北海道日本ハムファイターズの山田正雄ＧＭ（Gneneral Manager）がこのほど、先のドラフト会議で交渉権を獲得した花巻東高等学校の大谷翔平の両親を相手に、岩手県花巻市内のホテルで大谷の入団交渉を行った。

　山田ＧＭは、韓国のアマチュア野球が直接、米メジャーリーグに挑戦した場合の厳しい状況などをまとめた資料を持参。大谷の両親の説得にあたった。


　球界では、選手本人と同時に両親を説得することは多々ある。特に大谷のような未成年の選手なら、珍しいことではない。

　「神様、仏様、稲尾様」で知られる西鉄ライオンズ（現在の埼玉西武ライオンズ）の稲尾和久についても、獲得にあたりライオンズは稲尾の両親を味方にした。

　稲尾がライオンズに入団した1956年は、今のようなドラフト制度は無い。完全な自由競争の世界だ。球団スカウトは、ありとあらゆる手段で有望なアマチュア選手を抱え込もうとした。契約前に、いわゆる栄養費を渡すことも当たり前のことだった。　

　稲尾を巡っては、ライオンズと、南海ホークス（福岡ソフトバンクホークス）が競合していた。
　ホークスは、当時の鶴岡一人監督が後にスカウト制度を確立するなど、アマチュア選手の発掘に定評があった。一方のライオンズは、1951年に西鉄クリッパースと西日本パイレーツが合併し誕生したばかり。宇高勲氏という敏腕スカウトを抱えていたが、球団スタッフが他球団のスカウトの後をついて回るという状況だった。
　このため、稲尾獲得を巡っても、ホークスが有利かと思われた。

　だがライオンズは、稲尾の父、久作氏を説得することで、稲尾の獲得に成功した。球団スカウトは一升瓶２本を手土産に稲尾の実家に参上。酒を飲み交わしながら、久作氏を説得した。
　久作氏は、無類の酒好き。はたして、軍配はライオンズに上がった。久作氏は、「南海は大阪のチーム。１軍なら全国に遠征するだろうけど、和久はどうせ２軍だろう」「（南海だと）和久はずっと大阪におるのか。和久に何かあったら、ワシの伝馬船では漕ぎつかんのう。東京はまた大阪から、東海道を歩かないかん。福岡なら山一つ越えればいける」と、息子のライオンズ入団を決めた。

　稲尾の実家は、大分の漁師。稲尾は後に、「明治どころか、江戸時代の人みたいな親父の感覚が、私と西鉄の運命を一つにした」と振り返っているが、そこまで辿りつかせたのは、球団の両親説得だ。

　さて、大谷の場合はどう転ぶか。