ロシアの高級車「アウロス」に乗り、平壌空港から市内へ向かう北朝鮮の金正恩総書記(左)と訪朝したロシアのプーチン大統領(写真・AFP=時事)

2024年6月19日から20日にかけて、ロシアのプーチン大統領は北朝鮮を訪問した。北朝鮮はロシアのプーチン氏を国賓級として受け入れた。新たな同盟関係を象徴する条約も締結され、ロシアと北朝鮮との関係強化は確実なものになった。

一方、ロシアには北朝鮮製の武器・弾薬支援、北朝鮮にはロシアからの核技術移転がなされるのではないかという見方が広まっている。今回のプーチン訪朝と新条約の意味をどう見るべきか。ロシア出身で世界的に著名な朝鮮半島専門家のアンドレイ・ランコフ韓国・国民大学教授に、今回の訪朝の重要性について聞いた。


――今回のプーチン大統領の北朝鮮訪問で公開された日程やイベントについて、どのような印象を持たれましたか。今回は平壌空港到着後、プーチン氏がかつて金正恩総書記にプレゼントした自動車のハンドルを握るというハプニングもありました。

私が見るかぎり、このようなハプニングには大きな意味はありません。今回は北朝鮮にとっては珍しい国賓の訪問です。当然、行事も接待も多くなります。ロシアはすでに金総書記にロシア産高級自動車「アウロス」をプレゼントしたこともあり、今回もまた、同じ車をプレゼントしました。

プーチン氏が自分を送迎するための車のハンドルを握ったことは、それほど驚くことではありません。若い時、生活が厳しくてアルバイトとしてタクシー運転手をやったことがあるプーチン氏は、もともと自動車の運転が好きな人です。

とくに慣れていない土地で運転することは楽しい経験となったでしょう。でも、政治的意味はありません。

ソ連時代の同盟関係の復元

――今回の訪朝により、北朝鮮とロシアは旧ソ連時代の同盟関係に戻った、当時の関係が復元されたとの指摘があります。

当然、そうなります。1961年に締結された「ソ連・朝鮮友好協力相互援助条約」が復元されました。しかし、最近よく関心の的になっている軍事支援に関する条項をみると、われわれが思っているほど重要ではない可能性があります。

例えば、中国と北朝鮮の間には今回のようなほぼ同じ内容の条約があります。しかし、朝鮮半島で武力衝突が生じても、中国がそれに干渉する可能性がほとんどないことは常識です。

ロシアもまた、朝鮮半島で小・中規模な衝突があっても、積極的に介入しない可能性があります。

そう考えられる、よい例があります。軍事同盟を規定した1961年の条約が締結されてから5年から7年の間、北朝鮮は韓国に対してかつてないほどの軍事挑発を行いました。例えば1968年1月の「青瓦台(韓国大統領府)襲撃未遂事件」(金新朝事件)や、同年11月の韓国東部・蔚珍、三陟で発生した武装ゲリラ侵入事件などです。

1960年代末期の朝鮮半島では、まるで第2次朝鮮戦争と呼んでもいいほどの大きな挑発が行われました。当時、北朝鮮の特殊部隊はソウル市内に侵入して大統領府を攻撃する準備を完了させており、実行直前になって明るみになって撃退されました。

とはいえ、当時のソ連はそういった北朝鮮の挑発を支持する考えはまったくありませんでした。

北朝鮮が将来、韓国に侵攻する可能性はなくはありません。とはいえ、そうなってもロシアはこのような戦争に自動的に引き込まれるわけではないでしょう。そのときの状況によって決定を下すはずです。

他方北朝鮮が侵略された場合に、ロシアが参戦する可能性のほうがはるかに高い。しかしながら、今や核保有国である北朝鮮を攻撃する国が世界にあるでしょうか。

――今回、2国間で締結された「包括的戦略パートナーシップ条約」について、ロシア側から2000年に締結された「ロ朝友好善隣協力条約」の延長線上にあるとの発言がありました。この発言に同意されますか。

それは当然です。世界のほとんどの隣国は互いに基本条約を持っているものです。また友好・善隣条約とされる条約の大部分は無期限、あるいは自動的に継続されるようになっています。

武器支援・技術移転の正当化?

――ロシアと北朝鮮の最近の関係に対し、「ウクライナ侵攻で必要な弾薬やミサイルを北朝鮮が提供している」「北朝鮮はその見返りに軍事偵察衛星の開発に対しロシアから支援を受けている。核開発にも支援や技術提供を受けている」という見方が根強い。今回の条約はそういった活動を正当化するもの、という見方があります。

こういった質問に対する正解を、われわれはこれから先、数十年間は知りえないかもしれません。こういったことに関する資料は、かなりの極秘扱いとされるためです。

それでも、私はロシアが北朝鮮の核技術開発を支援する可能性は高くないと考えます。その基本的な理由は、ロシアは世界の核保有国の中の1つですが、核保有国としての特権を多く持っているからです。

しかし、核保有国が増えれば増えるほど、ロシアをはじめとする従来の核保有国の特権が持つ力は弱まります。ロシアは核の拡散を支持する国ではありません。

ICBM(大陸間弾道ミサイル)をはじめとする弾道ミサイルの技術移転は、核技術の移転よりも行われる可能性が少し高いかもしれません。でも、それほど可能性が高いものではありません。

それは、ロシアが北朝鮮に移転した技術が「ロシアと敵対関係にある第3国」へ流出する可能性を恐れており、北朝鮮がロシアの技術を利用して、その機能が同等レベルの武器を生産し、国際市場に販売する可能性があるためです。歴史を振り返ると、この2つのケースはその前例がなくはありません。

それだけではありません。このような技術移転は核拡散を助長するものです。反対に、核拡散と関係の薄い技術や、そう簡単にはまねできない技術を移転する可能性はあります。

例えば、潜水艦建造技術や偵察衛星に関する技術については、ロシアは北朝鮮に移転できます。それでも、ロシアの立場から見て最も合理的な態度は、北朝鮮から砲弾と弾薬を輸入する際に、技術を移転してあげることよりも、そのまま単純に外貨で決済することでしょう。すなわち、ロシア側は砲弾と技術移転の交換という物々交換的な取引よりは、純粋に受け取った砲弾に対しておカネをあげることを好むということです。

――プーチン大統領は訪朝の直前、北朝鮮・朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』に「ロシアと朝鮮民主主義人民共和国:年代をつないでいく友好と協力の伝統」と題する文を寄稿しました。これは彼の外交戦術としては珍しいように見えますが。

そこはわかりません。ただ、この寄稿はロシア側が提案したというよりは北朝鮮側が提案したものだと思えます。それは、2019年に中国の習近平国家主席が訪朝した際に、習主席が『労働新聞』に寄稿したことを想起させます。

それを考えると、北朝鮮は2019年当時の中国からの国賓級訪問と同レベルのことをやりたくて、今回もロシア側に同じ要請をしたものだと考えられます。

――金正恩総書記は首脳会談後の記者会見で、「朝ロ関係において最も強力な条約の誕生」「同盟関係という新たな高い水準に到達した」と発言しました。

北朝鮮の最高指導者として、これ以上のことを言えたでしょうか。当然、彼はこのような条約をとても必要としており、自ら激賞するほかなかったでしょう。

とはいえ、客観的に言えば、この条約の基本内容は1961年の条約とほぼ同じです。この条約を「最も強力な条約」だとみなすよりは、ほぼ30年間効力を失っていた友好善隣条約の復活と見たほうが正確だと思います。

無視される北朝鮮制裁

――訪朝時にロシアのペスコフ大統領報道官は、「ロシアと北朝鮮の2国間関係に関する制裁の影響の低減に関するメカニズムを創出する弾みを与え、このメカニズムが始まる」と言及しました。国連制裁などの制裁は、ロシアと北朝鮮の間では無視される、ということになりますか。

ロシアは国連の安全保障理事会常任理事国です。そのため、国連で決議された北朝鮮に対する制裁を露骨に否定して、かつそれを破ることを公の場で宣言することは不可能です。

でも、ペスコフ報道官の発言であれ、プーチン大統領の『労働新聞』への寄稿内容であれ、そして今回締結された新たな条約の内容であれ、ロシアが今後、北朝鮮に対する制裁を積極的に守らないということを意味するものです。

ロシアが北朝鮮への制裁を遵守しないということは、北朝鮮制裁自体に致命的な打撃を与えます。

――プーチン大統領は道路や鉄道建設、農業、観光分野などの経済協力について言及しました。今後、そういった経済協力が実施・拡大されるでしょうか。こういったインフラ整備も含め、経済協力はより活発化するのでしょうか。

現段階で、ロ朝間の経済交流の先行きについて予測することは難しいですね。ただ、その展望は明るくはないでしょう。それは、北朝鮮の基本的な輸出品目の絶対多数は、ロシアにはまったく必要がないものが占めているためです。

北朝鮮のおもな輸出品目は、石炭などの鉱物資源、および水産物になりますが、これらはロシアにとって必要ではありません。

道路建設などは可能ですが、別の限界もあります。北朝鮮はなんとか生活できている国なので、必要な分をすぐに支払える能力はありません。一方、ロシア側が無償で道路や鉄道を建設する理由はこれといってありません。

もちろん例外はあります。ロシアは中国などアジア諸国との貿易量が急増していますが、ウラジオストクをはじめとするロシアの港は需要に対応できるほどの管理・運営能力がありません。そのため、今後、北朝鮮の港を利用する機会が生じれば大きな助けになります。

ロシアは今、北朝鮮北東部・羅津港で埠頭を1つ借りています。今後、埠頭の数カ所を借りることがあるかもしれません。これらの埠頭をロシアの鉄道と同じ広軌でロシアの鉄道ネットワークと連結できれば、ロシアで物資を早く受け取り、船積みし、目的地まで送ることができるようになるでしょう。こういったプロジェクトは実現可能性があります。

一方、地下資源の開発は、ロシアにとってそれほど魅力的ではありません。初期の投資規模が大きく、その利益も投資側にとって長い時間が必要となるためです。

投資した後、5〜10年の間に政治・経済分野で大きな変化が生じる可能性もあります。それだけでなく、中国など外国企業の経験からわかるように、北朝鮮は約束を守らない傾向があります。その例として、中国・遼寧省の西洋集団が2012年に明らかにした鉱山投資事件が挙げられます。北朝鮮から一方的に契約を解除され、現地から退去させられた事件でした。

最も見通しが明るい経済協力のやり方は、北朝鮮労働者の受け入れです。ロシアは今、労働力不足が深刻です。数万人規模の労働者を受け入れることができます。それにもかかわらず、客観的な限界を考えると、ロ朝の経済関係がより活発化する可能性は見えないと私は思います。

北朝鮮外交の勝利

――プーチン大統領は北朝鮮に続き、ベトナムを訪問しました。プーチン氏がいま、北東アジア情勢をどのように認識したうえで、今回の外遊を行ったのでしょうか。


アンドレイ・ランコフ/1963年、旧ソ連・レニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ。レニングラード国立大学を卒業後、同大学の博士課程を修了。金日成総合大学に留学した経験もある。母校やオーストラリア国立大学などで教鞭をとった後、現職。著書に、『平壌の我慢強い庶民たち』『スターリンから金日成へ』『民衆の北朝鮮』『北朝鮮の核心』など邦訳も多数(写真・ランコフ氏提供)

2022年にウクライナとの戦争が始まったときから、「ロシアはアメリカに反対するグローバルサウスの先鋒である」と自らを描いてきました。アメリカによる一極覇権に対して不満を感じる多くの国の気持ちを動員して、自国の利益に合わせて利用したいとしています。

そのため、プーチン氏をはじめロシアの指導層はより多くのアジア・アフリカ諸国を訪問し、彼らとの協力を強化しようとしています。ロシアが今後、自分たちの能力不足でそういった希望を実現できなくても、現段階でこのように行動することでロシアが望ましいと考えるイメージは形成できます。

――結局、金総書記にとって、今回のプーチン訪朝はどのような意味があったのでしょうか。

大きな意味があったと思います。2023年末から北朝鮮メディアはロシアに関する報道を増やし始めました。実際に経済的依存度が高い中国に関する報道より数倍の量のロシア報道を行いました。

これは当然、北朝鮮がロシアに対して一種のシグナルを発しているということです。金総書記もプーチン大統領に会おうと平壌空港まで出向いただけでなく、ロシアの航空機の到着時刻が予定より大幅に遅れても、午前3時まで到着を待ちました。これもまた、北朝鮮がロシアに対する期待がどれだけ大きいかを示すものです。

金総書記は当然、ロシアから何かを得たいと思っていました。おそらく、最も重要なロシアからのプレゼントは軍事同盟まで含めた新たな条約でした。また、われわれが現在知ることができないプレゼントが今後、あるのかもしれません。

金総書記はプーチン訪朝が終わったことに満足しているでしょう。これは、北朝鮮外交の勝利です。多くの人が思っているほど大きな成果ではないにしろ、それでも外交の成功事例だったことは確実です。

(福田 恵介 : 東洋経済 解説部コラムニスト)