なぜ日本の天然ガスの価格は、アメリカの9倍も高いのか

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シェールガス革命の結果、米国市場での天然ガス価格は劇的に下がったが、日本市場では高止まりしたままである。日本がその恩恵を享受できない理由と進むべき道について、筆者は説き明かす。

■シェールガス革命の中心地で見たダイナミズムとは

世界のエネルギーのあり方を大きく変えつつある、アメリカで起きた「シェールガス革命」。その中心地の一つであるテキサス州バーネット地区にあるフォートワース市内のシェールガス田を、今春、見学する機会があった。

シェールガス革命を可能にしたのは、水平掘削、水圧破砕、マイクロサイスミック(割れ目形成の際に発生する地震波を観測・解析し、割れ目の広がりを評価する技術)などの技術革新だが、その担い手となったのは、大手のエネルギー企業ではなく、小規模で出発したベンチャー的色彩の濃い企業群だ。シェールガス田では、開発直後に大量の天然ガスを産出するが、すぐに生産高は減衰し、その後は少量の生産が続く。このため、次々と掘削を繰り返すスピード感ある事業展開が求められる。訪れたのは、Chesapeake社の掘削現場とQuicksilver社の水圧破砕現場であったが、これらの企業は、まさにシェールガス革命の主役たちだといえる。

掘削現場も水圧破砕現場もそれほど広くはない。草野球場2〜3面ほどの面積だ。それを、防音材でできた高さ数メートルの簡単な壁が、ぐるりと囲んでいる。現場のすぐ近くに多数の民家があるため、環境への配慮、とくに防音は、事業遂行上の重要課題だという。訪ねた掘削現場の場合、周辺住民がコミュニティ全体で鉱業権を持ち、シェールガス田の収入の一部を分与されていると聞いた。掘削作業に要する時間は、平均8〜13週間程度だそうだ。

水圧破砕現場では、同時に複数のガス井が生産にあたっていた。1本のガス井の掘削延長は、垂直掘削と水平掘削と合わせて1万4000フィート(約4300メートル)に及ぶこともある。掘削にあたっては、地下水を汚染しないよう、とくに気を使っているようだ。

「草の根」的な形で開発が進んだバーネット地区では、2010年に、1兆8000億立方フィートのシェールガスが生産された。同年、アメリカの天然ガス供給に占めるシェールガス供給の比率は、23%に達した(JETROヒューストン事務所調べ)のである。

テキサス州のシェールガス田からさらに足をのばして、隣州のルイジアナ州にあるCheniere社のサビンパスLNG(液化天然ガス)基地も見学した。Cheniere社は、もともと天然ガスの開発・生産を目的にして、1996年に設立された独立系企業である。しかし、開発・生産に見るべき成果をあげなかったため、事業目的をLNG輸入に切り替え、港湾施設と16万キロリットルタンク5基を建設し、これまでQフレックス級(積載容量21万立方メートル級、Qはカタールの頭文字)やQマックス級(積載容量26万立方メートル級)のLNGタンカーを、いずれも全米で初めて受け入れてきた。

■「2周遅れ」の日本の天然ガス・パイプライン網

そこに降って湧いたように起こったのが、シェールガス革命である。Cheniere社は、ビジネスモデルを180度転換し、LNG輸入よりLNG輸出に事業の重心を置くことになった。FERC(連邦エネルギー規制委員会)の許可が下り次第、4系列の年産1500万トンのガス冷却設備を建設し、LNG輸出を開始する予定であり、すでにイギリスのBGグループ、スペインのFenosa社、インドのGAIL社、韓国のKOGAS社と、LNG供給の長期契約を締結した。

フォートワース市内の居住地域に立地するシェールガス田と、人里離れた海辺の湿地帯(実際に敷地内で野生のワニを目撃した)に立地するサビンパス基地とでは、たたずまいを完全に異にする。しかし、それぞれの現場で活躍するベンチャー企業と独立系企業が発しているダイナミズムには、大いに共通性がある。このダイナミズムこそ、シェールガス革命を現実化した原動力であり、日本のエネルギー産業が長いあいだ忘れてしまっていたものではなかろうか。

日本のエネルギー産業のあり方をめぐっては、昨年の東京電力・福島第一原子力発電所の事故を契機として、それを根本的に見直す作業が続いている。全体として脱原子力依存の方向性が打ち出されることは間違いないが、代替エネルギーをいかに確保するかについてはコンセンサスが形成されていない。それでも、使い勝手がいい化石燃料のなかでCO2(二酸化炭素)排出量が相対的に少ない天然ガスに期待する声は高い。ただし、ここに一つの大きな問題がある。それは、シェールガス革命の結果、アメリカ市場での天然ガス価格が劇的に下がっているのに対して、日本市場における天然ガス価格は高止まりしたままだという問題である。

ここで図1を見ていただきたい。この図が示すように、シェールガス革命の影響でアメリカでの天然ガス価格は低落を続け、最近ではmmBTU(100万英国燃料単位)あたり2ドルを割り込んだ。一方、日本での天然ガス価格は東日本大震災(福島第一原発事故)後急騰し、最近ではついにmmBTUあたり18ドルを突破した。なんと9倍もの価格差が存在するのである。

もちろんアメリカのシェールガスを日本に輸入するには、現地で冷却して液化し、LNG専用船で運搬したうえで、わが国に着いたのち再び気化しなければならないため、コストがかかる。したがって、mmBTUあたり2ドルでシェールガスを購入しても、日本ではmmBTUあたり10ドル程度になるといわれている。しかし、たとえ10ドルだとしても、現状の18ドルよりはかなり安い。シェールガス革命を追い風にしてできるだけ安く天然ガスを調達することは、日本のエネルギー政策上の最重要課題だといってもけっして過言ではない。

なぜ、日本の天然ガス調達コストは高いのか。一つの理由は、日本を含む東アジアの場合、ヨーロッパとは異なり、天然ガスのパイプライン網が整備されていないことである。図1でヨーロッパ市場での天然ガス価格がアメリカ市場よりは高く、日本市場より安いのは、アメリカとは違ってシェールガスの本格生産には至っていないこと、日本とは違ってパイプライン網が整備されておりロシア・北アフリカ・北海など複数の供給源から天然ガスを調達できること、によるものである。

しかも、わが国の場合には、他の東アジア諸国よりも深刻な事情がある。例えば韓国では国内の天然ガス・パイプライン網が整備されているが、日本では東海道や山陽道でさえ天然ガスの高圧パイプラインが通じていないのである。域内および国内での立ち遅れを考えると、天然ガス・パイプライン網の整備という点でわが国は、国際水準に比べて、「2周遅れ」の状況にあるといわざるをえない。

日本の天然ガス調達価格が割高なもう一つの理由は、安定供給確保を第一義的に追求し長期契約方式をとったこともあって、LNG価格の原油価格リンク(油価リンク)を外せないことにある。最近では、シェールガス革命の影響で天然ガスの国際価格は低位で推移しているが、原油価格は基本的に高水準を維持したままである。そのため、油価リンクを解除できない限り、わが国の天然ガス調達価格は高くならざるをえないのである。

この点に関連して、韓国や中国も長期契約方式でLNGを輸入しているから、日本だけでなく東アジア諸国の天然ガス調達コストはおしなべて高いということが、しばしば指摘される。この見解は間違ってはいないが、最近では、様相が変わりつつある。

■韓国が日本より安くLNGを調達できる理由

今度は図2を見ていただきたい。この図は、昨年における日本・韓国・中国のLNG通関輸入価格を月別に示したものである。これを見ると、三国のなかでわが国のLNG輸入価格が割高であり、その差が、東日本大震災後拡大したことがわかる。

東日本大震災にともなう福島第一原発事故の影響を受けて、わが国では原発の運転が次々と停止したため、代替エネルギーであるLNGを緊急に確保するため、日本の電力各社が高値でスポット買いしたという事情は、たしかにあるだろう。しかし図2の背景には、それだけでは説明しきれない構造的な事情が存在する。それは、日本の電力会社やガス会社が、韓国や中国のライバルたちに比べて、LNGを「まとめ買い」する点で立ち遅れており、それが調達価格の差となって表れているという事情である。

先述したサビンパスのLNG基地では、1系列あたり年産375万トンのガス冷却設備を4基建設することになっている。つまり、年間350万〜400万トンをまとめ買いすれば、より有利な条件でLNGを購入することができるわけである。現に、インドのGAIL社と韓国のKOGAS社は、年間350万トン購入の長期契約をサビンパスLNG基地とのあいだに締結した。一般的にいって、アメリカからのLNGの輸入については、同国と自由貿易協定(FTA)を結んでいる国に有利で、結んでいない国に不利である。しかし、サビンパスからの輸入に関しては、FTAの有無は無関係とされた。日本と同様にアメリカとの間にFTAを結んでいないインドの会社がサビンパスからのLNG輸入に成功したのは、そのためである。

日本の会社がサビンパスからのLNG輸入に成功しなかった最大の理由は、まとめ買いをする能力に欠ける点にある。この点で注目すべきは、韓国の場合、KOGAS社1社が、電力会社(KEPCO社)や他のガス会社の分まで含めて、必要なLNGをまとめ買いしている点である。

これに対して日本の場合には、電力会社やガス会社の足並みがそろわず、まとめ買いがなかなかうまく成立しない。シェールガス革命の成果をわが国が享受できない大きな理由の一つは、この点にあるといえる。

また、日本の電力会社やガス会社がシェールガスの買い付けに関して、総合商社に依存する傾向が強いことも問題である。というのは、わが国の総合商社は総じて、今世紀に入ってからビジネスモデルを改め、コミッション・マーチャントから資源の産地等に対する投資者へと姿を変えつつあるからだ。産地(ガス田)に利権を持つようになった者にとって、天然ガスを安価で売買することは利害に反する側面があるだろう。もちろん、シェールガスの取引にはたす総合商社の役割を否定するつもりはないが、わが国の電力会社やガス会社は直接、産地やLNG輸出基地に出かけ、そこで商社の力も借りてシェールガスを買い付けるべきだろう。この点で、東京ガスが住友商事と協力して今年4月、アメリカ・メリーランド州のコーブポイントLNG基地からシェールガス由来のものを含むLNGを年間230万トン輸入する計画を発表したことは、新しい動きとして注目される。

福島第一原発事故後、再構築を迫られることになったわが国のエネルギー戦略にとって、天然ガスを安価に調達することは決定的に重要な意味を持つ。日本の電力会社やガス会社は、シェールガス革命の本場であるアメリカのガス田やLNG基地に直接出かけ、力を合わせて効果的なまとめ買いを実行し、この国民的課題を達成する先頭に立たなければならない。

(一橋大学大学院商学研究科教授 橘川武郎=文 平良 徹=図版作成)