『お祈りメール来た、日本死ね』『ドラゴン桜外伝』モデルが考える新卒一括採用

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3月1日、新卒予定学生対象の会社説明会が解禁される。今年も学生たちが就職活動に本格的に乗り出すことになった。
夕方のTVのニュースでは、地味リクルートスーツを着た模範的な就活生を応援するフリだけするのだろう。若者の人生を鮭の放流みたいな季節の風物詩として扱うのがニュースなのだ。

いま、新卒対象の就職活動ってどうなってるのか? 海老原嗣生『お祈りメール来た、日本死ね 「日本型新卒一括採用」を考える』(文春新書)を読んでみた。


『エンゼルバンク ドラゴン桜外伝』キャラのモデル


著者は上智大学経済学部卒業後、メーカーを経て人材系企業で人事制度設計などに携わり、その後HRコンサルティング会社ニッチモ代表取締役。
ハードロックのコンサルタントってなんだろうと思ったが、最近はhuman resources(人的資源、人材、人事)をHRって略すのか。知らんかった。

海老原さんは、三田紀房『エンゼルバンク ドラゴン桜外伝』(講談社)に登場する転職エージェント「海老沢康生」のモデルだという。


同作が2010年にテレビ朝日で長谷川京子主演で『エンゼルバンク 転職代理人』としてドラマ化されたとき、生瀬勝久(NHK朝ドラ『べっぴんさん』での好演が記憶に新しい)が「海老沢康生」を演じた。

海老原嗣生の『お祈りメール来た、日本死ね』カヴァーの著者近影を見ると、面長で口角が上がっていて、なるほど生瀬勝久が演じるにふさわしい感じ。


煽情的な書名だけど……


本書『お祈りメール来た、日本死ね』の書名が、昨年「はてな匿名ダイアリー」に投稿されて話題となり、流行語大賞でさらに話題を呼んだ「保育園落ちた日本死ね!!!」からきているのは明らか。
おまけに帯の惹句が黒地(ブラック企業を想像させる配色)に白抜き&赤字で、
〈人事のみなさん、   〔←ここが白抜き〕
 結構恨まれてますよ。〉〔←ここが赤字〕

〈お祈りメール〉とは不採用通知のこと。末尾のテンプレート的表現〈今後のご発展を心よりお祈り申し上げます〉に由来する。
僕は世代的に、パソコンで打った紙の手紙だが、公募に応じて転職活動をしているときに「お祈り手紙」なら何度ももらったことがある。あれはたしかに日本死ねと言いたくなる。

これはずいぶんと怒りをかき立てそうな本だな、と思って手にとってみたら、まったく違った。
読んでみたら、広範なリサーチに基づいて、冷静に建設的な提言をしている本だったのだ。

「日本型」新卒一括採用を多面的に検討


著者はまず、なにかと比較されがちな日本と「欧米」(といっても国によっていろいろだが)の会社の採用基準の違いを確認するところから始める。

〈欧米は、職務をしっかり決め、それに合った人を採用する。
日本は、職務はあらかじめ決めず、基礎能力と将来性、そして社風に合うかどうか、で人を採用する〉(17頁)

同頁には〈社風に合うかどうか(=「肌合い」)〉とも書いてある。たしかに日本の新卒一括採用の基準には情緒的な側面がある。
しかし本書は、欧米を引き合いに出して日本の就活形式を批判する、ありがちな「出羽守」的批判をやる本ではない。

 著者は、〈すべての国の雇用システムは一長一短。万全なものはない〉(204頁)、という、冷静に考えてみれば当たり前の地点に立っているのだ。

日本で語られる偏った「欧米」観


日本型長時間労働の弊害を語るときに、欧州諸国の労働スタイルはワークライフバランスの点できわめて充実している、という話がよく出される。
しかし著者は、そういうときに日本の論者が触れることのない欧州的労働スタイルの負の側面を、本書でフランスの就職事情を例に詳しく紹介している。

たとえばフランスでは、学生のインターンシップがブラック化しがち、そもそも階層(+学歴)社会を前提にしている(つまり出世の可能性が低い)、職務(職種ではなく)で人を採用するのでキャリアや給与が上昇しない(つまり給与面で将来に希望を持ちにくい)、といった側面が、社会の停滞を規定しがちなのだ。

日本が欧米型雇用形態を導入するとしても、

〈・一生同じ仕事で給与も上がらないことに労働者が耐えられるか?
 ・一部のエリートにのみ特権的な待遇を与えることを、許せるか?
 ・何年経っても同じ仕事をしている社員を経営者が許せるか?〉(211-212頁)

という問が日本社会に突きつけられることになる。

昇格するのは、「次は俺か?」


欧米型雇用のデメリットとともに、日本型雇用の意外なメリットも指摘している。
「メンバーシップ型雇用」のメリットとして、役員が抜けても現メンバーのなかから昇格させる、それが玉突き状に繰り下がって、末端では新卒を採ることで欠員を補充する、同業他社から引き抜かない、という日本的な手法のよさがあるという。

〈役員がたった1人辞めるだけで、各事業部長が「次は俺か?」と色めきたち、空席の連鎖で、部長も「俺か?」、課長も「俺か?」と何階層の人たちが仕事に精を出すことになる〉〔94頁〕

「俺か?」「俺か?」(笑) たしかに……。

日本型採用のどこを変える?


とはいうものの、日本型採用のありかたに、社会の実情からズレてきている部分が多いのは、著者もはっきり認める事実。

抜け駆け企業が出たり、学生の学業が阻害されたり、入社後に社風とのミスマッチが発生したり、会社が「うっかり」ブラック化したりする問題を少なくしていくために、著者は具体的な提言を、第1章と最終章のそれぞれ末尾でおこなっている。
提言の詳細はここでは述べないが、そのあるものは大胆、あるものはたいへん細やかな案だ。

経済産業省や文部科学省の官僚は本書をどう読むだろうか、というのも気になる。
またヴェテラン世代の上司が本書を読めば、最近の若手社員がどんな「心の旅」をたどって「わが社」にやってきたのかがわかります。というか、自分がそれを知らなかったということに気づく人もいるも多いのではないだろうか。
上司のみなさん、世のなかがこれだけ変わったのだから、同じ会社に入ってくる人の心もこれだけ変わっているのですよ。
(千野帽子)