圧倒的に若者が多い職種(※写真はイメージ)

写真拡大 (全2枚)

 橋本愛喜さんの連載「はたらく人たち」第3回は美容師さんを取り上げます。いまは男女を問わず、美容院で髪のお手入れをする方が増えました。果たして、現場で働く人たちにはどんな苦労があるのでしょうか――。

【写真】身近な仕事なのに、知らないことが多いその実態

美容院・美容師の数

 突然だが、クイズを出そう。

(1)全国にある歯科医院
(2)全国にある美容院
(3)日本の全教育機関(学校)
(4)全国にある信号機
(5)世界のマクドナルド
(6)全国のコンビニ
 ※データは令和4年で統一
 ※教育機関は国・公・私立の幼稚園から大学院までの合計
 これを多い順に並べてみてほしい。

 よく、歯科医院はコンビニよりも多いという話を聞く。実際、歯科医院は6万7755軒、コンビニは5万5838店舗で、歯科医院のほうが1万軒以上多い。

圧倒的に若者が多い職種(※写真はイメージ)

 しかし、その数を軽々と超す店がある。それが「美容院」だ。

 厚生労働省の「令和4年度衛生行政報告例」によると、同年度の美容所数は26万9889店舗。実に歯科医院の4倍もの数である。

 広さを示す尺度として「東京ドーム何個分」が使用されるのと同じくらいピンとこないかもしれないが、日本の信号機は20万7057基。つまり、美容院は信号機よりも多いのだ。

(注・信号機とは「信号を制御する機械」のこと。「赤・黄色・青」のいわゆる信号灯器は全国で126万5493灯ある)

 美容院は生活衛生上、必須な施設ゆえ元々数は多く、1990(平成2)年には18万6506店舗あった。が、日本の人口が減っていくなかでも、その数は年々さらに増加。現在の数に至る。

※橋本作成

 その理由は何なのか。

 要因は複合的ではあるが、なかでも「美容の多様化」が大きいところだろう。これまで美容院といえば、カットやカラー、パーマなど「女性の美容」がターゲットだったが、時代の移り変わりとともに老若男女の美容意識が上昇。髪質改善から地肌ケア、トリートメント、薄毛防止などサービスのバリエーションが増えたことも背景にある。

 こうして年間約1万件もの美容室が開業しているが、一方、それと同時に1年以内に閉店してしまうサロンも非常に多いという話も。現場の美容師はこう話す。

「美容院の開業においては、参入障壁が低いんです。小さい箱(店舗)さえあれば開業できます。ただ、店舗が小さいと1日に対応できるお客さんの数も少ないので経営が安定しなくなり、閉店に追い込まれるケースが少なくありません」

 ※冒頭のクイズの解答:
 美容院(26万9889店)→信号機(20万7057基)→歯科医院(6万7755軒)→コンビニ(5万5838店舗)→日本の全教育機関(5万6,651校)→世界のマクドナルド(4万275店舗)

美容師になるには

 美容師になるためには、ご存じの通り厚生労働省が認定した美容専門学校を卒業したあと、「国家試験」を受ける必要がある。同じ美容系の職業に「ネイリスト」があるが、こちらは民間の検定はあれど必須ではなく、ましてや国家資格があるわけでもない。

 この違いはどこにあるのかというと、生活衛生上のインフラとして必須な存在であり、客の肌や髪に直接触れて施術するため、衛生面に関する知識や技術が保証・証明される必要があるのと、「ハサミ」という刃物を扱うためだとされている。

 そのため、客の肌に触れるという面では最近急増しているまつ毛パーマなどのサロンで働く「アイリスト」にも、この美容師免許が必要だ。

 現在の美容師の数は57万1810人(前年比1.8%増)。全国の小学校の教員の数よりも多い(47万4068人)のだが、美容師の特徴は「数」だけではない。その若さだ。

 令和5年の賃金構造基本統計調査から計算すると、美容師・理容師の平均年齢は約31.8歳。全国の一般労働者の平均年齢は43.2歳であることに鑑みても、若者の多い業種だと言える。

職業

 また、美容師・理容師の年齢構成を見てみても、10代20代で58%、30代が約18%と、30代までで76%を占め、一般労働者の平均年代の40代以上はわずか23%しかいない。さらにこれは理容師も含む数字であるため、美容師のみに限るとより若者の割合は増えると考えられる。

 労働者が若くなる要因を、ある美容師はいう。

「最新の流行をキャッチするのはやはり若い人の方が得意。専門学校を出たばかりで学ぶ技術も新しい。こうなるとやはりベテランは独立して経営側に回ったほうが賢明です。美容は個々の表現でもあるので、元々美容師には将来自分の店を持つことを目標にしている人も多いですし」

 また、全く別の職業に転職してしまう人も少なくない。理由はもちろん様々だが、なかでも大きな原因になっているのが「職業病」だ。

「1日多い時だと5〜6人お客様を担当します。体力的にはかなりきつく、体を壊してしまう人も多いんです」

「立ちっぱなしなので腰をやってしまうという人も多いですが、それ以上に多い職業病が『腱鞘炎』です」

 そう聞くと、なんとなくハサミで髪を切る際に腕を酷使しているのではと思いがちだが、実はハサミよりも手首に負担を掛けるものがあるのだそうだ。

「『ドライヤー』です。小刻みに動かしたり角度を変えたりするので、手首にかなりの負担がかかります。機能として早く乾かせるというのはもちろん魅力ですが、現場の美容師がドライヤーに求めるものは速乾以上に『軽さ』だったりします」

 美容師にはもうひとつ致命的な職業病がある。「手荒れ」だ。

「シャンプーが合わない人がかなりいるんです。なかには発疹が肩や首元にまで達してしまう人も。まあ、1日に何度もお湯とシャンプーやカラー剤に触れれば手荒れしないほうが不思議なくらいですが。せっかく国家資格まで取って『手荒れ』で離職しないといけない人たちをこれまで何度も見送ってきました」

 手荒れ防止のため一般的な「ゴム手袋」をすると、髪の毛が指に絡まるため敬遠されていたが、最近では素肌と同じくらいの手袋も売っており、現場で重宝されているという。

 筆者もそのゴム手袋を付けてシャンプーしてもらったが、全くわからなかった。

コロナ禍の変化

 第1回目の「レジ係」同様、美容師接客業だ。

 人との接触が最小限に抑えられたコロナ禍では、リモートワークや外出自粛が定着。当時は美容院も感染防止対策で大変だったという。

「感染防止対策は大変でした。お客様にもマスクは着用してもらっていましたが、カットの時にヒモが邪魔になってしまうので、耳を掛けるところを一度ねじってバッテンにしてもらったり。あと、紙の雑誌が各店舗一気にタブレットに変わったのもこの時期ですね」

 売上も大分落ちたのでは、と問うてみたのだが、こちらは「一概にそういうわけでもなかった」という声が少なくなかった。

「やはり当時、お客様の来店頻度は全体的に減りました。が、家でできることとして『自分磨き』をする人が増加。普段対面だとできない髪型を試したり、気分転換に明るい髪色にしたりと、『新しいヘアスタイルを試せるいい機会』ということで、うちはお客様1人の単価が上がりました。なのでコロナが“大打撃”とは感じませんでしたね」

「髪の内側と外側の色を変える、いわゆる“インナーカラー”が流行り始めたころもコロナ禍。こうした世相から流行が生まれるんだなと感じました」

 一部の経営者は「コロナ禍よりも大変なのはむしろ今」と話す。

「コロナ禍では、『しばらく美容院に行かなくてもいいヘアスタイル』も編み出され定着。今でもお客様のご来店頻度が減った印象があります。また、当時は美容院専売シャンプーやカラー剤が次々に発売されたんですが、それが一部客足が戻らない原因になっているような。そこに円安や賃上げが重なり、カラー剤や人件費が負担に。コロナ禍より今が辛い」

690円カットにサロンが思うこと

 こうして多くの美容院が苦境に立たされるなか、昨今「690円でカットしてくれる美容院」が日本に拡大しているという。先日もネットニュースで大きな話題になっていたが、

「サクッと髪を切りに行けるのは便利」

「値上げラッシュの時代にすごく助かっているのでよく行っている」

 という声のほかに、

「技術を安売りするべきではない」

「サービスがバリカンで坊主とかならば分かるが、ハサミを使って時間もかけてカットしているのに690円はデフレを助長してしまう」

 という声が相次いだ。

 そんな激安店舗の台頭に対し、他サロン経営者や美容師たちはどう思っているのか聞いたところ、意外にも危機感はないという。

「安く提供する店舗にはそれなりの客層が集まる。店の価格が二極化することは、つまり客質も二極化する」

「私は安いカット屋さんを否定しません。気になるところだけカットする、『安くて早い』に価値を求めるお客様にとってはいいサービスだと思います。安いカット屋さんとその対極にある一般〜高単価の美容室双方の価値が上がっていいのでは。上手に使えばいいサービス。自身の顧客様にもお薦めしたりします」

美容師あるある

 今回、美容師たち本人やSNSなどで見られた、職場の「あるある」について集めてみたところ、やはり客対応による内容が多かった。

「お客様のカラーの待ち時間に爆速でお弁当食べる」

「シャンプー中に会話してて笑いが出た瞬間、顔に乗せていたガーゼが吹き飛んで目が合う。めっちゃ気まずい」

「重たい雑誌やタブレットを顔の前に持ってきて読んでいるお客様に遭遇すると、『下向き過ぎて切りにくいこと知ってらっしゃる人だ』と妙に感動と感謝がこみ上げる」

 最後に、客に対して何かお願いしておきたいことを問うたところ、最も多かったのが「じっとしていてほしい」だった。

「こちらからの質問に、いちいち頷かなくていい」

「ヘアマニキュアするときに頭がぐらぐら動くお客さん。頭皮にマニキュアが付いてしまう。リムーバーで取らないといけなくなり、大変なので動かないでほしい」

「シャンプー中、ネープ(首回り)を洗う際、頭を上げられるとシャワーが上を向いて噴射します。まさに噴水状態。洗いやすいようにしてくれているんだと思いますが、その必要は全くないので首の力抜いておいてください」

 また、当日着てくる洋服についての要望も多かった。

「プルオーバー(前が開かないタイプ)のフード付きパーカーはNGです。カット、カラー、シャンプー、どの行程でもフードが邪魔になります」

「フード付きのパーカーを着ていらっしゃったお客様に『もし下に何か着られているようならパーカー脱げますか?』と聞いたら、脱いではくれたものの、その下がタートルネックだった。タートルネックも美容院ではNGです」

「ニットは毛がついた際なかなか取れない。カットする際に着ていただくクロスの袖口から手を通す際、腕が長いお客様の場合は、長袖のニットを着てらっしゃったりすると袖口にカットした毛がついてしまうことも。また、特に刈り上げる男性のお客様は、首元に細かな毛がつくことも多いです」

 その他にも「予約時間には早すぎず、遅すぎず来てほしい。だいたい5分前くらい前だと助かる」、「セルフカラーは直しや修正が大変で、希望のカラーに修正できないことが多いのでやめてほしい」といった声もあった。

 今回、多くの美容師アンケートを依頼したが、普段客になかなか面と向かって言えないことが多いようで、そのなかでも最も多く答えてくれたのがこの「客への要望」だった。

 やはりサービス業、感情をなんとか押し殺す「我慢の労働」なのだなと改めて彼らの気苦労に脱帽するのだった。

橋本愛喜(はしもと・あいき)
フリーライター。元工場経営者、日本語教師。大型自動車一種免許を取得後、トラックで200社以上のモノづくりの現場を訪問。ブルーカラーの労働問題、災害対策、文化差異、ジェンダー、差別などに関する社会問題を中心に執筆中。各メディア出演や全国での講演活動も行う。著書に『トラックドライバーにも言わせて』(新潮新書)、『やさぐれトラックドライバーの一本道迷路 現場知らずのルールに振り回され今日も荷物を運びます』(KADOKAWA)

デイリー新潮編集部