動物行動学のプロが”極端な怖がり”保護犬の預かりさんに。初対面で「やらなかったこと」

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「預かりさん」を知っていますか

保健所や動物愛護センターに保護された犬や猫を、保護犬、保護猫と呼ぶ。

収容された保護犬、猫(だけでなく、様々な動物がいるという)たちは、飼い主が迎えに来てくれるか、新しい里親が現れるかがない限りは、殺処分されるか、一生を檻の中で終えることになる。

多くの地域では、保護活動団体や個人の活動家が、こうした施設から多くの努力と労力をかけて引き出し、里親を探してくれているが、どうしても手が足りず、令和4年度の殺処分数は、犬猫合わせて11,906頭だった。

活動家の方々は支援や寄付金はほとんどない中、身銭を切って、病院で検査や治療を受けさせている。健康状態を把握し、性格やトラウマのある子はそれを見極め、適切な里親を探して、新たな飼い主へとつなぐ。

こうしたマッチングには時間がかかるものだが、その間も保護活動は続くため、保護犬、猫の一時受け入れ先はいくらあっても足りない。そうした時、保護した犬や猫を里親さんにつなぐまでの間の面倒を見る「預かりさん」の存在が頼りになる。

しかし、「預かりさん」の認知が追い付いていないせいか、ときどき妙な事態を生むことがある。

テレビなどで「預かりさん」を引き受けたタレントが預かっていた保護猫を譲渡することに対し、「預かりのシステムってなに? 別れるの寂しくない? そのまま飼うことはできないのかな?」「長い間一緒にいて譲渡会に出すなんて可哀想」などの声が、Xに上がっていた。

頑なだった動物が「預かりさん」に心を開く様子を見て、動物に感情移入してしまう気持ちもわかるが、そもそも「里親」と「預かりさん」は役割が違う。保健所やセンターと、里親への譲渡のハブとなってくれているのが「預かりさん」なのだ。

だから預かりさんが保護動物の里親を引き受けてしまうと、次の命を救う機会を失ってしまうことにもなる。

東京大学、および大学院で獣医学を学び、在学中にカリフォルニア大学デービス校付属動物病院にて行動治療学の研究をされた高倉はるか先生の連載。

実は今、はるか先生は「預かりさん」をやっている。今回の連載では、初めて迎えた保護犬のことをお伝えする。

なぜ「預かりさん」を引き受けたか

動物行動学の専門家である高倉はるか先生が、なぜ「預かりさん」をすることになったのか。

それは、はるか先生と、一般社団法人動物支援団体「ワタシニデキルコト」(以後「ワタデキ」)の代表 坂上知枝さんとの出会いがきっかけだ。

FRaU webの連載などを通じて知り合ったおふたりは、アニマルウェルフェアの基本的考え方が近いことから、はるか先生は時々「ワタデキ」のイベントを手伝うようになった。

坂上さんはセンターや一般の人からの相談で動物を引き受けた際、病気や障害で高額の医療費がかかる子や治る見込みがない子など、里親に出せない子は、自分や妹家族などと手分けをしてそれぞれの自宅で世話をしている。

また、引き受けてすぐには預かりボランティアには託せないので、精神状態や健康状態を把握し、治療を終えて健康になるまでは自宅での飼育となる。

咬傷犬や一般的な家庭生活を経験していない為に散歩ができない、生活音が怖いなどの問題行動がある子もまた、改善するまで里親には出せない。

千葉、福島と飛び回って保護活動をしながら、自分の仕事(動物とはまったく関係のない業務)をし、保護動物の面倒(現在は4頭の犬を朝晩散歩させ、水頭症や目や鼻のきかない子、ミルク飲みの仔猫など合計15匹の猫の世話)を見てと、坂上さんの毎日に終わりはない。

問題行動のある子を「預かりさん」宅で改善できたなら……。

一方の高倉はるか先生の仕事は、犬や猫の問題行動からその原因を探り、トレーニングや環境改善によって問題行動をおさえる、または直すことである。

トイレのかわりに部屋のあちこちでおしっこをしてしまうのも、家族が外出しているときに家をぐちゃぐちゃにしてしまうのも、チャイムが鳴るたびにすごい勢いでほえまくるのも、すべて原因があり、おそらく原因のほとんどは、飼い主の側にあるというから、興味深い。

つまり問題行動は、犬、猫自身に原因があるケースはほんのわずかで、ほとんどの場合、飼い主の「問題行動」を改善する=環境を整えれば直る、というのである。

ならば、どうしても人に慣れずに、譲渡しづらい成犬も、扱い方や環境次第で人好きにすることも可能なのではないか。

はるか先生の答えは、「成犬になってからだと時間はかかるかもしれないけど、やってみましょう」だった。

こうして、これまでワタデキとボランティアさんのみで改善を試みてきた犬の「問題行動」の改善を、はるか先生が「預かりさん」として入り、譲渡できるようにしてみる、という実験的取り組みが始まった。

以下、はるか先生の言葉でお伝えする。

アプローチの仕方に優先順位がある

保護犬をうちで預かるのは初めてです。

誰にも預けられない、預け先が見つからない犬を見てほしい、と言われました。

人好きで前向きな犬は、マッチングしやすく、幸せになれる可能性が高いけど、問題行動が見られる子は特別なケアが必要になります。

極端に神経質だったり、恐怖心の強い子は、しつけたり、コマンドを教えるにしても、優先順位を考えてアプローチする必要があります。

怖がったり、信頼関係のないまま、何か教えようと思っても、犬は楽しめません。トレーニングは、犬にとって楽しいものでないと、うまくいかないのです。

保護犬猫の「預かりさん」というのは、飼い主やセンターと里親さんとの間に入って、一時的に預かる人を言います。ただ一緒に暮らすだけでなく、里親さんにつなぐ準備というか、新しい家族になじめるよう整えるというか、そういう役割も求められます。

「ワタシニデキルコト」さんでは、里親には愛情深く、理解ある家族を、預かりさんにはそれに加えて、飼育経験を求めていました。

とはいえ、咬みつき癖があったり、極端に怖がりで外に出すのもひと苦労の犬は、一般家庭で扱うのはなかなか難しい。今回私は極端に怖がりな犬を預かって、なぜそんなに怯えるのか、おびえる原因を特定し、一般家庭で飼う方法を考えようと思いました。

玄関で固まる3歳の「アロイ」

ワタデキさんに見送られてうちにやって来たのは、とても怖がりなアロイ。3歳のビーグルのミックス、女の子です。

見るもの、聞くもの、みんな怖いので、なんにもできない。玄関に入れて、「どうぞ」と声をかけても、その場でそのまま数時間固まっていました。

こういう時は、無理に何かしようとはせず、気が済むまで放っておいてあげたほうがいいと思います。家の中に、何も怖いものがないとわかれば、自分から入ってきますから。

アロイは、香川県に住む高齢女性が飼っていた犬です。10歳くらいの母犬と一緒に暮らしていたそうですが、飼い主が亡くなり、面倒を見てくれる人がいなくなりました。

見かねた近所の方が保護団体に連絡を入れて、年を取った母犬は、自分が引き取ると言ってくれたそうです。保護団体さんから「残された3歳のアロイの里親先を探してほしい」と頼まれたワタデキ代表の坂上さんが引き取りに行き、病院で検査して、健康状態を確認したうえで、うちまで連れてきてくれました。

アロイは生まれてからずっと、高齢女性と母犬と、室内だけでずっと暮らしていたようです。散歩にもほとんど行ったことがないのでしょう。とにかく音に敏感です。生活音にも慣れていません。ちょっとした物音にもびくびく、外を走る車やバイクの音にも反応します。

相当な怖がりではあるけど、性格はとても穏やかでした。なでたり、抱き上げたりしても、じっとしています。恐怖から咬むようなこともありません。

怖がりな子の中には、恐くてつい咬んでしまう子もいますが、アロイは隅のほうでぶるぶる震えて、おしっこをもらしちゃうことはあっても、攻撃性はまるでありませんでした。

たとえ子犬でも「咬む」は絶対ダメ

「咬まない」ことは、今後人と暮らしていくうえで、実はとても重要です。過去に、虐待から逃れるための術だったり、咬むことで意思表示してきた子は、仕方がなかったとはいえ、新しい家族に対して、危険を及ぼすかもしれないからです。

これまで、「咬むこと」で自分の要求(それが、叩かれていた行動から逃れるためのものだったとしても)を通した体験があると、やめさせるのはかなり大変です。

嫌がることはなにもしないのだということを理解してもらいながら、絶対に咬んではいけないと、根気強く教えていく必要があります。

本来ならば、子犬のうちに「咬むことは一番いけないことなんだ」と教えたいのです。

子犬のうちは、噛む力も弱いので、咬まれてもあまり痛くありませんが、その時期から犬の将来のためには「咬んでは絶対にダメ」であることを、しっかり教えてあげてほしい。

アロイは幸い咬まない子だったので、そこはとくにケアの必要はありませんでしたが、もし咬み癖を直したい時は、皮膚に歯を当てた時に厳しく叱るようにします(ただし、体罰は絶対にダメ。大きな声を出す必要もありません)。

人以外の、たとえば家具やファブリックを咬むのは、許してあげます。歯が生えてくるときは、むずがゆくて咬むこともあるのです。咬まれては困る家具ならば、代わりに咬んでもいいものを何か与えるといいですね。

私は歯を立てられたときに、「痛い!」と鋭く声を上げます。普段は優しく声掛けしながらトレーニングしている間柄ほど、厳しい声のトーンとのギャップで、犬は「しまった」と思うものです。咬むと大好きな飼い主さんが嫌がる、という風に覚えさせるといいですね。

何を「怖がり」、なぜ「咬む」のか

保護犬の場合は、保護団体と預かりさんが連携して、トレーニングのし直しができるのが理想ですね。よく犬を観察して、様々な状況下に犬を置いて、何が原因で「怖がり」「咬みつき」「おしっこ」などをしてしまうのかを見つけないといけないので、簡単なことではありません。

それでも、原因さえ特定できれば、これまで里親に出すのが難しかった子も、申し送りをつけて里親さんに譲渡することが可能になるでしょう。

ワタデキさんには、代表の坂上さん以下、これまで犬をたくさん見て、悪い癖を直してきた経験者が何人もいて、そうした「預かりさん」ボランティアの方々とうまく回しているように思いました。

◇はるか先生の家にやってきたアロイは、玄関の隅っこに3日間引きこもったという。その間、はるか先生と家族は、エサと水を運び、声をかけたり、時々撫でたりしながらも、アロイのやりたいようにさせておいたそうだ。自分たちからは無理に距離を縮めず、アロイが「安全と安心」を感じるまで、とにかく待ったのだ。

ただしひとつだけ、嫌がるアロイに無理矢理させたことがある。それは散歩

アロイは元の飼い主との生活では、散歩を経験したことがほとんどなく、外を怖がって出ようとしなかった。だが、まだ3歳のアロイには、これから楽しい体験が待っているはず。そのためにも、外を散歩する喜びを教えたいと、はるか先生は、毎朝抱いてでも、外に連れ出した。

すると朝、はるか先生が近づくと、散歩に連れ出されるのではと、アロイは警戒するようになってしまったという。

後編「“怖がり保護犬”が動物行動学のプロの家に。3日間の玄関での籠城後に見せた劇的な変化」では、そんな散歩嫌いで、警戒心すら見せるアロイに、どうやって心を開かせたのか、詳しくお伝えする。

“怖がり保護犬”が動物行動学のプロの家に。3日間の玄関での籠城後に見せた劇的な変化