大東駿介「14歳で母親が出て行き、生死を迫られる状況に。そこで人生を終えなかったから、今がある。心の傷は癒えなくても、その傷と共に生きる術を覚えて」
2020年にイギリスで上演後、大きな話題となり絶賛された舞台『What If If Only―もしも もしせめて』。わずか20分間に凝縮された、ある男の再起に向けたストーリー。現代イギリス演劇を代表する劇作家キャリル・チャーチルの最新作であるこの作品が日本初上陸。妻を失って悲嘆にくれる男を大東駿介さんが、“未来”と“現在”を浅野和之さんが演じます。今回のインタビューでは、ご自身に起きた辛い出来事について、「乗り越えることは今もできない」と率直な言葉で語ってくれました。そんな大東さんが強い思いを胸に本作に挑みます。(構成◎岡宗真由子)
【写真】大東駿介さん「親に捨てられて苦しかったあの時間は、この幸せを得るための過程だった」
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<前編より続く>
自己肯定感がとんでもなく低かった自分
『What If If Only―もしも もしせめて』は、一人の人間の喪失の悲しみと真摯に向き合った作品です。実は僕自身も、コロナの時期にとても大切な友人の一人を亡くしました。僕はそんなにたくさんの友人がいるわけではないので、その穴がとてつもなく大きかった。今でも苦しい思いがあります。
僕は14歳の頃、二人で暮らしていた母親が出ていって、生きるか死ぬかという状態に追いやられた経験をしています。電気も水道も止められた部屋で、誰かに助けを求めることもできなかった。当時は悲しかったし、自分は何の価値もない人間だと思い知らされたように感じていました。
でも今考えれば、そこで人生を終わらせなかったから、悲しみや不幸で人生が埋め尽くされないですんだのだと思います。僕の場合は、その後伯母に引き取られたことで、学生時代に映画をたくさん見て、東京に上京して役者を志すことができました。
何事も起こらず母と暮らしていたら、ずっと地元にいたままの人生だったかもしれません。親に捨てられて苦しかったあの時間は、この幸せを得るための過程だったと、今ではそう思えるようになりました。
影響を受けた映画
自分の存在を否定していた当時、影響を受けた映画の一つが『岸和田少年愚連隊』です。そこに映し出された一人一人の登場人物たちの人生が映画のフレームの外にも確実にある、と感じました。役者になれば、他の人の人生を生きることができる、そんなふうに思えたのです。
そして実際に役者になったことで、自分の辛い思いや当時の境遇を恨んだ気持ち、全てが武器に変わっていった。さらに役者という職業は、今はこの世にいない大切な人たちを記憶しているこの肉体を使って仕事ができる。それが表現として他の人にも伝わっていくわけですから、間接的に彼らを生き続けさせられると感じるのです。
子どもの頃の辛い記憶や、大切な人を亡くした悲しみを乗り越えることは難しい。ましてや忘れることなんてできないし、何かのきっかけでフラッシュバックを起こすこともあります。人の心の傷は癒えるというより、その傷と共に生きる術を覚えるだけなのではないかと僕は思っているんです。
この世には「もし、あの時こうしていれば」という人の思いが溢れているのではないでしょうか。でもそれは無駄なことではなくて、“もし”と考えを巡らせるからこそ、これから先の生き方も見えて来る。この作品は、悲しみを抱えながら生きている全ての人たちに“かすかな一歩でいいから踏み出そうよ”と、現実味のある背中の押し方をしてくれるのではないかと思います。ぜひ実際に、劇場でご覧いただけたら嬉しいです。