動植物が生きていく上で必要不可欠な酸素は、植物や植物プランクトンの光合成によって作られると考えられています。ところが、光が届かず光合成ができないはずの深海で作られる「dark oxygen(暗黒酸素)」の存在が明らかとなり、生物以外も酸素を生み出している可能性が示唆されました。

Evidence of dark oxygen production at the abyssal seafloor | Nature Geoscience

https://www.nature.com/articles/s41561-024-01480-8



News - Deep-sea discovery calls into question origins of life - The Scottish Association for Marine Science

https://www.sams.ac.uk/news/sams-news-dark-oxygen-discovery.html

Deep-ocean floor produces its own oxygen | EurekAlert!

https://www.eurekalert.org/news-releases/1051740

Mysterious 'Dark Oxygen' Discovered at Bottom of Ocean Stuns Scientists : ScienceAlert

https://www.sciencealert.com/mysterious-dark-oxygen-discovered-at-bottom-of-ocean-stuns-scientists

スコットランド海洋科学協会(SAMS)の生物地球科学者であるアンドリュー・スウィートマン氏らの研究チームは、ハワイとカリフォルニア半島の中間に位置するクラリオン・クリッパートン海域の海底を調査していた時、水深4000mを超える深海で酸素が生成されていることを示唆するデータを検出しました。しかし、光の届かない深海では酸素が消費されるだけであり、新たに生成されることはないという共通認識があったため、スウィートマン氏のチームは機器の故障だと思ったそうです。

スウィートマン氏は、「最初にこのデータを入手した時、私たちはセンサーが故障しているのだと考えました。なぜならば、これまで深海で行われた調査では酸素は生成されず、消費されることしか確認されていなかったからです」と述べています。

センサーを再び較正(こうせい)しても10年以上にわたって奇妙な酸素測定値が表示され続けたため、研究チームは別のセンサーを使いましたが、やはり同じ結果でした。そこでようやく研究チームは、何か画期的で前例のないデータを手に入れたことを確信したとのこと。こうして、深海で作られる「暗黒酸素」についての本格的な研究が始まりました。



2023年の夏、スウィートマン氏はノースウェスタン大学の化学教授であるフランツ・ガイガー氏に連絡し、深海で酸素を生成する可能性があるプロセスについて議論しました。ガイガー氏は以前の研究で、酸化鉄などが海水と組み合わさると電気を発生させることを発見しており、「深海の金属を含む鉱物が電気を生み出し、海水の電気分解によって酸素が生成されるのではないか」という仮説を立てました。

この仮説を検証するため、研究チームは海底から集めた数ポンド(数kg)の多金属団塊(マンガン団塊)をガイガー氏の研究室に送りました。多金属団塊は深海に存在する球状の塊であり、コアの周囲に水酸化鉄と水酸化マンガンなどが層状に凝結したものです。これにはコバルト・ニッケル・銅・リチウム・マンガンといった金属が含まれており、複数の企業がこれらの元素を多金属団塊から抽出することを目指しているとのこと。

研究チームは実験により、単一の多金属団塊が表面に最大0.95V(ボルト)の電圧を生み出すことを確認しました。電気分解によって海水から酸素を生み出すには1.5Vの電圧が必要ですが、これは複数の多金属団塊が直列電池のようにクラスター化すれば容易に到達できる数値です。

以下の写真は、実際に海底から採取された多金属団塊を模擬海水に浸し、生成される電気の量を測定している様子です。ガイガー氏は、「どうやら私たちは、天然の『ジオバッテリー』を発見したようです。このジオバッテリーは、海における暗黒酸素生成の説明の基礎となる可能性があります」と述べました。



by Franz Geiger/Northwestern University

多金属団塊による暗黒酸素生成の規模など、まだ調査するべきことは山積みになっていますが、研究チームは「鉱物資源を抽出するために海底から多金属団塊を採取することが、結果として酸素に乏しい海洋の『デッドゾーン』を作り出しているのではないか」と考えています。

ガイガー氏は、「1980年代に多金属団塊が採掘された場所を海洋科学者が2016年と2017年に訪れたところ、採掘された地域ではバクテリアすら回復していませんでした。一方、採掘されていない地域では海洋生物が繁栄していました。なぜこのような『デッドゾーン』が数十年も続くのかはわかっていません。しかし、多金属団塊が豊富な海底の動物相の多様性は熱帯雨林よりも高いため、今回の研究結果は海底資源の採掘戦略に大きな注意を与えます」と述べました。

また、スウィートマン氏は今回の研究結果が、地球上の生命の起源について新たな疑問を提起すると主張。「好気性生物が地球上に誕生するためには酸素が必要であり、地球上の酸素供給は光合成をする生物から始まったと理解されていました。しかし今では、光のない深海でも酸素が生成されることがわかっています。従って私たちは、『好気性生物はどこで誕生したのか?』という疑問を再検討する必要があると思います」とコメントしました。