(写真:Emily Elconin/Bloomberg)

ジョー・バイデンが7月21日にアメリカ大統領選からの撤退を表明したことで、アメリカ最高司令官をめぐる選挙は劇的な展開を見せている。この混沌とした選挙の行方はまだ定かではない。しかし現時点では、ドナルド・トランプ前大統領が政権に返り咲くという見通しを深刻に受け止めなければならない。

ターゲットを「中国」に絞って攻撃

共和党大会は、孤立主義、保護主義、キリスト教ナショナリスト運動、いわゆる1930年代の新ファシズムを彷彿とさせるMAGA(Make America Great Again=アメリカを再び偉大に)運動による同党の支配を確固たるものにした。オハイオ州選出の新米上院議員J・D・バンスを副大統領候補に選んだことで、その計画は決定的となった。バンスはこの運動のイデオロギーを深く支持している。

トランプ大統領の政権復帰は、日本にとって、そして戦後秩序の砦としてアメリカへの依存度を高めている他の同盟国にとって、どのような意味を持つのだろうか。筆者はアメリカの著名な日本専門家、マサチューセッツ工科大学(MIT)のリチャード・サミュエルズ氏と外交問題評議会(CFR)のシーラ・スミス氏に助言を求めた。

そして、トランプが再選した場合、日本にとって「最も起こりそうな5つの悪夢」のリストを作成した。決して網羅的なリストではない。これ以外にも危険が潜んでいることは間違いない。

悪夢1:貿易戦争と経済摩擦

トランプは、すべての輸入品に一律10%の関税をかけ、中国からの輸入品にはさらに50〜60%の関税をかける計画を繰り返し発表している。彼は何十年もの間、保護貿易主義を主張してきた。「経済的には驚異的だ」とトランプは最近のブルームバーグ・ビジネスウィークとのインタビューで語っている。「そして、これは交渉に有利だ」。

トランプはまた、ドルと円、人民元の為替レートの格差を狙い、1985年9月のプラザ合意のような大規模なドル切り下げを行う意向を示している。ブルームバーグによれば、日本と中国は貿易黒字を助けるために意図的に通貨安を維持してきたという。「日本はそうやって作られた。中国もそうだった。私たちは非常にまずい立場にいると思う」とトランプは宣言した。

トランプのメインターゲットは中国だ。だが、それは日本にも組織的な影響を及ぼし、対中国の貿易戦争に参加するか、あるいは、中国の広大な市場との関係を維持するかの選択を迫られることになる。

貿易制裁を「手段」として使っていく

中国にとどまらず、トランプの動きは保護主義とアメリカのナショナリズムというイデオロギーの上に成り立っている。共和党大会でのバンスの演説を聞いてほしい。

「私たちは、無制限のグローバル貿易のためにサプライチェーンを犠牲にすることをやめ、より多くの製品に『Made in the U.S.A.』という美しいラベルを貼るつもりだ。私たちは再び工場を建設し、アメリカ人労働者の手で作られた、アメリカ人家庭のための本物の製品を作るために人々を働かせるつもりだ。そして、中国共産党がアメリカ市民を犠牲にして中産階級を築くのを阻止するのだ」

トランプはまた、貿易制裁を、他の分野で自らが望むことをさせるために、他国を圧迫する手段として使っている。サミュエルズもスミスも、トランプがこの手段を使って日本に在日アメリカ軍の経費の大部分を負担させるだけでなく、アメリカ軍を撤退させるとまで脅すだろうと予測している。

トランプの顧問は、反中国を重視するためには日本が「カギ」になると言っているが、「日本を見捨てると脅して、もっと圧力をかける動きを止めることはできないだろう」とMITのサミュエルズは言う。

第1次トランプ政権時の貿易摩擦は何とかなったが、今回は「安倍首相のようなトランプをなだめる手腕を持つ日本の政治家はいない」(サミュエルズ)。

経済ナショナリズムは海外からの直接投資にも及んでいる。日本はこれまで、投資や工場をアメリカに移すことで何とか対処してきた。しかし、そのゲームも終わりを告げ、USスチールを買収する日本製鉄の入札の扱いが試金石となるだろう。

「トランプが買収を阻止する、という公約から手を引くとは思えない」とCFRのスミスは言う。トランプはこの件に関してディールメーカーになるだろうという期待にもかかわらず、イデオロギー的でキリスト教ナショナリストのトランプは、現在公約(買収阻止)に固執している。「日本に関しては、ディールメーカーではないトランプを相手にすることになるだろう」と彼女は予測する。

在韓米軍が撤退する可能性も

悪夢2:韓国からのアメリカ軍撤退と金正恩との取引

トランプ前政権の高官によれば、トランプは2020年に再選していれば、韓国からアメリカを撤退させる用意があったという。今回再選すれば、トランプが再びその方向に動いても不思議ではない。日本の指導者たちは、1970年代にまでさかのぼるこのような計画を、日本自身の安全保障を脅かすものとして長い間見てきた。

韓国からの兵力撤退は、北朝鮮の金正恩総書記との戦略的交渉への回帰を伴う可能性が高い。トランプは共和党大会の演説で、金正恩との取引というやり残したことをやり遂げたいという考えを示した。

「私は(金正恩と)とても仲良くなった」とトランプは支持者たちに語った。「戻ったら、彼と仲良くなる。彼も私が戻ってくるのを望んでいる。彼は私を恋しがっているだろう」。

実際、日本に届くミサイルの発射実験は中止されなかった。

「日本にとっての本当の悪夢は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)計画がなくなるという検証可能な保証と引き換えに、アメリカが北朝鮮に核武装した短・中距離兵器能力を受け入れることだ」とサミュエルズは話す。

この”ロマンス”を断ち切るために全力を尽くした安倍前首相はもういない。一方、韓国はアメリカから見放された場合、自国の核能力を開発しようと素早く動くだろう。

こうした理由から、韓国は「私の悪夢のシナリオのリストの上位にある」とスミスは話す。「特に、トランプによるプーチンへの友好的な口説きが加わればなおさらだ」。そこで、次の危険が迫ってくる。

ウクライナ戦争を「終結」に向かわせる

悪夢3:トランプはウクライナを見捨て、ロシアを受け入れる

トランプと彼の伴侶であるバンスは、ウクライナへの最新の軍事支援策を阻止しようとした主要勢力だった。ウクライナの戦況を逆転させる決定的な軍事的優位性をロシアに提供した。そして今、ウクライナの降伏に等しい和平交渉を強行しようとするロシアの努力を支援し、仕事を終わらせる準備が整った。

このプーチンへの支持は、アジアに資源をシフトし、ヨーロッパにウクライナ支援の負担を強いる必要性についてのレトリックにまみれている。バンスはフォックス・ニュースに対してトランプは戦争終結に向けて交渉すると語り、「そうすればアメリカは本当の問題、つまり中国に集中できる」と付け加えた。

プーチン政権はこのメッセージをはっきりと理解した。「彼(バンス)は平和と援助停止を支持している。実際、ウクライナへの武器供与を止めれば、戦争は終結するのだから」と、ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相は語った。

ロシアの侵略に反対すると主張する共和党議員もいるが、バンスは常にもっと直接的だ。「正直に言うと、ウクライナがどうなろうと知ったことではない」と彼は2022年のロシア侵攻後に語っている。

悪夢4:台湾海峡の危機

バンスとトランプを中心とする新右翼イデオローグは、中国を外交政策の焦点としている。彼らの中には、台湾を支配しようとする中国への抑止力を強化する必要性を説き、ウクライナに送られた武器が台湾に流れるべきだと主張する者もいる。

実際には、台湾はそのような兵器を受け取る能力も興味もない。また、台湾の指導者たちは、ウクライナでロシアが勝利すれば、モスクワの支援を受けた中国が台湾戦線でより攻撃的になることを助長するだけだと繰り返し述べている。

第2次トランプ政権は、中国との衝突の可能性を高め、中国に対する軍事行動に参加するよう日本に圧力をかけるかもしれない。しかし逆に、おそらくトランプ自身のアメリカ・ファーストのイデオロギーにより一貫して、台湾を放棄することになるかもしれない。

トランプはブルームバーグのインタビューでも(これが初めてではないが)その点を明らかにしている。トランプは台湾が「我々の半導体ビジネスの約100%を奪った」と攻撃しており、台湾を擁護する気はないと言える。「台湾は我々に何も与えてくれない。台湾は9500マイルも離れている。中国からは68マイル離れている」。

MAGA支持者が国を支配することになる

悪夢5:権威主義的で機能不全に陥ったアメリカ

民主的なアメリカの信頼性と安定性に依存している日本にとって、おそらく最も不安な悪夢は、トランプ勝利後にアメリカが完全な混乱に陥り、連邦政府が機能不全に陥るという見通しである。

ヘリテージ財団が策定したトランプ政権の詳細計画「プロジェクト2025」では、連邦官僚機構全体が大規模に粛清される。専門職は解雇され、MAGA運動の忠実な支持者と入れ替わる。

「同盟国にとって、誰のところに行けばいいのか、誰を信用すればいいのかがわからなくなる」とスミスは心配する。「そのような機能不全は致命的だ」。

日本は、自由で開かれたインド太平洋(FOIP)のような概念に具現化された、アメリカと共有する価値観や規範に基づいて、世界における自らの役割を組み立ててきた、とサミュエルズは指摘する。トランプ主義の下では、「世界の他の国々は、アメリカがハンガリーのように見え、フランスやイギリスのように見えなくなるだろう。アメリカの民主主義の衰退は、日本にとって悪夢だ」。


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(ダニエル・スナイダー : スタンフォード大学講師)