本日発売『「巨人軍改革」戦記』に「清武の乱」の真実を見た！
先月11日の公開からロングランの人気を博す映画「マネーボール」の冒頭、インディアンズの若きスタッフがブラッド・ピット演じるビリー・ジーンに叫ぶシーンだ。メジャーリーグのGM（ゼネラルマネージャー）というポジションにスポットを当て、アメリカにおいても当時全く新しい理論だったセイバーメトリックスを用いて経営危機に瀕した球団を再建する姿を描いた「マネーボール」。その公開日のまさに同じ日、日本でもっとも権威のあったGMが涙の記者会見を実行した。かの有名なジャイアンツ「清武の乱」だ。日本シリーズ開幕の前日という状況もマイナスに作用し、一連の騒動を見た多くの野球ファンが冒頭のセリフと同じ想いを抱いたのではないだろうか。野球界でもっとも「古くさい」象徴である球界のドン（この表現がもう古くさい）渡邉恒雄氏に反旗を翻したGM・清武英利、という構造を描きたかったのだろうが、端から見ればどちらも旧態然とした象徴にしか見えない。
ただ、これまでも何年にも渡って球界に君臨しメディアでの露出も多かった渡邉氏に対して、もう一方の主役（？）である清武氏については、野球ファンであっても詳しくは知らない人が多いのではないだろうか。
清武英利とは何者なのか。なぜ今回の騒動を起こしたのか。その解のひとつになりそうな書籍が本日新潮社から緊急発売された。それが清武英利著『「巨人軍改革」戦記』である。
だが、真に注目すべきなのはそのコラム全般においてだ。球団代表／GMという職務や球団経営というなかなか伺い知れない世界について、選手の証言や練習風景、宿舎でのやり取りなど具体的な事例を元に語られていて、読売新聞で編集委員にまでのぼり詰めた筆力はさすがにわかり易く、巨人ファンならずとも野球ファンならば一読をオススメしたい。もちろん巨人（読売）視点であるが故の視野の狭さや一方的な言い分もかなり含まれているのだが、考察に値する野球界の提言や問題提起も数多い。では実際、清武氏は野球界に、そして巨人に一体何を求めていたのだろうか？ そして何がナベツネ氏と相容れなかったのか。読み進めると「育成」と「リスペクト」という2つがキーワードであることがわかってくる。
■「若手育成」にこだわった6年間
本書は2008年に同じく新潮社から発行され、2006年〜2008年シーズンの巨人の戦いを綴った『巨人軍は非情か』の続編でもある。本書を深く理解する上で機会があればそちらも読んだ方が「人間・清武英利」像がより浮かび上がってくるのだが、『巨人軍は非情か』と『「巨人軍改革」戦記』を2冊を続けて読んでみると、グラデーションのように年々「育成」への想いが色濃くなり、そのための施策が次々に打ち出されているのがよくわかる。
具体的には、2005年に「巨人軍再建ビジョン」を立ち上げて「人材育成こそが巨人のこれからの道だ」と語り、広島カープと協力して「育成選手制度」を創設。2007年にはフューチャーズ（二軍イースタンリーグに所属する７球団の若手選手や育成枠の選手で公式戦になかなか出場出来ない選手を軸にした混合チーム）を立ち上げて二軍の試合数を増やし、2009年にはロッテと共同で社会人チームと戦う「シリウスゲーム」を開催。さらには2011年、球界初の三軍（第2の二軍）を創設し、独立リーグや大学球界とも交流を画策。と、選手のチャレンジする場を増やしてきたことは、間違いなく清武氏の功績だろう。
金にモノを言わせる「補強の巨人」が何を…という声も聞こえてきそうだが、4年連続で巨人から新人王が輩出され、うち2人（山口鉄也と松本哲也）が育成枠出身であることはまぎれもない事実だ。平均選手寿命が９年と言われるプロ野球界において、才能を埋もれさせることなく発掘するためには「機会の提供」が何よりも重要なのは間違いない。まして社会人野球の衰退が叫ばれる中で、この育成システムこそ後々野球界にとって大きな存在になってくるのではないだろうか。
清武氏が何度も提唱する「B群育成論」（高卒ルーキーとして期待される選手（A群）とは異なり、体格とチャンスに恵まれなかった新人（B群）を獲得し、可能な限りの出場機会を与えてエリートと競わせる手法）は、エリートでもなんでもない私自身から見るととてもありがたく、勇気が持てる考えだ。
ただ、当然のように「育成」は即効性のあるものではない。時に金にものを言わせ、時に制度までを変えて今そこにある「結果」を求めるナベツネ氏とは当然相容れなかったのではないだろうか。実際、清武氏を解任するやいなや、FAでホールトンと杉内という2人のビッグネームを獲得した巨人の姿を見ると、また以前の「補強の巨人」にカンタンに戻ってしまいそうでなんだか寂しくなってくる。
■プロ野球界と選手を「リスペクト」した球団代表
意外に思われるかもしれないが、清武氏はプロ野球で活躍する人材に並々ならぬ敬意を払っていることが本書を読むことでわかってくる。特に原監督をはじめとしたコーチ陣の「魅力溢れる言葉」の数々にはかなりの影響を受けていて、今回の騒動にも巻き込まれている岡崎ヘッドコーチや川相二軍監督など、なかなかスポットライトが当たりにくい裏方の言葉が数多く綴られている。この辺「たかが選手が」発言でおなじみのナベツネ氏との一番の違いなのではないだろうか。
実際、今月上旬に出版された『巨人軍は非情か』の文庫版『私が愛した巨人（ジャイアンツ）』のまえがきの中でも「リスペクト」が大きなテーマとしてふれられていて、＜岡崎の留学レポートにあった、「リスペクト」という言葉は、野球界で生きる私の指針であった。渡邉会長にぜひ、この言葉を噛みしめていただきたいと思う。＞とズバリ直球でもの申している。
（※ちなみに、コーチや選手の言葉の魅力についての清武氏の視点は、文春新書『こんな言葉で叱られたい』にも詳しいのでこちらもオススメ。どの書籍も松下幸之助氏、ソニー井深大氏、ユニクロ柳井正氏、ミサワホーム創業者三澤千代治氏など、企業のトップらの言葉と照らし合わせながら解説してくれていて、ビジネス書としても学ぶべき点が多い一冊だ。）
だが、「リスペクト」すればするほど、その対象に興味を持ち、選手や現場にどんどん近づいていってしまうのは人の性だ。本来、球団代表やGM職という“フロント”と、選手や監督という“現場”にはある一定のラインが敷かれるべきなのだが、清武氏はついつい、中に中に入り込んでしまったのではないだろうか。それは、人の内面に迫る記者の経験も影響しているのだろう。
＜プロフェッショナルに敬意を払いながらも、恐れないことだと思う。そして、素人の発想と疑問を恥ずかしがらないことだと思う＞
本書でも綴られている清武氏この姿勢が、時に現場にはうるさがられ、騒動後は原監督にそっぽを向かれてしまう契機にも繋がったのだろうと推察できる。前書『巨人軍は非情か」には頻繁に登場していたた原監督とのやり取りが、本書の中では驚くほどその数が減っている点がその証左になるのではないだろうか。
よくも悪くもGMという肩書きが広く認知されるキッカケとなった今回の騒動。今後プロ野球界においてその存在はますます重要になってくるであろうGMというポジションについては清武氏自身、「マネーボール」の原作についてふれながら解説しているのだが、映画と原作の違いはあれど、ブラッド・ピット語っていた次の言葉が今回の騒動を象徴しているようで興味深いので最後に紹介したい。
「この映画は典型的な弱者のストーリーだ。どうやったら生き残れるのか。どうやったら互角に戦うことができるのか。体制に闘いを挑んだ人たちを描いた映画なんだ」
想像するに、清武氏も自らを「体制に挑む弱者」と捉えて今回の騒動を起こしているのではないだろうか。だが、誤算があるとすれば、清武氏は決して「弱者」ではなく、むしろ体制側の人間であるということだ。（「読売巨人軍の代表」が権力でなくてなんだろうか？） 権力に立ち向かう一個人を演じたかったならば、先に代表・GM職を辞任してから記者会見にのぞめば、まだ世間の評価も変わった気がしてならない。
（オグマナオト）
