■連載・佐藤信夫コーチの「教え、教えられ」(2)

 日本フィギュアスケート界の重鎮であり、選手時代から指導者になった今でも、フィギュアスケートの発展に尽力している佐藤信夫氏。コーチ歴50年。74歳になった現在も、毎日リンクに立ち、浅田真央らトップ選手から幅広い年齢の愛好者まで、フィギュアスケートを教え続けている。

 国際スケート連盟の殿堂入りも果たしている佐藤コーチがこだわる「フィギュアスケートの基本」とは?

 フィギュアスケート初心者には、氷の上に立たせる前に、最初はスケート靴をはいて床の上を歩かせます。そこで、まっすぐ立てるか立てないかを見ます。まっすぐ立てなかったらスケート靴が合ってないかもしれないので、靴を取り替えてみます。まっすぐ立てたら、そこで足踏みをさせます。足踏みをしてからちょっとずつ前へ進む。そして床の上に座らせて、そこからどうやって立ち上がるか、やらせます。

 ちゃんと立ち上がれたらリンクへ連れていき、氷の上に立たせます。「こんなツルツル滑るんだ」ということを味わったら、そこでまた足踏みから始め、ちょっとずつ、ちょっとずつ、つま先を開きながら、右足、左足と出していく。そこでポンと両足に体重を乗せると、スーッと滑っていきます。そうやって「滑る」ということを体に植え付けていくんです。

 しばらくすると、だんだんと勝手に滑るようになっていきます。そこではとにかく事故が起こらないように安全に教えていくことが重要です。もし事故が起きたら、もう怖がってしまい、やめないまでも、スケートに対して身構えるようになります。すると自然なスケートを覚えることができなくなるのです。その意味で、最初の一歩がものすごく大切です。

 その一歩を踏み出した後の「スケーティング」で、僕が一番大切にしているのは、「サークルを描く」ことです。氷に円の弧を描く。昔のコンパルソリーです。

 体重がエッジに乗ったら弧を描くようになります。たとえば10円玉を転がすと、必ずどっちかに回っていって倒れるじゃないですか。右か左か、どちらに倒れるか分かりますか? 転がした時には分からないのですが、必ず傾斜したほうに弧を描いていきます。その感覚を体で知るのです。その時、バランスを取るにはやっぱり手を広げなきゃいけない。きちんと胸の位置で真横に広げなければ、バランスはよくなりません。

 そういったことを大切にしてもらうために、コーチである私が見本を見せます。「こうやって滑るんだよ」と。この時が勝負です。

 ママの顔しか見ていないような子どもであっても、見本を見せるほうは命がけで「サークルを描く」。最高のコンパルソリーを本気で見せます。それを見た子どもたちに植え付けられたイメージは生涯消えないんですよ。だから目いっぱい、真剣にやります。「これが最高の姿勢だ」と自分が思う姿勢で、汗びっしょりになりながら滑ります。だって、それでその子たちの将来が決まっちゃうんですから。

 僕がそうだったんです。スケートを始めて60年が経ちますけれども、一番最初に教わった永井康三先生が滑っている姿や、ゴリゴリゴリッという氷の音は、いまでも鮮明に覚えています。昔はすごく体を傾斜させて滑っていたんです。先生たちの選手時代は、ほとんどのリンクがアウトドア。風が吹いても耐えられるような滑りでした。我々インドア育ちのスケートじゃなかった。僕はそういうスケートをいまでもイメージできます。

 映画か何かで、渡り鳥の子どもたちを、親鳥役の飛行機を使って隊列を組ませていくシーンを見たことがあります。本来であれば、子どもたちは親鳥の飛ぶ姿を見よう見まねで覚えて、ついていくのでしょう。それだけ刷り込みというのが重要になるわけです。一番最初に見たものが、その人の将来を運命づけることになります。特に日常生活の中にはないスケートでは、最初にきちんとしたものを学ぶことが大切だと思います。

 いつスケートを始めるか。年齢が影響することは確かです。言葉と同じで、スケートの技術を覚えるのが若ければ若いほど、のちのち楽になります。スケートは13歳くらいまでにすべて決まってしまうようなところがあります。それを過ぎると、神経系が発育発達していく時期を逃すことになり、なかなか覚えられません。小さい時分から外国語を学んでおけばネイティブのようにしゃべることができるのと同じことです。

 本当に子どもというのは不思議です。僕はよくお母さんたちに「日本で世界選手権があるなら、どんな無理をしてでも子どもに生で見せたほうがいいですよ」と言うんです。

 実際にチケットを取って試合会場に行くと、子どもたち同士で遊んでしまっていたりするのですが、競技を見ていないようで、実はしっかり見て覚えているんです。何週間か経った後に、子どもたちが「これだったよね」とか「あの人はこっちの手がこうだったよね」と話し合っている。トップ選手の滑りを目に焼き付けているんです。だからこそ、小さいころから教えいくことが必要なんです。

「スケーティング」の話に戻りましょう。「サークルを描く」と言いましたが、英語圏の国では「スケーティング・エッジス」と言います。右足で半円を描き、左足で半円を描く。これは、エッジに乗って滑ることを教えるということです。

 それができるようになったら、アウトエッジで滑ってインエッジに変える、インエッジで滑っていてアウトエッジに変えるという技術を教えます。これらには すべてに傾斜が関わってきます。ブレードをどう傾ければどう滑るかという身のこなし方で、自然と技術が身につくようになります。

 そういった基本動作ができるようになれば、「ターン」を学びます。順回転の「スリーターン」や逆回転の「ブラケット」などです。自転車と同じく、右に曲がったり、左に曲がったり、止まったりという技術を順番通りに教えていくのです。

 このあたりで僕がさせたいのが、鬼ごっこです。遊び心旺盛な子どもは、どうやったら一番早く自分の思い通りに滑って逃げるかという身のこなしを自然に覚えるじゃないですか。教えられるのではなく、必要性に迫られて体で覚えるわけです。それが一番、理に適っていますから。

 ただ、最近はリンクを広く使える機会が少なく、なかなか鬼ごっこをやらせることができないのが残念です。
(つづく)

辛仁夏●構成 text by Synn Yinha