7月下旬、かつてキム・デジュン政権時に秘書室政務秘書官、国政状況室長を務めたチャン・ソンミン氏(現国際政治シンクタンク「世界と東北アジア平和フォーラム」代表)が来日した。キム・デジュン政権下では、大統領官邸に集まった北朝鮮関連情報を一括管理していたという情報通だ。

総選挙後の日朝関係はどう変わるのか。核実験、ミサイル発射の行方、さらには北朝鮮国内の後継者問題は?  著書「金正日最後の賭け―宣戦布告か和平か―」(ランダムハウス講談社/7月30日発売)のプロモーション活動のため日本を訪れた氏に話を聞いた。


――北朝鮮は4月5日に日本上空を超えるミサイルの発射実験を行い、5月25日に核実験を行った。その狙いとは?

「アメリカの関心を引くことにある。北朝鮮が現在最も望んでいることは、米朝間の直接交渉だ。そのために、軍事的な脅威を与えて自分達に関心を向けようとしている。ただし、技術力から言うとアメリカまで飛ばすミサイルは持っていない。そのためにアメリカの同盟国、友人である日本や韓国に短距離ミサイルで『ちょっかい』を出しているという状況だ。そうして、アメリカの世論をこっちに向かせようとしている」


――6ヶ国協議での交渉を避ける理由は?

「北朝鮮が中国と日本の存在を疎ましく思っているためだ。中国は、自身がアメリカとの仲介役を務めるふりをしつつ、自分達の実利ばかり追いかける存在だと見ている。また、日本は核問題の交渉をすべき場で拉致問題を取り上げようとする。この2ヶ国が、米朝の直接交渉を妨害していると考えている」


――北朝鮮は核兵器を放棄しうるか?

「非常に難しい問題だと思う。アメリカの問題に置き換えたら、在韓米軍と沖縄の米軍を撤退させるほど難しい問題だと思う。いずれにせよ、北朝鮮はアメリカとの直接交渉で諸問題を一括解決することを狙っている」


――北朝鮮の後継者問題の今後は? 

「日本や韓国のメディアでは『キム・ジョンウン説』が有力とされているが、私はまだ何も決定していないと見ている。根拠は、北朝鮮からは一度も決定したという発表はない点、そして党大会を招集し、後継者に任命したという情報もない点だ。私が知る北朝鮮の関係者も『後継者問題は存在しない』と否定している。キム・ジョンイルは死の5分前まで後継者を明らかにしないのではないか。早くに後継者を明らかにすると、自分と後継者との間で新たな権力闘争が起こりうるからだ。

いずれにせよ、後継者問題では国内ナンバー2のチャン・ソンテクが大きな役割を果たしていくと考えている。チャン・ソンテクはすでに北朝鮮国内では、キム・ジョンイルの代理人的役割を果たしており、実務面では国内統治に関する代行業務をこなすほどの信頼を得ている。自身がキングとなるか、あるいはキム・ジョンイルの息子を支えるキングメーカーとなるか。いずれかの役割を果たすだろう」


――日朝関係の今後は?

「北朝鮮にとって日本は非常に重要な国だ。日朝国交正常化により、植民地時代の賠償金を得ようとしているからだ。北朝鮮は100億ドル水準を期待しており、これによって経済復興の基盤としたいと考えている。しかし、現状では拉致問題のため交渉がすべてストップしている。このため、まずはアメリカとの国交正常化を行い、そののちに日本が付随してくることを狙っている。いずれにせよ、膠着状態にある自民党政権との交渉よりも、民主党との新しい交渉チャンネルが開かれることを望んでいるだろう。北朝鮮側は、拉致問題と核問題を分けて考えることを望んでいる。

また、日本の政権交代に関係なく、8月以降に北朝鮮をとりまく国際環境は転換期を迎える可能性がある。現在、アジア系アメリカ人記者2人が北朝鮮に拘束されているが、この問題が韓国のキリスト教系宗教団体の仲介によって解決の糸口が見えそうだという情報を得ている。これをきっかけに米朝交渉が再開すれば、北朝鮮を取り巻く他国との関係にも影響は少なからずあるだろう」


●チャン・ソンミン(JANG SUNG-MIN)
1963年生まれ。元韓国国会議員。金大中政権下では秘書室政務秘書官、国政状況室長などを歴任。当時、大統領に報告される北朝鮮関連情報はすべてチャン氏の下に集まっていた。金大中氏の任期終了後は韓、米などの大学院や研究所で国際政治・半島問題を研究。「世界と東北アジア平和フォーラム」代表、韓国国際政治学会取締役として北朝鮮核問題と半島平和問題の講演・執筆活動に力を入れている。現在も中国などで、北朝鮮関係者と会うことがあり「情報はつねにアップデートしている」と言う。


著書「金正日最後の賭け―宣戦布告か和平か―」(ランダムハウス講談社/7月30日発売)
イデオロギー的な偏見を取り除き、金正日と北朝鮮について冷静に分析したドキュメント。原書はソウルの大型書店で20週連続ベストセラーに。また、韓国国内では名門大学の国際政治学部の教科書としても採用されている。日本語版の解説は田原総一郎氏。