップセットを採用していると言われており、スマートフォン開発になくてはならない存在となっているのだ。

だがARMの買収と、これまでソフトバンクが巨額で買収した企業とを比べると、ある大きな違いが見られる。それは、ARMが経営不振に陥っているわけではないということだ。

ボーダフォンの日本法人やスプリントの買収は、日米の携帯電話事業への新規参入が主な理由である。だがそれ以前に両社とも、ソフトバンクグループに買収される以前は業績を大幅に落とし、経営不振に陥っていた。つまりソフトバンクグループにとって、買収は事業参入のチャンスをつかむだけでなく、経営を立て直し業績を回復させることで、売上を拡大させる余地があったからこその買収ともいえるわけだ。

だがARMに関して言うならば、半導体設計事業に参入するというサプライズはあるものの、経営は順調であることから、ソフトバンクグループが関与することで業績を大きく伸ばす余地は、あまりないように見える。にもかかわらず、ソフトバンクグループがあえてARMを買収したのはなぜなのだろうか。

ARMのどこに旨味があるのか

○IoT時代の到来を見越した買収だけではない

その主な理由として挙げられるのは、ソフトバンクグループが現在力を入れている分野の1つである「IoT」にある。

あらゆるモノがインターネットに接続するというIoTの概念が広まれば、インターネットに接続するデバイスの数は、現在のスマートフォンやパソコンの比にならない規模となる。だが一方で、モノがインターネットに接続するためには、モノ自体も携帯電話からスマートフォンに変化したときのように、モノ自体がコンピューター化する必要が出てくる。

あらゆるモノがコンピューター化した場合、スマートフォンと同じように、モノにもCPUやメモリ、通信機能などが内蔵される時代がやってくることとなる。そうなれば、ARMの設計を採用したチップセットが、スマートフォンからあらゆるモノへと広がることとなり、それに伴ってチップセットの販売拡大、ひいてはARMのライセンス収入拡大へとつながっていくわけだ。

しかもARMのCPU設計は省電力性に優れていることから、他社のCPUと比べIoTデバイスに搭載するのに適している。それだけに、IoTデバイスが広がるほどARMの業績が急拡大する可能性が高く、ソフトバンクグループはそこに目を付けてARM買収に至ったと見ることができるだろう。

とはいうものの、将来の売上拡大を見越しての買収に、3.3兆円もの投資をするというのはリスクが高いように思える。ソフトバンクグループがARMを買収したのには、売上の拡大だけでなく他にも大きな理由があると考えるべきだろう。

●羅針盤の役割を果たすARM

ARMはソフトバンクグループの羅針盤になる

ソフトバンクグループの代表取締役社長である孫正義氏のこれまでの発言などを振り返ると、ARMの買収が、ソフトバンクグループの将来に欠かせない存在であることが見えてくる。

孫氏はARMの買収に際して「10年来ずっと考えてきた案件」だったと話し、40年前にマイクロコンピューターチップの拡大写真を見た時、感動したというエピソードを話している。それだけARMの買収、ひいてはCPUの設計に自ら関わることが、孫氏にとって悲願だったようだ。

また孫氏はここ数年来、「シンギュラリティ」という言葉を口にするようになった。これはコンピューター、ひいては人工知能が人間の知能を超えることを指すが、孫氏はシンギュラリティを迎え“超知性”が誕生することで、高い知性を備えたスマートロボットが台頭するなど、人々の生活や産業のあり方は大きく変わると話している。

それだけに、ソフトバンクグループがCPUのコア技術を持つARMを傘下に収めることは、コンピューターの頭脳であるCPUのトレンドを知り、シンギュラリティの到来を知るだけでなく、それを踏まえた上で事業の方向性を決められるようになったと見ることができるだろう。ARMはソフトバンクグループの将来を導く“羅針盤”となる可能性が高いからこそ、巨額の資金を投じて買収するに至ったといえるのではないだろうか。

そしてARMを得たソフトバンクグループは、ARMから得た知見を基にしながら、設立したばかりの「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」を活用し、将来を見越して必要な技術を持つ企業に投資する狙いがあるものと考えられる。ARMの持つ資産や価値をどこまで生かせるかが、ソフトバンクグループの将来に非常に大きく影響してくるといえそうだ。