海外の会社は、日本よりはるかに柔軟です。エンジニアに気持ちよく仕事をしてもらうことが、社の未来に関わる重要な要因であることを理解しているからです(写真:EKAKI/PIXTA)

日本企業のIT人材採用競争力が急速に低下している。給与交渉の硬直性や柔軟性の欠如が、優秀な海外エンジニアの獲得を困難にしている。一方で、「コストを下げる」ことに固執するあまり、プロジェクトの成功という本来の目的を見失っている現状もある。

多重下請け構造がもたらす品質低下の問題も深刻化が進む「ゆでガエル」状態の日本IT業界が、国際競争を生き抜くための課題と打開策を探る。(『エンジニアリソース革命』より抜粋してお届けします)。

優秀な人材を遠ざける日本企業の体質

私が日本と海外で仕事をするなかで強く感じているのは、日本企業の採用における競争力が明らかに落ちているということです。

たとえば、これまでベトナムで日本企業がベトナム人材をめぐり、欧米系企業に競り負けるということはありましたが、東南アジアの企業に負けるということはほぼありませんでした。

しかし最近は、ベトナムの現地企業にも日本企業が競り負け、採用に失敗するというケースが増えているのです。

特に、複数のオファーを受けるような優秀なエンジニアを採用する場合、この傾向が顕著です。

優秀なエンジニアの採用には、給与交渉が重要となります。けれど日本企業は、オークション状態になっているにもかかわらず、最終面接で社内のルールを重視し、現在の社員との相対的な額に基づいて「これ以上の給料は出せない」と主張する場面が多々見られます。

一般的に日本の企業では、給料は一律に決められ、部署や部門にかかわらず同じような金額の給料が与えられます。給与は実績よりも勤務年数に基づくという企業も多いでしょう。

加えて、「海外人材にはそこまでコストをかけたくない」という傾向もあり、エンジニアとの給与交渉で融通があまり利かないのです。

一方で海外企業は、必要な人材のためにはコストに糸目をつけません。

特にスタートアップは優秀な人材を採用する意欲が高く、「この人材がいなければ会社が成長できない」という理由から、コストをかけてでも積極的に優秀な人を採用しようとします。

その結果、日本企業は競り負け、海外企業に優秀な人材が集まっていくのです。

日本にある「思い込み」は過去の話

日本では「海外、特に東南アジア人材は質が悪い」という思い込みが根強く残っているかもしれません。たしかにひと昔前はそのような部分はありましたが、現在は状況が大きく変わっています。

私が考えるに、日本企業が東南アジアエンジニアの質が低いと感じる理由は、実際に自分の会社に来ているのがレベルの低い人材だからではないでしょうか。

しかしそのようなエンジニアはごく一部、というよりも最下層のエンジニアです。今や、海外の優秀なエンジニアは日本企業など選ばないのです。

日本企業の人気が落ちている要因としては、ほかにもあります。

具体的には、出退勤のルールが厳しい、昇進の機会がない、日本人の社員が英語を使えないなど、日本独自のルールや文化が挙げられます。先の給与交渉の例からもうかがえますが、日本企業はルールを厳守しすぎるあまり、社員の利便性や快適性をおざなりにしているように思われます。

そのような日本人の国民性はひとつの長所ではありますが、そのために優秀なエンジニア人材を獲得できず、プロジェクトが失敗する、そもそもスタートできない……というのでは、本末転倒です。

つまり日本企業は、エンジニア採用の本来の目的――優秀なエンジニアを採用してプロジェクトを成功させることを脇に置いてしまい、ひたすらコストを抑えようとして、採用の機会を逃しているといえます。

日本よりはるかに柔軟な海外企業

海外の会社は、日本よりはるかに柔軟です。

なぜかといえば、先に述べたような「優秀なエンジニアがいなければ、プロジェクトがスタートできない」という強い危機意識があり、エンジニアに気持ちよく仕事をしてもらうことが、社の未来に関わる重要な要因であることを理解しているからです。

そのため、社内ルールを変更するなどして、採用したいエンジニアの希望に合わせて対応しています。

こうして日本企業は迷走を続けているのですが、結果的に商品の品質が低下するという問題が起こります。

わかりやすいのが、コロナの追跡アプリ「cocoa」の開発の例です。このアプリの完成度が低く、問題となったことを覚えている方も多いでしょう。

肝心の陽性者との接触情報が配信されないというトラブルが起こりましたが、アプリの意義を考えれば致命的です。驚くべきことに、このような致命的な不具合が4カ月も放置されていました。

これには、IT業界の多重下請け構造という根深い問題が関わっています。

このアプリ開発においても、大手企業から中小、零細企業へと、何層にもわたって仕事が流れ、開発を受注した企業がその事業費の94%を他社に支払い、再委託していたことがわかっています。

多重下請け構造では、委託先もさらに他社に仕事を委託します。そのような状況で、いったい誰がプログラムを書いているのかがわからなくなっていたのではないでしょうか。

上流の企業は下請けに開発を丸投げするだけで、技術力はありません。バグの発生原因や進捗が把握できず、対策が後手に回ってしまってトラブルが発覚したのですが、このような多重下請け構造の中では、起こるべくして起きた失敗といえます。

新しいことに挑戦するより、既存のやり方を維持することを好む日本企業の多くは、現在の方法を変えることを恐れ、将来的な発展よりも今現在のコスト削減を重視しがちです。

それは成長し続けるIT業界においても同じで、特に中小や零細企業には、新しいツールや方法を敬遠する人たちが多く見られます。

しかし、優秀なエンジニアは新しいものを拒まず、「未来を変えたい」という強い気持ちを持っています。日本企業が先に述べたような姿勢を変えなければ、優秀なエンジニアには完全に見限られてしまうでしょう。

日本のIT業界は「ゆでガエル」状態

私は、日本のIT業界は「ゆでガエル」の状態になっているように感じています。


たとえば、世界には貧しくても幸福度が高い国がありますが、これは彼らが他の生活を知らないため、現状に満足しているからではないでしょうか。現に、インターネットなどで外国の暮らしを知ると、幸福度が下がるという現象も見られるようです。

日本のIT業界でいえば、かつての日本は「エンジニア大国」であり、中高年層には、今なおそのようなイメージを抱いている人が多いと思います。

しかし現実には、日本企業は優秀なエンジニアをほぼ採用できておらず、過去の常識にとらわれすぎるあまり、海外エンジニアの実力を正しく理解できていないのです。

今は国境や時間がフリーになり、世界がどんどん広がっているのに、大半の日本企業の視野は狭いままです。このままでは、日本企業がエンジニア獲得の国際競争の中で生き残ることはできません。

(国本 和基 : freecracy株式会社代表取締役社長兼CEO)