アストンマーティンが新型「ヴァンキッシュ」を日本で初公開した。V型12気筒エンジンを搭載する同社のフラッグシップモデルであり、自ら「唯一無二のヘイロー(後光がさす)モデル」と称するヴァンキッシュ。どんな仕上がりなのか、実車を詳細に観察してきた。

アストンマーティン「ヴァンキッシュ」ってどんなクルマ?(本稿の写真は撮影:原アキラ)

アストンマーティンとV12の歴史

111年の歴史を誇る名門、アストンマーティン。同社で初めてV12エンジンを搭載したフラッグシップモデルといえば25年前の「DB7 ヴァンテージ」だ。2002年には最高出力466PSのV12を搭載した初代ヴァンキッシュがデビュー。2004年から2007年までは、527PSのパワーアップ版「ヴァンキッシュS」を販売した。その総販売台数は2,500台を超えたという。

2012年にデビューした2代目ヴァンキッシュは575PSを発生する5.0LのV12を搭載。2016年には強力な600PS版の「ヴァンキッシュS」が登場した。2018年には725PS/900Nmの5.2L V12ツインターボを搭載した「DBS スーパーレッジェーラ」が発表となり、フラッグシップの座を一旦そちらに明け渡した。

今回登場したのは3代目となる新型ヴァンキッシュだ。新しいシャシー構造を採用してホイールベース、特にAピラーからフロントアクスルまでの長さが80mm伸びており、その長大なボンネット内にアストンマーティン自ら新開発した5.2L V12ツインターボエンジンを搭載している。発生する最高出力835PS、最大トルク1,000Nmはクラス最高値。345km/hというスーパーカーレベルの最高速度を公証し、フラッグシップの座を取り戻した。







3代目となる新型「ヴァンキッシュ」。ボディサイズは全長4,850mm、全幅1,980mm(ミラーを除く)、全高1,290mm、ホイールベースは2,885mm、車両重量は1,774kg

技術的特徴は?

パワーアップに関しては、わかりやすいところでは再設計したシリンダーヘッドやスパークプラグの位置変更、大流量の燃料インジェクターなどが効果を発揮している。通常必要とされるターボブースト圧より高い圧力を溜めておき、フルスロットルが必要な時にすぐに応答する「ブースト・リザーブ機構」なども採用した。エンジンオイルもヴァンキッシュ専用だ。

新開発の5.2L V12ツインターボエンジンを搭載

ボディ構造は接着アルミシャシーに前ダブルウィッシュボーン、後マルチリンクサスペンションの組み合わせ。ダンパーにはビルシュタイン製「DTXアダプティブダンパー」を採用しており、走行モードにより素直な乗り心地から超高速域での俊敏性とレスポンスまでを両立している。ステアリングはロックtoロック2.27回転の車速感応式。ESC(横滑り防止装置)とE-diff(電子式ディファレンシャル)を完全統合したESPシステム、前410mm、後360mmのカーボンセラミックブレーキ(CCB)、21インチ鍛造アルミホイールに組み合わせたヴァンキッシュ専用設計のピレリ「P Zero」など、極低速から超高速域まで、その性能を担保する技術投入の項目は数知れずといった感じだ。







高性能を支える技術は数知れず

内外装は変わった?

エクステリアでは、少し鼻先が伸び835PSエンジン冷却のため表面積が13%広くなったアストンを象徴する形状のフロントグリル、新しいライトシグネチャーのマトリックスLEDヘッドライト、「ASTON MARTIN V12」の文字が刻まれるサイドストレーキが目を引く。リアには、ブラックベースに「ASTON MARTIN」のワードマークが刻まれる、純粋にスタイリングのために設けられた「シールド」を装着。それを囲む7つのブレードで構成する特徴的なリアLEDライト、その下に配置したV12サウンドの咆哮を発するクアッドテールパイプが新しい。





新型「ヴァンキッシュ」のエクステリア

展示車の2+0(つまり2座のこと)のインテリアはブルー内装で、新しいキルティングパターンのスポーツプラスシートとリアのパーセルシェルフは見事な出来栄えとしか言いようがない。ブラックがベースとなるセンターコンソール中央のガラス製スタート/ストップボタン(照明付き)、触ると冷たい金属製のロータリーダイヤル(クリック感は重い)、ローラー類もクラフトマンシップ感が満載だ。10.25インチのTFTドライバーディスプレー(回転計は7,000rpmからがレッドゾーン)とセンターコンソールのタッチスクリーンが最新モデルであることを主張している。









新型「ヴァンキッシュ」のインテリア

誰でも乗れる?

さて、こんなハイパフォーマンスなラグジュアリーカーではあるけれども、とりあえず誰でも運転できるのは最新モデルの常。V12エンジン搭載モデルといえば、先代のメルセデス・ベンツ「SL6.5AMG」を米国で試乗した時のことや、最近ではランボルギーニ「レヴエルト」(こちらはV12エンジン&3モーターの1015PS)を富士スピードウェイで全開にさせた時のことを思い出すが、こうしたモデルでも「普通に」乗れるのである。シフトをドライブに入れ、オルガン式の大きなガスペダルを踏めば、間違いなく安全に、スルスルとクルマは動き出す。

一方で、本当に乗りこなせるかといえば、ちょっと難しい。例えば、このヴァンキッシュはパールホワイトのエクステリアに鮮やかなブルーのインテリア。これにぴたりとマッチする服装、隣に乗せる人は誰なのか、そしてどこへ行くかなどを考えていくと、敷居はなかなか高い。ハイパフォーマンスを100%味わうために、サーキット走行や会員制クラブで腕を磨く必要もあるかも知れない。







このクルマを乗りこなすのはいろいろな意味で大変かも?

アストンマーティンのロイヤルカスタマーであれば、お買い物に行くなら段差などを気にする必要のないSUVタイプの「DBX」(707ならいうことなし)に乗り換えるだろうし、本気で走るためには「ヴァルハラ」を所有しているのかも知れない。こうしたユーザーは、なんでもこなせる「実用車」では体験できない世界を味わうために、大枚をはたいているのだろう。

パワー、スピード、ラグジュアリーを求めるユーザーたち

新型モデルを開発するにあたって、アストンマーティンにはユーザーからどんな声が届いていたのか。聞けば「モアパワー、モアスピード、モアラグジュアリー」の3つだったという。

そうした顧客を満足させるため、V12エンジンのトップには「HAND BUILT IN GREAT BRITAIN」の文字とともに、最終検査者の個人名が刻まれている。その担当者は何人くらいいるのかを尋ねたら、人数は教えてくれなかったものの「私がみんなの顔を知っているくらいの数だ」とのことだった。





エンジンは最終検査者の名前が

少数精鋭で制作される新型ヴァンキッシュは、年間1,000台以下の限定生産。価格は超スーパーカーレベル(今のところ非公開)とのことだ。デリバリーは2024年第4四半期に始まるというが、すでに1年分は予約でいっぱいなのだという。



























原アキラ はらあきら 1983年、某通信社写真部に入社。カメラマン、デスクを経験後、デジタル部門で自動車を担当。週1本、年間50本の試乗記を約5年間執筆。現在フリーで各メディアに記事を発表中。試乗会、発表会に関わらず、自ら写真を撮影することを信条とする。 この著者の記事一覧はこちら