自然災害に備え、飼い主がペットのためにできること〈マイクロチップの装着〉〈ワクチン接種〉〈キャリーケースに慣れさせる〉
『婦人公論』8月号(7月15日発売)では、「豪雨、地震、台風……今すぐ見直すわが家の防災」という特集を組み、自然災害への備えについて特集しました。そのなかから、選りすぐりの記事を配信します。*****日本でペットを飼っている家庭は、全体の2割ほど。だからこそ、動物を連れての避難はまだまだ容易ではありません。熊本地震を経験した獣医師が、飼い主が準備しておきたい最低限のことを伝授します(構成=島田ゆかり イラスト=青山京子)
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人間優先の社会という前提で準備を
私は熊本県内で動物病院を開業しているのですが、大きな自然災害が起きたらペットはどうなってしまうのか――そんな思いから、2011年の東日本大震災の後、福島県と宮城県を視察に訪れました。
そこで見た現実は厳しいもので、多くのペットは家族と離れ離れ。避難所には連れて行けず、自宅に残されるケースもあり、本当に胸が締め付けられる思いでした。
その経験から、飼い主とペットが同じ場所で過ごせる「同伴避難」が可能な動物病院を完成させたのです。するとその直後、熊本でも大きな地震が発生。約1ヵ月間、200名を超える飼い主と動物たちが一緒に過ごすことができたのは不幸中の幸いでした。
しかし全国的に見ると、ペット同伴が可能な避難所はごくわずか。なぜならペットを飼っている家庭は、日本全体で2割程度と少ないからです。
たとえ同伴避難所に指定されていても、「鳴き声がうるさい」「動物アレルギーだから困る」とクレームが出るケースもあり、ペット同伴の避難者は肩身の狭い思いをすることも少なくありません。
ある避難所では、犬に水を飲ませていたら「貴重な水を犬にやるとはなにごとか!」と怒られたという話も聞きました。
飼い主にとっては大切な家族でも、まだまだ人間が優先の社会。その現実を知っておくことが、一番の心構えと言えるかもしれません。そのうえで、飼い主が準備しておくべきことをお伝えしましょう。
まず大事なのは、マイクロチップの装着。
マイクロチップはGPSのように位置情報を確認することができないため、ペットが外を放浪している場合は見つけることができません。
ただし、保護された保健所や動物病院などでデータを読み込んでもらえば、飼い主がわかる仕組みになっているのです。
22年から、ブリーダーやペットショップでペットを購入する場合は装着が義務化されており、それ以外のペットにも装着の努力義務が課せられています。飼い主は、早めの対応をしておくべきでしょう。
次に、ワクチン接種やノミ・ダニ予防に加え、犬の場合は狂犬病の注射を毎年受けておくこと。
これは、災害時の感染症を防ぐ目的もありますが、避難所で周囲の人に「うちはキチンと予防接種をしています」と言えるよう、マナーのためにも必要だと言えます。
(イラスト:青山京子)
続いて、キャリーケースでの生活に慣れさせておくこと。普段、病院に連れて行く際に使っている人も多いと思いますが、いざというときに入ってくれないと意味がありません。
避難所ではキャリーケース内での生活を強いられますし、在宅避難の場合でも、パニックで逃げ出さないようキャリーケースでの生活がベストだからです。日頃から部屋に置き、おやつを置いたり、お気に入りのタオルを入れたりして、安息の場であることを理解させておきましょう。
ペットとともに避難所へ行く場合は、持ち出す荷物に優先順位をつけなければなりません。最優先は、薬や療養食。
動物は繊細で環境が変わるとパニックになるので、安定剤があると避難先でもぐっすり眠ってくれて安心です。日頃からかかりつけの獣医師に相談して、何錠か処方してもらっておくとよいでしょう。量が少なければ「酔い止め」、多ければ「睡眠薬」として利用できます。
獣医師と相談のうえではありますが、災害が起きる前に少量ずつ試してみて、自分のペットにはどれくらいが適量なのか、把握しておくと安心です。
それ以外の細かな備えとして、「もしもに備える『かきくけこ』」というものを推奨しています。こちらの記事に詳しくまとめましたので、参考にして準備してください。
ペットの存在が生きる希望になる
どんなに入念に備えても、災害が起きたら人も動物もパニックになるものです。けれど、覚えておいてほしいのは、動物はとても敏感で、飼い主が動揺するとそれが伝わるということ。まずは飼い主が落ち着き、「大丈夫」と声をかけて安心させてあげてください。
脱走は最悪のパターン。そうならないために、避難中はキャリーケースから不用意に出さないことが大事です。つい「狭いところに入れられてかわいそう」と考えがちですが、そう思っているのは人間だけ。小型犬や猫は狭い空間でも慣れるので大丈夫です。
犬は散歩が必要ですが、猫はトイレもごはんも、大きめのキャリーケースがあれば、その中で行いましょう。
万全の対策をしていても、ペットがパニックを起こし脱走してしまった場合は、犬と猫では対応が異なります。
犬は放っておくと、どんどん遠くへ行ってしまうため、状況が許せばできるだけ早く捜すこと。逆に、猫は半径200メートルくらいの場所に留まる習性があるので、1週間くらいの間に周辺を捜してください。
熊本地震を経験して私が思うことは、ペットがいる避難所のほうが、人間同士のトラブルが少なく、自助、共助がしっかりできているということ。
それは、「動物を守る」という共通意識があり、会話が弾むからかもしれません。動物たちがいることで場が和み、生きる希望になっていると言っても過言ではないのです。
そう考えると、ペットを守るための防災は、飼い主を救う防災でもあると言えるのではないでしょうか。
「もしもに備える『かきくけこ』」につづく