『オヤスミ・フクロウ』穐山きえ/講談社
エロなしのノンアダルトライブチャットガールの仕事を描いた「オヤスミ・フクロウ」。なんでみんなお金払ってライブチャットするの? どうしてこの仕事をやってるの? 人間の求めるぬくもりは謎だらけ。

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ライブチャットを描いたマンガ、と聞いてぼくはもう諸手をあげて喜んで買いましたね。これは絶対エロいだろうと。
エロ雑誌の裏に載ってる広告みたいな、体験談的なマンガだろうと。出会ってチョメチョメみたいな。
少し読んで気づきました。
いい意味で、裏切られた。

『オヤスミ・フクロウ』のヒロインの吉岡聡子は男性恐怖症。リアルで男性と話すことはおろか、目も合わせられない。
そんな彼女が夜な夜なライブチャットで顔出しチャットガール「ナオ」として働いている。当然そんな極端なことをするのにはわけありなんですが、同時に視点がいいんですよ。
別に男性と話したいとか、お金がほしいとかじゃなくて本当に男の人が苦手なんです。だからこそライブチャットのイヤな側面もきっちり描いてくれています。
あー、そっか、これはライブチャット実録話みたいなノリじゃなくて、ライブチャットをやっている女性側の心理と、お金を払ってキャバクラに行かずライブチャットやる男の心理の物語なんだ。

この「オヤスミ・フクロウ」というマンガは、ライブチャットで働く女性を描いた作品です。しかしライブチャットと言ってもいわゆる昔のテレクラ的なものばかりではない。出会い系じゃない。無知な自分に「ライブチャットとはなんなのか」を叩きこんでくれました。
ライブチャットにはアダルト(展開次第でHなお願いがOK)とノンアダ(ノンアダルト。Hなお願いは禁止の、会話が目的のチャット)があるんですね。あくまでもオンラインで、WEBカメラをつかった会話がメインで、どちらも女の子は動画見せ、かける男側は音声でもカメラでも、シャイな人は文字だけでもOKです。
まあチャットだし気軽に出来るんだろうなー、と思って数字を見てみたところびっくり。
ノンアダで、一分間100円女の子とツーショットチャットが出来る。つまり一時間6000円。……え、たっけえ!
アダルトだとその倍。一分間200円、一時間12000円。たけえ! 覗き見(チャットせずに画面だけ見てる)でも9000円。
えっ、何それ。だったらキャバクラなりソープなり行ったほうがいいんじゃないの?! なんでライブチャットなの!? 女の子と会話はできても実際に目の前にいるわけじゃないんだよどういうことなの!?

そこなんですよ。
なぜ男性達がそんな高額を払って、しかもアダルトじゃないノンアダで女の子とチャットしたいのか。
読む前は「そりゃ性欲でしょ?」って思ってました。実際性欲、当然あります。そりゃ女の子と話したいに決まってる。
しかし男性恐怖症の彼女からみたら、むき出しの男性の性欲は嫌悪の対象でもあります。
ノンアダとはいえ、男性側の変態が多いのをきっちり描いています。特に無料で送れるメールでは、セクハラまがいのアダルト発言のメールだらけ。冷静に女性視点からこういうわいせつ語メール届くと、オエーって気分になるんだというのを追体験できます。
お金を払ってアダルトライブチャットに行くわけでもなく、うろうろしながら性欲を撒き散らす人も、いるんです。
しんどい仕事ですね。

それでもなぜ男たちは、まあ多少の無礼講はあるにしても礼儀を持って女の子たちと、ノンアダライブチャットに来るのか。
寂しいんです。
とある草食系男子の男の子がナオのライブチャットに来たとき、こんなことを言います。
「ただ、寂しくて、どうしようもなく誰かに…… オヤスミ ……って言ってほしい夜が……あるんです……」
ああ、そうか。わかる、わかるわ。
特に出かけて豪遊したいわけじゃない。性欲を満たす風俗に行きたいわけじゃない。
女性に、そっと「オヤスミ」と言ってもらいたい。
愚痴りたいわけじゃない、話がしたい。安心がしたい。たった一時安らぎがほしい。
ナオこと聡子はたしかに現実社会では男性恐怖症です。でもそんな彼らの姿を知っているから、ライブチャットの仕事をしているんです。お金がほしいわけでもありません。昼間は司書の仕事をしていますし。

男性側の心の寂しさだけではなく、ナオの、女性側の寂しさもまた描かれています。
ナオはノンアダでやってますが、途中からアダルトでバリバリ稼いでいる女性も出てくるんです。
彼女は言いますよ「何が『お話したくて』よ、バッカじゃねーの!? ノンアダの客なんてアダルトに行く金のない貧乏男か、非リア充のネトオタでしょ? そんなヤツらを相手にしないといけないんて最下層は大変ね」
アダルトでやっている彼女はチャットガールナンバーワン。ノンアダのナオは地味で別にランクインもしない。
じゃあなんでやっているんだろう?

読み進むに連れて、目から鱗だけじゃなくていろんなものが落ちました。
そもそもライブチャットっていうものの存在をよく理解してませんでしたし、そこにわざわざ高い額を払っていく人の気持ちもわからなかったんですが、なるほどこれはお金を対価として払うだけの価値があるものだから存在しているんだなと。
それが是か非かというのは描かれていません。アダルトライブチャットが良いか悪いか、そういうマンガじゃないのです。
彼女たちが何を考えてこの仕事をしているか、どんな男達がライブチャットをやっているのか。垣間見ることで人間が求めている「コミュニケーション」という最大のテーマに接触できます。
ぼくもナオちゃんみたいな眉毛が太くて素朴な女の子に、「オヤスミ」って言ってほしいなあ。
え、ならお金払えって? だよね。うん。
(たまごまご)