「殴りかかってくる相手に負けたくないという気持ちだけ。その繰り返しでチャンピオンになってしまった」と語る佐藤洋太氏

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結果はもちろん、その過程にも価値があると思える仕事ぶりだった。マッチメイクに首をかしげたくなる王座決定戦で世界を獲るボクサーもいるなか、佐藤洋太は国内の強敵を次々に倒してきた。そして今年3月27日、満を持して迎えた世界挑戦で、WBC世界スーパーフライ級王座を獲得。その“超変則”のファイトスタイル、独特のボクシング哲学に迫る。

―ボクサーになろうと思ったきっかけは?

「物心ついてすぐにマイク・タイソンの試合を見たんです。それでボクシングってカッコいいな、いつかやりたいなって」

―野球やサッカーには影響を受けなかった?

「タイソンが絶対でしたね。それに家族が映画『ロッキー』好きで、飼い犬の名前がロッキーだったし、マンガ『はじめの一歩』にも影響を受けました。小3のとき、授業の『将来の夢を絵で描く』という課題で、しっかりとチャンピオンベルトを巻いた自分の姿を描きましたからね。周りにからかわれて恥ずかしかったですけど」

―結局、その夢が実現するわけですが、実際にボクシングを始めたのは何歳くらい?

「すぐに始めたかったんですけど、どこでやればいいのかわからなくて、ようやく中3のときに(母校の)盛岡南高校のボクシング部の監督さんを紹介してもらって、始めることができました。それまではバスケや陸上をやっていて、バスケはけっこううまかったですよ」

―その後、アマで結果を残し、順調にプロになるわけですが、減量や練習などボクサーは過酷な職業です。毎日どういうモチベーションで過ごすのですか?

「実は、絶対に世界チャンピオンになるっていう気持ちもなかったし、お金を稼ぎたいとか、有名になりたいとかいうのもない。無欲。殴りかかってくる相手に負けたくないという気持ちだけ。その繰り返しでチャンピオンになってしまった」

―そんなものですかね。

「ただ、あえて言うなら、僕は21歳でデキちゃった結婚をして、長男が生まれたときに義父と両親に『一回でも負けたら引退する』と約束したのが大きかったのかもしれない。毎回『これで最後かも』と思うことで、練習や減量に耐えられた部分はある。『ボクシングが好きだからやめたくない』と自然体で取り組めたのがよかったのかな」

―それほど好きなボクシングの奥深さや魅力とは?

「単純に、自分が編み出したパンチやフェイントが相手に通用したときはすごい快感ですよ。僕はボクシング以外でもそういうところがあって、趣味でやっているスケボーでも、人がやらないオリジナルトリックをつくるのが好きなんです」

―そういう性格が、ほかの日本人ボクサーとは異なる“変則”スタイルにつながった?

「僕が好きなのはメキシコのボクサーで、彼らは遊びの延長でボクシングをやる。例えば、日本ではパンチの構えや打ち方など“型”を重視しますけど、メキシカンはフォーム関係なく強く殴れればオーケー。殴ることに直結する動きにオリジナリティがあって、人それぞれ違うんです。僕もパンチはあまり腰を入れずに肩とヒジで打ちます。それでも十分倒すだけの威力があるから問題ない。そういう点で僕は全然ガンコじゃないし、いいものがあればすぐに自分の理論を変えます。変則パンチを使うのは度胸がいるし、失敗したら『あいつ、何やってんだ』って言われますけど、それが僕のボクシングなんです」

―でも、そういうオリジナリティあるスタイルは日本ではダメ出しされがちですよね。

「アマ時代はもちろん、プロになっても4回戦時代は窮屈(きゅうくつ)な思いはしましたね。ただ、それでも好きにやって結果を出していけば周りの目も変わっていくし、そういうときに面白さやうれしさを感じます」

―世界王者になった3月の試合後の会見で「スイッチを切っていたので、試合の展開も何も覚えていない」と話していました。“スイッチを切る”とは?

「“意識を飛ばす”んです。中学のときに編み出した技で、恥ずかしい話なんですけど、先輩に集団でボコられることがよくありまして……。あまりにも痛くてツラいから、意識的に失神できたらいいのにって強く思っていたら、できるようになった(笑)。口では『すみません』とか言っていても、なんの感情もない。先輩たちが引き上げたら意識を戻す。以来、ツラいことはそれで回避しています」

―それをボクシングに応用!?

「ある試合の前、怖くてやりたくないって思ったことがあって、じゃあ意識を飛ばそうってスイッチを切ってみたんですよ。すると恐怖感が消えて、いい試合ができた。そのときはたまたま切れたんですけど、意識的にできるようになったのは前回の世界戦が初めて。試合前にうまく(意識を)飛ばすことができて、勝って控室に戻ってきたときには試合内容はおろか、ダウンを奪ったパンチすら覚えてませんでした」

―よくアスリートが極限まで集中することを“ゾーンに入る”と表現しますけど……。

「ちょっと違う気がします。だって、先輩にボコられているのに“ゾーンに入る”ってのはおかしいでしょ(笑)」

―世界チャンピオンに聞くのもなんですが、ボクシングは天職だと思いますか?

「そうは思いませんね。どっちかといえば、18歳からガソリンスタンドのバイトを続けているのでフリーター、もしくはスケーターかな(笑)。スタンスとして、ボクシングをやめたときにいろいろなモノが残るようにしたいからバイトもやめないし、ボクシングオンリーの人間にはなりたくないです。もちろん、向いているか向いていないかといったら、向いていると思う。今の階級なら身長も高いし、リーチも長い。昔から殴られても顔が腫れないし、鼻血もほとんど出ない。ボクサー向きの体質であることは間違いない。両親には感謝です。ただ、性格はボクサー向きじゃない。だから、戦い方も含めて、昔ながらの正統派タイプじゃないのでアンチも多いんですよ(苦笑)」

―さて、7月8日にはランキング1位の指名挑戦者を迎えての初防衛戦があります。

「相手はKO率の高いボクサーで、怖いなって感情もあるんですけど、そういう強敵とやらないと喜びを得られないというか、強いヤツを倒すことに中毒している部分はありますね。試合直前になって、どうしてあんな相手とやるって言っちゃったのかなと葛藤するかもしれない(苦笑)。でも、今は評価の高い相手を自分のボクシングできりきり舞いさせたら、世間やアンチはどう思うのかなとか考えて、ほくそ笑んでいます」

(取材・文/石塚 隆、撮影/ヤナガワゴーッ!)

佐藤洋太(さとう・ようた)

1984年生まれ、岩手県盛岡市出身。28歳。協栄ジム所属。中学3年時からボクシングを始める。プロデビュー戦は判定負けも、その後は勝ち星を重ね、日本王座を5度防衛。2012年3月、WBC世界スーパーフライ級(52.16kg以下)王座を奪取。長いリーチを生かし、さまざまな角度からパンチを繰り出す変則スタイル。趣味はスケートボード。既婚で2児の父。身長171cm。27戦24勝(12KO)2敗1分け。